第21話 where?

 ウサギはどうやら近隣のペットショップで寿命が尽きたものを、が大量に盗んで行ったようだった。生後わずか1年で人間でいう18歳に到達するウサギは、他の犬や猫といったペットと比べても寿命が短い。野生のウサギなら1〜2年で死んでしまうこともざらにある。


 しかし、だ。

 いくら寿命が尽きたウサギとはいえ、斬首し玄関前に飾られるというのは、とてもマトモな人間のやることではなかった。


 警察も同じ考えだったようだ。死骸を盗んだそのが、次はもっと大きな獲物……人殺しに手を染めないとも言い切れない(私が言うのだから間違いない)。どうやら何軒かの家では金品などの窃盗も発生しているようで、警察は『女子高生誘拐殺人事件』との関連も睨み、躍起になって捜査を開始した。


 


 私には1人心当たりがあった。そして、その人物がこのような劇場型猟奇うさぎ殺しに至ったその意図も。


 これはだ。

 わざと目立つところに目立つものを置いて、警察官を呼び寄せ、彼らに家の中を捜索させようと言うのだ。金品を盗んだのもそのためだろう。そうなれば警察サツは必然的に室内を調べる。


 単純に通報しただけでは、警察は取り合ってくれないかもしれない。仮に通報したとしても、万が一何も出てこなければ、2件目はもっと腰が重くなる。だがこのような凶行が……実害が起きれば、彼らも本腰を入れて捜査せざるを得ない。

私は舌打ちした。

全く上手いこと考えたものだ。そうやって一軒一軒、帆足真琴が監禁されていないか、人海戦術を使って確かめさせようとしているに違いない。


 誰が? 

 ……決まってる。指宿薫。あの少年に違いない。


 一体どうやって彼は私に辿り着いたのか?

警察でさえ何も掴めていないのに。

帆足真琴はスマートフォンすら持っていなかったから、彼女の身から居場所を探る術はないはずだった。だが、あの日指宿は確かに私の机の下にネズミの首を置いて行ったのだ。それに胴体まで。


 乱暴にハンドルを切りながら、私は1人歯軋りした。ここまでコケにされて苛立たないはずもなかった。


 もちろん、私の住居は誰にも教えていない。とはいえこのネット社会で、いつまでも秘密にしておけるとも思えなかった。恐らく近日中に私の家の前にもウサギが置かれるだろう。そうすれば警察は私の家にも家宅捜索に入る……。


 じわじわと……まるで蜘蛛の糸を張り巡らせるかのように……奴は私を追い込み、重圧プレッシャーをかけようとしている。それも私のお株を奪うような方法で。


「クソッ!」


 信号が黄色になるのも構わず、アクセルを思い切り踏み込んだ。久しぶりに頭に血が昇っていた。こんなことは起きてはならなかった。私は重圧をかける側であって、かけられる側ではないはずだ。私は捕食者側オオベッコウバチだ。獲物蜘蛛ごときが、虫ケラ蟻んこごときがこの私に逆らうなど断じて許されないッ!


「フン……!」


 ……まぁいい。私は長く息を吐き出し、何とか気持ちを落ち着かせた。ヘッドライトが闇の中頼りなく滲んで揺れる。僅かな明かりを頼りに、私はハンドルを切った。


 まずはあの少年を見つけ出すことだ。指宿薫を。彼を見つけ出し、先に口を封じる。彼ならば、悪人は警察に任せるだとか、そんなチンケな結末は選ばないような気がしていた。でなければこんな猟奇的な真似はしないはずだ。そして、そうであるなら、私にはまだ切り札がある。何と言っても人質はこちらの手にあるのだ。いざとなったら……。

「くひ……!」

 私には理解わかる。奴とは必ず対峙する時が来る。捕食者プレデターとして。


 息を殺して気配を消し、ひたすら獲物を待ち伏せする捕食者は少なくない。シロクマや猫……蜘蛛などももちろんそうだ。蜘蛛の半数くらいは粘着性の巣を作るが、たとえばカニグモの類は網を張らず、花や葉の裏でじっと身を潜め、獲物がやってきた瞬間発達した前足で抱え込んで捕えてしまう。カウボーイのように投げ縄をする蜘蛛や、脅威的な跳躍力で飛びかかって襲う蜘蛛もいる。


 面白い。私は自然と唇を歪ませていた。指宿薫。

 アイツはきっと同類だ。

 快楽殺人鬼モンスターVS人格破綻者モンスター捕食者バケモノ同士、どちらがか勝負しようじゃないか。


 さらにアクセルを踏み込む。

 鋼鉄の2000kg殺戮マシーンが武者震いをするかのように唸りを上げて、猛然と闇を切り裂いて行った。


 指宿がいなくなってから3日後。


 彼はまだ行方をくらませたままだった。しかし、そう遅くない時期に姿を現すだろうと私は踏んでいた。でなければ帆足真琴が衰弱死してしまう。私は校長に無理を言って、一週間休暇を取らせてもらった(自分のクラスの生徒が2人も行方不明になっていたので、校長はむしろ同情的だった)。それ以来、私は街中を走り回り、彼がいないか目を光らせていた。


