赤き果実の禍根 「尋問部隊と透明人間」1
「どうもー」
ドアをノックして軽く声を掛ける。
カチャリと鍵が開き、疲れた顔の人物が私を見た。
「あ、暗殺のところの……」
尋問部隊の方が出てきた。
「差し入れ。持ってきました! ちょっとお話を伺いたくて……良いですか?」
どうぞと中に通される。
疲れた顔の人が二人とグッタリしている被り物が二人。
皆、休憩室のソファーでだらけていた。
「お疲れ様です」
どうも。と疲れた顔の方々に会釈する。
「今やってる人そんなに大変なの?これ、お土産ね」
被り物を被ったブタとウサギに話し掛ける。
「ドーナツ持ってきたんで、皆で食べてください」
箱をテーブルの上に置くと、糖分とカロリーを求めて五人の手が伸びてきた。
「おイぉい。ぜぇンぶ、イチごぉオぉじゃアねェかぁ! バリェエしよンッてモんがネぇのかヨぉ」
箱を開けたブタが不満そうに言う。
「良いでしょ。ウチの店で一番美味しいのが苺なんだから」
「それって、お前の意見ですよね? お前のバイト先で一番美味しいドーナッツって言うのはぁ、マラサダなんですよね! つっかえねーなぁ。他の種類も持ってこいよ」
ウサギも文句を言いながらドーナツを取った。
尋問部隊の三人は、何も言わずに無心で苺ドーナツを食べている。
「つか、どうしたんだよ。ここに来るなんて珍しいな」
コーヒーと共に苺ドーナツを食べているウサギが聞いてきた。
「あー……。今、尋問してる人の話聞きたいなぁって思ったんだけど。次の私の任務で……」
尋問部隊の三人の口の動きが止まり、私をジーっと見ている。
「私の次の任務で情報が欲しく…て……」
全員から大きな溜め息が聞こえてきた。
Kさん、全く口を割らないって言ってたもんなぁ。
「そんなに今の人、大変なの?」
ブタに耳打ちしてみる。
「ぁあ~ァぁあ、まぁッタくなーンにもイワないネー」
「いや、全くって訳じゃない」
ウサギが割り込む。
「が、喋ったところで驚くくらい情報が断片的過ぎるし信憑性に欠ける。お前はどこまでアイツの話聞いてんだ?」
「えぇと、関係有りそうな組織がどこかってことくらい。それ以外は何も」
「ま、そう言うこった。そこから進捗無し。俺等もそれくらいしか情報を入手できてない。この情報だって、俺が悪夢視せてる時に言った一言だからな、本当かは不確かだ」
ウサギはそう言ってドーナツをまた食べた。
「…………いや、お前ちょっと行ってこいよ」
奥のドアを指差す。
無人の取調室だ。
「へ?」
間抜けな声が出た。
「だから、情報知りたきゃ、お前が聴いてこいよ。ノーマティ同士話が弾むかもしれないしな。ね? 良いでしょ」
ウサギが尋問部隊の三人に聞いている。
う~んと無言のまま、悩むような微妙な表情で三人は顔を合わせて、意志疎通したかのように同時に此方を振り向いて頷いた。
「えー……マジ?」
「マジ。行ってこいよ。」
この部屋と取調室の間にある大きなガラスを通して、中を見ているが誰も居ない。
汚い椅子とテーブル。
あとはそれらに繋がれた手錠と枷が微かに揺れながら宙に浮いているだけだ。
「なんか浮いてるけど、人間居なくない?」
フッとブタに笑われ、「オまぇノ目は、ふしァなカぁ?」そう言いながらゴーグルを渡された。
装着しろと言うことなのだろう。
「あ……」
人が居た。多分男の人だ。俯いているように見える。
「透明になる能力者らしい。とは言っても、熱まで隠せるわけじゃないみたいだ。現にこうやってサーモグラフィーで一発だし」
ウサギはそう言うが、完璧な透明さだ。それだけで十分凄い気がする。
「この人が元ノーマティだとは思えないな……」
「俺等も最初はそう思った。最初はただの侵入者として捕まったらしいしな。だが、身元が判明し、ノーマティだと分かった。最初は誤情報か何かのミスかと思ったが、ついこの間もノーマティとして障がい者手帳を更新していたみたいだし、やっぱりノーマティなんだろうさ」
「身元って……と言うか、あの状態で身元割れたの?」
透明人間はどう考えたって亜人系統のソレだ。
