赤き果実の禍根 「尋問部隊と透明人間」2

「私、本当に貴方に何もするつもりはないので安心してください。ただ単に話を聞きに来ただけなので。とりあえずは私の話を聞いてくれるだけで良いです。相槌とかもしなくても大丈夫です。勿論ドーナツとコーヒー食べながらで良いので」

彼の表情は見えにくい。

だけど、顔だけじゃない体も含めて些細な反応も見逃さないようにしないと。


彼を見ながら話を続ける。

「まどろっこしいの苦手なんで何度も聞かれたとは思いますけど、単刀直入に聞きますね。ギフトを知っていますか? ギフトって何ですか?」

分かってはいたが反応は無い。

「私の知っているギフトは、七歳以上のノーマティがアビリティになった時に呼ばれる名称です。信憑性の無いただの噂話だと思ってましたが」


ノーマティとして生まれても、生まれてから六歳までは唐突に能力や魔力が開花する事がある。

だから、ノーマティだのアビリティだのと判断されるのはその後、七歳からだ。


「ギフトはそういう現象の名前ってことで良いんですよね?」

分かりきった事は聞くべきじゃなかったかもしれないな。

「そもそもどうやってギフトになれたんです?何か方法が……それともある日突然? 違法な薬? いや、違法な道具かな」

答えてくれないのを見越して色々考えてみるが、自分の弱いおつむでは答えなんて出てくるハズがないし、話してもらえそうなワードも思い付かない。


「…………そもそも、どうして貴方はここに居るんでしょう」


さっきの部屋で聞いておくべきだったと後悔した。

侵入者として捕まったってウサギは言っていたけど、それは彼から聞いた話じゃないし、リスクを取ってまでもやりたい目的があったハズだ。

それを別室に居る皆が知っているとは思えないが、やはり念のために確認しておくべきだったな。


「そう言えば、ここが何の組織かって知っていますか? 侵入経路は? 個人で? それとも組織かな? お外を歩いてた貴方を唐突に捕まえて、尋問しだしたって事は無いと思うんですけど、どうなんでしょう?」

僅かだが瞼が動いている。

「本当の事を教えてもらえませんか……?」

さっき以上に優しく話し掛ける。

「彼等だって鬼じゃないんです。貴方の事を教えてくれさえすれば何もしません」


「………………」

微かに唇が動いているが声にはなっていない。


「もしかして、話終わったら殺されるとか思ってます? そんなことないですよ。重要参考人として捕虜? になるんじゃないですかね。別にこの組織は悪の組織って訳じゃないんです。正義の組織って訳でもないですけど。裏の世界で活動しているのは、表と裏のバランスを取るため……とか何とか。知り合いからの受け売り言葉ですけど。あ、裏の世界とか言っちゃった」

でもこんな待遇受けていれば、今居る場所が表の世界じゃないことくらい分かるか。


「うーん。もし、貴方がどこぞの組織の人間で、任務としてココに潜入したんだとしたら、情報吐いて自分の組織にそれ知られるのが怖いとかですか? 殺されちゃうとか?」

口を真一文字に結んでいる。図星っぽいな。

「それなら安心してほしいです。貴方の安全を我々は保証します。って下っぱの下っぱの下っぱみたいな私が言えた立場じゃないですけど、信じてほしいです」

彼の腕をちょっと無理矢理に引っ張って、テーブルの下に隠していた手を私の手で包む。

緊張とストレスなのかとても冷たい手だった。


サーモグラフィーと顔の隙間から彼の手を覗く。

不思議な手だ。手だけじゃない。全身。

この世界に入ってから、透明人間と呼ばれる人には何度か会っている。

その人たちは透明だけど、そこに誰か居ると分かるくらい光の屈折がおかしいと言うのだろうか、不自然な透明さだった。

だけど、彼は違う。完璧な透明だ。私の手だけが何かを握っていると証明している。見えないのに感触も温度も存在していた。



「こっ……こ……」

何か言おうとしてどもる。

透明な手に微かに力が入った。

「………こ……こここ…………ころ……ゔ……っ…………」

彼の掠れた呼吸が激しくなる。

「……………………ろせばえっ、エデンに、いけ、行けたとと、きに優遇してくれる…………って……」

殺す? エデン?