 さて、どちらが痺れを切らすか。


 客観的に見ても勝負は私の方に分があった。帆足真琴は依然私の手中だ。それに指宿はまだ未成年だから、行動範囲も限られている。それから……さらに2日後。


 ……見つけた。


 私の睨んだ通りだった。路肩にレンタカーを停めたまま、私はサングラス越しに彼の顔をじっと観察した。指宿は変装すらしていなかった。目立たない無地のシャツを着て、特に辺りを気にする素振りも見せず、シャッターの降りた商店街を歩いていた。

「…………」

 それから指宿は角を曲がり街外れの方へと消えていった。私は車を降り、そこからは徒歩で尾行することにした。もちろんポケットにはスタンガンとそれから護身用のナイフを忍ばせて。


 数十メートルの距離を保ちながら、見つからないように後をつける。周囲に人通りは少なかったが、雨が上手いことこちらの気配を消してくれた。半透明のビニール傘がゆらゆらと路頭を彷徨う。指宿がこちらに気づいた様子はなかった。


 やがて指宿は荒れ果てた山の麓までやって来た。 

 そこは都会の小金持ちの私有地とかで、あの沢北楓の死体が発見された現場でもあった。


 少しだけ後ろを気にした素振りを見せた後、彼は山の中へと入って行った。私は電信柱の影に身を隠し、しばらく彼の後ろ姿を見つめていた。


 罠か……?


 一瞬そんな考えが頭をよぎる。だとしてもこちらに有利なことには変わりがない。体格差。武器の所有。事前準備。山の中というのも人目が付かず好都合だ。何より彼はこちらに気づいていないはずだった。仮に見つかったとしても、あっちは行方不明中の生徒で、こっちはその担任だ。いくらでも言い訳ができる。


 待ち伏せをしている可能性は十分にある。だが一対一タイマンはこちらも望むところだった。それに、待ち伏せというのはこちらが察知していては効果が激減する。


 リスクとリターンを頭の中で天秤にかけ、最終的に私はGOのサインを出した。こちらとしても、あの忌々しい少年を一刻も早く処分したい気持ちでいっぱいだったのだ。


 念のため一度車に戻り、準備していた絶縁性のゴム長靴(スタンガン対策だ)に防刃チョッキを着込んで山に入った。機会チャンスがあれば当然指宿をその場で殺すつもりだった。


 雨の山登りは中々体に堪えた。傾斜は緩やかだったが、手入れのされていない雑草が獣道に生い茂り、思ったように足が前へと進まない。雨で濡れた岩肌も厄介だった。何よりあの指宿が何処かに潜んでいるかもしれない。そう思うと、一歩一歩慎重に行かざるを得なかった。


 どれくらい登っただろうか。

 

 1時間弱経ったところで、山の中腹へと辿り着いた。少し開けたところにこんもりと丘が出来ているのが見える。指宿の姿は何処にもなかった。


 もしかしたら彼は既に下山したのだろうか? だとしたら、何のために彼はこの山に……。

「……?」

 丘に近づきながら、私はようやく違和感に気がついた。


 初めは、石とか倒木とか、そんなものが積み上げられているのだと思っていた。だがよくよく近づいて見てみると、やがてその正体がはっきりと姿を現した。


「う……!?」


 それは、死体だった。

 何処からか掻き集められてきた、大量の死体の山。


 白骨化し骨が剥き出しになっているもの。まだ腐敗の途中で、皮膚がドス黒く変色しているもの。目玉が烏に突かれてくり抜かれているもの。内臓が破れた腹からはみだしているもの、脳みそがドロリと流れ出しているもの……。


「うう……っ!」


 私は息を飲んだ。風向きが変わり、怖気おぞけを催す腐臭が私の鼻腔を刺激した。その死体の一つに、私は見覚えがあった。


 嗚呼……これは。

 これは、私が殺した者たちだ。


 私が殺し、街中に埋めたはずの死体。もう名前すら覚えていない、物言わぬ犠牲者。それらが1箇所に集められ、こうして小高い山を作っている。


 


 ……他に疑いようがない。指宿薫。アイツに決まってる。アイツが、あの餓鬼が、私が街中に埋めた死体の数々を発見し、此処まで持ってきたに違いない。そのために彼は行方をくらませていたのだ。


「うぅう……っ!?」


 ふと、死体の山の上が雨に反射してキラリと光った。目を凝らしてよく見ると、山の天辺に何かが立てかけられている。


「これは……」


 それは写真だった。

 一体いつ撮ったのか、モノクロの、私の顔写真。まるで遺影のようだった。白黒の、笑顔の、私の遺影が、死体の山の上に。


 ……気がつくと私は絶叫していた。


 頭に血が昇り、怒りで血管が破裂しそうだった。全身の細胞が煮えたぎったように熱くなって、気がつくと私は死体めがけて、何度も何度も刃を突き立てていた。

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