第15話 what (for) ?

 放課後。


 2人で最寄りの交番に行ったが、あいにくウサギの捜索願は出ていなかった。迷子になっているのはほとんどが犬か猫で、それ以上に人間……行方不明者の貼り紙が壁一面にズラリと貼ってあった。

認知症の老人の徘徊

未成年者の家出

誘拐

蒸発

夜逃げ

……など。聞くところに寄ると、日本では毎年8万人前後、行方不明者が出ているのだと言う(同時に8万人前後、見つかってもいるが)。しかし、これだけ数が多ければ、ひとつくらいは神隠し的な原因があってもおかしくない……のかもしれない。


「そんなものはない」

「また夢のない……」

「何が夢だ。人が怖い思いをしたり、不幸になったりするのがお前の夢なのか?」

「いや……あの」


 彼女はクール・ジャパン・アニメ・ムービーの類は見ないのだろうか? 探偵少女の頑なな態度に、私は苦笑いするしかなかった。


 交番を出ると、小雨がパラパラと降り出してきていた。けど、まだ傘を差すほどでもない。それでも帆足ちゃんは近くのコンビニで傘を買った。白ウサギ……ぴょん吉を濡らさないためだ。自分の上着を抜いで毛布代わりにして、小脇に大事そうに抱えながら、私らは並んで河川敷を歩いた。


「だけど、いくらトリックって言ってもさぁ」


 私は隣にいる帆足ちゃんを見上げた。帆足ちゃんは私が濡れるのも構わずに、一所懸命ウサギを雨粒から守っていた。頭は硬いくせに、実に健気である。


「数百年前の話だよ? 二、三頁の文献しか残ってないのに……調べようがないじゃん」

「たとえその時現場にいなくとも、遠く離れた相手を射止める方法はいくらでもある」

 21世紀じゃなかろうと。”呪い”の類じゃなかろうと、な。

 そう言って帆足ちゃんはニヤリと笑った。


「たとえば毒殺ならどうだ。毒キノコ、有毒魚、有毒植物……朝こっそり食べさせておいて、その晩だ。毒蛇や毒蜘蛛なんかもアリだな。たとえ誰も部屋に入ってなかろうと、小生物までは気が付くまいよ。それに、吹き矢という手もある。うむ。世界最強の毒・ボツリヌス菌はわずか1gで1000万人以上の命を奪えると言われているんだ。まだある。病気だって侮れないぞ。硬膜外出血というのがあってだな。これは、頭を打つけた時に脳に血が溜まっていくんだが……死に至るまでの数時間、患者は普段と同じように動き回ることができ」

「だから」

「他にも、一酸化炭素中毒だって十分考えられる。その殿様は蔵の中に籠ってたんだろ? 換気のできない密室で、火を焚いたらあっという間に酸素は欠乏だ。周辺でも火を焚いていたのなら、中はサウナみたいになっていたのかもしれない。一酸化炭素は無味無臭だから、殿様も気が付かなったんじゃないか? 他にも自然現象を使ったトリックであれば、氷のトリックとか水のトリックとか……陸上で溺死する方法を知っているか? 乾性溺水という現象がある。スプーンたった一杯の水でも、声門が閉じて無呼吸になってしまい、それで」

「確認のしようが」

「あるいは時代劇らしく、影武者を使ったトリックなんてどうかな? つまり、本物のお殿様は、蔵の周りにいた家来の中に潜んでいたのさ。中で死んでいたのは影武者だ。村人たちに命が狙われているのが分かって、一計を案じて入れ替わったんだ。どうだ。これなら、家来たちが『誰も蔵に入った者はいない』と口を揃えるのにも説明がつく」

「ないんだって」

「人を殺す方法などいくらでもあるということだ。怪しい力に頼らなくとも、な」

「着いたよ」


 何故か誇らしげな帆足ちゃんを尻目に、私はこの街一番のペットショップに入って行った。と言っても、この街にペットショップは一軒しかない。それも、巨大複合施設の中にあるチェーン店だけど。


 中に入ると、携帯電話会社のブースの隣で、ゲージに入った子犬や子猫が暴れ回っていた。ペットショップに聞けば、もしかしたら購入者が分かるかもしれないと思ったのだ。ピョン吉が帆足ちゃんの腕の中で、忙しなく辺りを見回していた。


