第16話 (Now) what?

「大変だぁ!」


 良くドラマや映画などで「た、た、た、大変だ〜!」と叫んでやってくる御仁が出てくるが、自分は生まれてこの方、そんな人物に出会ったことがない。血走った目をひん剥き、両手両足をバタバタと羽ばたかせ、息も絶え絶え「じ、じじじじ実はですね、今そこの空き教室で……!」と吃ったり、「みみみ見つかっ見つかったかったんです! かかっかか怪怪文書が!!」などとわざとらしく言葉を詰まらせたりもしない。


 本当にそんなこと言う奴がいるか? どうも嘘くさい。


 大体そんな風に、いつも状況を的確に説明してくれる便利な人物がいるはずもない。

『何かを発見し、慌てて知らせに走る』。

そんな場面そんな一言も、十人十色、千差万別の表現があるはずではないか。


 たとえば、死体を発見した時。

”その叫び声が自分の声だと気がつくのに、数秒かかった”。

……こういう言い回しは正直使われ過ぎていて食傷気味である。自分の叫び声を自分で気がつかないなんて今まで生きてきて一回もないし、よっぽどである。本当にそんなことが起きるのか? はっきり言って疑問だし、「良い加減気づけよ」と言いたくなる。


……とはいえ人間、本当に驚いた時はそんなこと気にしていられなかった。

「大変だぁ!」

 気がつくと自分は「大変だぁ、大変だぁ」と何度も叫びながら、教室に飛び込んで行ったのである。


「指宿? どうしたんだ? そんなに慌てて……」

 風紀委員・帆足真琴さんが訝しげに自分の方を見た。自分は血走った目をひん剥き、両手をバタバタと羽ばたかせ、息も絶え絶え

「じ、じじじじ実はですね、今そこの空き教室で……!」

「落ち着け。何があったんだ?」

「みみみ見つかっ見つかったかったんです! かかっかか怪怪文書が!!」

「怪文書?」

「え、ええ……さっき、空き教室でお祓いをしていたら」

「まだお祓いなんかしてたのか」


 帆足さんが呆れたように自分を見た。濁りのない透き通った瞳。短く切り揃えられた、艶のある黒髪。薄化粧だが、鼻筋の整った顔立ちは何処か勇ましさすら……おっと、こんな時に訥々と人物描写をしている場合ではない。自分はごくりと生唾を飲み込んだ。


「もしかしたら……ダイイング・メッセージかもしれません」

「ダイイング・メッセージ?」


 ダイイング・メッセージ。果たして人は死ぬ間際、わざわざ自分を殺した犯人の手がかりを残すだろうか?


 自分はまだ死んだことがないから分からないが、そんな瀬戸際で、人生の最後に思い出すのが自分を殺した憎い相手だと言うのも、何だか味気ないではないか。

次の瞬間死ぬ訳である。

わずか数秒しか残されていないのである。

だったら家族とか友人とか、思い出すのが人物じゃなくても「あの時食べたアレ美味しかったなぁ」とか「またあそこ行きたかったなぁ」の方が走馬灯エンディングとしては有意義な気がする。


 ……とはいえ殺された人は死にたくて死んでいる訳ではないのだから、自分が死ぬとも気づいてないのかもしれない。だったらダイイング・メッセージというのも、あながち虚構フィクションだけの話ではな……

「何をブツクサ言ってるんだ?」

「いえ、何も……とっとにかく」

「とにかく案内してくれ」


 低い声でそう言って、帆足さんはゆっくりと席から立ち上がった。


 件の空き教室は現在倉庫として使われていた。

 壊れた椅子や机が積み重ねられ、蜘蛛の巣と埃が被ったその部屋で、今日のお祓いは行われていた。神主がやって来るのに先立ち、生徒たちが片付けをしていた時に、その紙は見つかった。


 以下がその全文である。


『た8二 お9三 あ4二 こ8三 り8□

 さ2五 か1□ の4二 ろ5一 か1三

 ら□□ え4二 か2□ さ9□ も5二

 な7三 り3□ た2一 れ7一 ま□一

 い2四 く5四 は□四 た1一 た1五』


「何だこりゃ……」

「縦に読むんじゃないですか?」


 古びた和紙を見下ろして、帆足さんが眉間に皺を寄せた。紙には何だかニョロニョロとした、古いひらがなで文字が書かれている。文字の横に数字や空白(□の部分)があるが、それを無視して右から縦に読めば、『りかもまた ころされた あのかたは おかえりく たさらない』と読めた。これだけでは良く分からないが、『ころされた』とは穏やかではない。


「『りか』というのは……名前かな? ウチの学校にそんな生徒はいたか?」

「それが……いることにはいるんですが」

「が?」

「調べた結果、全員、無事が確認されました。『りか』という名前で、殺された生徒は一人もいません」

「フゥン。だったら……」


 帆足さんが目を細めた。以前学校に在籍していた卒業生かもしれない。誰かのイタズラにしては、随分と古い紙だった。この文書が一体いつ頃書かれたのか分からないが、相当前のものに違いない。


「ダイイング・メッセージには見えないが……これは何処で?」

「机の引き出しの中に入ってたんです」

「横の数字はなんだ? 8二とか9三とか……将棋?」

「数字がないのもありますね……帆足さん、これって」

「これは……もしかすると、暗号かも知れんな」

「暗号!」


 すると、帆足さんが顔を上げニヤリと笑った。


「分かったぞ。紙とペンを持ってきてくれ」

「えぇ!? もうですか!?」

「なぁに、初歩の初歩だよ。この文章を見て、思い浮かぶことはないか?」


 その顔色を見るに、どうやら相当自信があるらしい。自分はもう一度紙を覗き込んだ。『りかもまた ころされた あのかたは おかえりく たさらない』……。

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