「あっ、あの、あの人…………方?が言って、くれて……」

絞り出す様にか細い声が口から漏れた。

「誰を殺せって言われたんですか?」

尋問部隊の誰も答えてもらえなかったんだ。

ここまで聞き出せたのが凄いくらいだと思うし、もう何も言わないかもしれないけど、もう一押し。


「つ…………つ、ゔ……。ぁ、ん゙っ………」

彼はゆっくりと、詰まりながらだが私の質問に答えてくれる。

ツヴァン? 誰の事だ?


「……つ、角…………」

「ツノ?」

彼は頷く。

「つっ、角。角を生やした子供、っ……」

子供……

「と……っ、羽の……頭に羽を生やした子……」


…………?

一体誰の事だ? この組織でそんな子が居た記憶がない。

見たこと無いだけと言う可能性も否めないが。


「その二人? を殺せばエデンって場所に行ったとき優遇してもらえるって言われたんですね?」

彼は俯きながらも頷く。

二人のことを私は全く知らないが、とても重要な情報だ。それだけは確かだった。



「あの、エデンって何ですか? 何処かの建物? それとも地域名?」

一瞬困ったように私の事を見て、また俯いた。

何か、もっと情報が出せないだろうか。


少しだけギュッっと彼の手を握る力を強めた。

彼は首を横に振る。

言えないのか、言いたくないのか。それは分からないが、答えてくれそうにない。

そんな気がした。

「それじゃあ別の話でもしましょう。ね?」

話を切り替える。少しでも多くの情報が欲しい。


「さっき言ってた「あの人」って、少し痩せてる優しそうな初老の男の人だったりします?」

彼は驚いたような表情を少ししてから、悲しそうに首を横に振る。

「ち、ちが…………あ、ぇっと……うぅん……」

テーブルに水滴が落ちた。


「………………」

そっと彼の手を包むの止め、椅子から立ち上がる。

「……大丈夫ですよ。大丈夫です。落ち着いてから、ゆっくりで良いです。教えてくれませんか?」

冷えた彼の体を抱き締める。

私の肩が、少しだけ生暖かい彼の涙で濡れた。


どのくらい彼を抱き締めていたのだろうか。

多分三十分くらいか? 涙は止まっていた。


「彼は……違います」

ゆっくりと、落ち着きを取り戻した様に話し出す。

「貴女の言っている人は……違います」

でも、私が言っている人の見当がつくらしい。


「では、誰に言われたんですか?」

「それは……」

すみません。そう呟いた。

「そうですか。なら、私の言っている人、分かるんですよね?彼は何者ですか?」

「……すみません」


コレもダメか。

あ゙~っ!どうしよう。詰んだ。

これ以上どうやって情報ひねり出したら良いの?

と言うか私、そもそもで専門外よ?

そうだよね。むしろここまでよく頑張ったって感じしない?

そうだよね。分かる~っ! シーカーちゃんは天才だからね。


とは言え、マジでどうすっかなー。

「トゥ・ピース」について聞いちゃう?

アリなのか? 要らんこと言うなって怒られそうだしなー。ダメかー。

「あー……じゃあ、どうして私と会話する気になったのか教えてくれませんか?」

「それは……」


コレもダメそうだな。

「…………嘘じゃないって、思ったから……」

……マジか。

「……証拠、無かったんですよ?」

「そうだけど、なんとなく……」

「そ、そっかぁー。信じてもらえていたんですね。嬉しいなぁ~……」

嬉しいと言うか安心したと言うか、でもそう思われたのは予想外だったと言うか……。

微妙な気持ちになった。

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