「すみません、このウサギに見覚えはありませんか?」


 カウンターに行き、若い店員にそう尋ねると、しばらくして店長らしき人物を呼んで来てくれた。


「嗚呼、そのウサギなら見覚えがあるよ」

「本当ですか!?」

 店長らしき中年男性が眼鏡をずり上げながら頷いた。


「ずっと売れ残っててね。今は表立って殺処分はできないから、先月あたりに業者に頼んで引き取ってもらって。里親を探してもらってたんだけどね」

「え……」

「大方捨てられたんだろう。何なら僕の方で預かろうか?」

「ちょっと、ちょっと待ってください」


 帆足ちゃんが肩を振るわせて店長を睨んだ。


「この子……この子をどうするつもりですか?」

「まさか、殺すの!?」

 私は思わず息を飲んだ。店長は虚空に目を彷徨わせながら、ポリポリとこめかみを掻いた。


「いや、まぁ……その。大きな声じゃ言えないが」

「大きな声じゃ言えないようなことが、何故堂々とまかり通っている!?」

 帆足ちゃんは青筋を浮かべ、今にも店長に掴みかからんばかりだった。上背があるから、中々迫力がある。彼女が本気で拳を振るったら、大の大人でもタダでは済まない。私は小さく悲鳴を上げた。


「可哀想じゃないか! 小さくてもこんなに一所懸命生きている命……こんなに可愛い生き物を殺すなんて!」

「可愛い?」

 しかし帆足ちゃんのその言葉を聞いた瞬間、店長の目がくらく光った。


「じゃあ、可愛くない動物は殺してもいいの?」

「何……!?」

「君たちは昨日の晩御飯、何を食べた?」

「何を……」

「その前日は? 鶏肉を食べたことは? 豚は、牛肉は? 動物の肉に魚、卵……誰かが殺した生き物の命を喰らって、君たちだって生き永らえているんだろう?」

「そういうことじゃ……!」

「まぁ安心してよ。どうせ売れないし、売れない奴を楽にしてやる方法ならいくらでもあるから。怪しい業者に頼らなくても」

「…………」

「でもね。僕に言わせりゃ君たちの方がよっぽど身勝手だよ。アレはダメでこれはイイとか、感情的になるのも分からなくはないが。見えてる部分だけを見て、反射的に正義ズラするのはそりゃ簡単だがね」

「…………」

「本当に助けが必要なのは見えてない部分……光の当たってない、声が聞こえて来ない闇の部分こそ、真剣に考えなくちゃいけないんじゃないかなぁ」


 少し言い過ぎたと思ったのか、店長はそれだけ言うとくるりと踵を返し奥へと引っ込んで行った。


 時刻はすでに21時に近づこうとしていた。それから私たちは無言のまま店を出た。外は本降りになっていて、私は帆足ちゃんの傘の中に入れてもらった。街の明かりが暗闇の中、やけに滲んで浮かんでいる。帆足ちゃんの腕の中で、ピョン吉が何度もキュルキュル鳴いていた。


「そういえば……」

「…………」

「アレからあの村は……お殿様が死んで……それで村人たちは大喜びだったんだけど」

「…………」

「お殿様に付いていた家来を皆殺しにして、子供たちも無理やり畑で働かせて……すっごく評判悪かったんだって。しかも、次の村長に選ばれた人も、結局みんなから集めた年貢を使い込んじゃって、それでまた村で一揆が始まって」

「…………」

「……結局その村は滅んじゃいましたとさ。おしまい」

「…………」

「…………」

「…………」

「……何だか可哀想だよね。用済みになったらあっさり捨てられて……結局村人も同じようなこと繰り返してさ。お殿様は何のために殺されたんだろう?」

「…………」

「…………」

「……だからと言って」

「ん?」

「だからと言って、見えている部分から目を逸らすような生き方はしたくないのでな」

「うん……」

「私は……私はこの小さな命を預かろうと思う」

「うん」


 何だか仰々しい言い方だけど、帆足ちゃんらしくて私は思わず笑ってしまった。踏み出した一歩の先で水溜りが跳ねて、そこからはもう、ずっとそんな感じの道のりだった。


 雨は一日中、結局明け方まで止まなかった。次の日も。次の日も。

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