または特殊能力持ちかもしれない。それに屈折のない完璧な透明さだし……
もしかしたら熱は見えることだし、サーモグラフィーカメラで撮影して顔を分析したのかもしれない。
「眠るか気絶すると能力が解除される」
「成る程。それじゃあ、今は起きているってこと?」
あっ、やべ……!とウサギが何かを思い出した様に少し慌てていた。
「そうじゃん。起きてんじゃん。っと、どうすっかな。しゃーないか。お前が入ったら施錠すっから。あと、室内からコッチは見えない。良いな? それじゃあ、さっさと行ってこい」
ウサギに急かされて、ドーナツ二つを持った。
「その前に、この缶コーヒーって普通のヤツですか? いただいても?」
尋問部隊の一人に聞くと頷いたので、それを貰う。
食べ物ちらつかせて、フランクに話し掛けていれば何かを話してくれないかなぁ。
なんて激甘思考なのは分かっているが、拷問をしに来た訳じゃないし、別に良いだろう。
そうだ。入る前にあの事を聞かないと。
「あの、尋問するにあたって拷問しちゃってますよね? 何しました?」
尋問部隊の一人が答える。
「えっと、今のところは水責めと不眠と絶食と爪剥ぎとあの部屋に監禁と……ウサギさんの悪夢とブタさんの幻覚幻聴くらいですね。序盤なんで」
サラリと言うけど結構エグいと思う。
「成る程。分かりました」
そう言って私は解錠してもらい、取調室に入った。
…………マジか。確かにさっき「あの部屋に監禁」って言っていたし、ここにトイレがあるようにも見えなかったけど、不衛生にも程がある。
部屋の角にペット用トイレシートが数枚あるだけだ。あれだって使い捨てのハズだ。でも、どう見ても何度も利用した形跡がある。
あれ? そう言えば排泄物は透明じゃないんだな。
部屋やテーブルにも血の痕があるし、外部に出たモノは見えるようになるのかも。
それにしたって臭いし汚い。よくあの五人はこの部屋で尋問調査をしていたものだと少しばかり感心してしまう。
立ち尽くしているだけにもいかないので私も椅子に座った。
尋問側の椅子は他よりまだ綺麗で安心できた。
「えーっと、おはようございます」
話し掛けてみるが、サーモグラフィー越しの彼は動かない。
肩を揺するとビクンと跳ね上がった。
「あぁ、大丈夫です大丈夫です。何もしませんよ。怪しい者じゃない……って言える立場ではないですが、お話が聞きたくて来ただけです。おはようございます」
動揺しているのか、見知らぬ私が来たからなのか彼の息が荒い。
「あ、落ち着いて。落ち着いて。本っ当に何もしないんで。ただ、ちょーっとだけお話を聞きたくて来ました。本当です嘘じゃないですよ」
優しく話し掛けてみるが、効果があるようには見えないや。
「そうだ。ドーナツ食べませんか? コーヒーもあるんですよ! 缶だけど」
缶コーヒーのプルタブを開けてドーナツと共に彼の前に置いた。
「毒とかはありませんよ。自分が食べたくて持ってきただけなので」
そう言って自分の分を食べて見せるが、そりゃそうだよね。警戒するよね。
自分の分を食べ終えて、一呼吸ついた。
「…………あ、もしかして無糖苦手でした? 微糖にしとけば良かったかな」
そう言うことじゃないのは分かっているけど、少しでも場を和ませてみたかった。
「まぁ、このままでも埒明きませんよね。はじめまして。私、シーカー・リウスって言います。ノーマティです」
手を差し伸べてみるが無反応だ。
「そうだ。ノーマティって証拠……あった方が良いですよね」
立ち上がり、ポケットに何か無いかと探ってみる。ノーマティ障がい者手帳か証明バッジがあれば明白なのだが、何も出てこない。知っていたけど。
ノーマティって言うの嫌だから、普段何も持ち歩かないもんなぁ。諦めるか。
「すみません。証拠は無いです」
両手に何も持っていないとパッと手を開いて見せる。
「無いので、信じてほしいって言うのは我儘っすね。あ、でも亜人じゃないのは分かる……かな?」
そう言いながら再び椅子に腰掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます