第14話 what (for) ?

 ここ最近騒動や凶行が続くのは、やはり呪いや祟りのせいじゃないのか?


 そう言った声がちらほらと聞こえるようになってきて、先生たちも生徒たちも、心中穏やかでは無かった。先生たちは、殺人的な業務内容の忙しさに加え(この上妖怪退治まで任されてしまうのか……)と戦々恐々だったし、何より学校の評判が落ちるのを(どんな心霊現象よりも)怖がった。

 生徒たちは生徒たちで、校内で立て続けに殺人事件が起き、真犯人はまだこの中にいるんじゃないかとか、次に殺されるのは自分ではないか……と妄想を逞しくした。


 気象庁は梅雨入りを宣言し、空には今日もどんよりとした雲が広がっている。みんなが漠然とした不安を感じ、暗澹たる日々を送っていた。


 それで、お祓いだった。

 一部の生徒たちが密かにカンパを集め、校内に神社の神主を呼び、お祓いしてもらうことになった。(一体どれほどの効果があるのか計り知れないが)ある時ナントカという有名な神社の神主がやって来て、仰々しい格好に身を包み、ムニャムニャと有難い紙の付いた木の棒を振り回していた。


 使われなくなった旧校舎、

 開かずの間、

 埋め立てられた防空壕……なんてものがあれば良かったのだが、あいにくそんな小洒落たものはなく、調べた結果、ウチの学校には七不思議の類も存在しなかったので(これじゃ神主さんに悪いと思い)急遽七不思議を考えたりもした。ともかくお祓いにより、この学校にもようやく平和が訪れた……ように見えた、が。



 事件はまだ終わっていなかった。それどころか、これから始まるところだったのだ。



 曇天が街中を覆う昼下がり。

 ウチが中庭に足を運ぶと、ちょうど同じクラスの帆足真琴ちゃんが、何やら隅っこの方で蹲っていた。

「……しっかり食べるんだぞ。ぴょん吉」

 帆足ちゃんのいる方角から、猫撫で声が聞こえてくる。私は目を瞬いた。普段あれほど強面な彼女が、見たこともないほど相好を崩しているではないか。

「ぴょん吉?」

「うわぁあっ!?」

 私が声をかけると、帆足ちゃんは文字通り飛び上がった。肩越しに覗き込むと、彼女の膝下に小さな白いモコモコがいた。


「い、い、指宿……!?」

「それって、もしかしてウサギさん?」

 覗き込むと、子ウサギが一所懸命キャベツを頬張っていた。クリクリっとした瞳が何とも可愛らしい。

「お前、此処で何してる!?」

「そっちこそ。学校に生き物持ってきちゃいけないんじゃね?」

「ち、違う! 拾ったんだ。来る途中、公園の隅で蹲ってて、それで……!」


 帆足ちゃんは真っ赤な顔をして、しどろもどろになりながら弁明した。普段の彼女からは到底想像もできない焦りようだ。その足元で、手のひらサイズの白ウサギが、熱心にキャベツを齧っている。

「おやおや……」

 私はニヤニヤが止まらなくなった。これは明らかな校則違反だ。学校にペットの類を連れてきてはいけない。風紀委員にチクってやろうか……と思ったが、その風紀委員が今にも泣き出しそうな顔をしていたので、やめておいた。どうやら彼女、小動物には滅法弱いようだ。


「ま、いいわ。それより、そのウサギ、どっかの家から逃げ出して来たんじゃない? 野良ウサギなんて滅多にいないっしょ」

「それは……」

 彼女は苦しそうに顔を歪ませた。私はますます笑みを浮かべた。こんな姿は滅多に見れるもんじゃない。


「ははぁん。世話してるうちに情が移っちゃったかぁ」

「うぅ……」

「だけど飼い主さん、心配してると思うよぉ。警察にはちゃんと届けなきゃ」

「分かってる……」


 帆足ちゃんがモジモジと体をくねらせ、大きな手で、恐々と白いふわふわを掬い上げる。子ウサギはヒゲをピクピクと動かし、小首を傾げた。確かに悶えたくなるような可愛さだ。


「美女と野獣みたい」

「……どっちが美女で、どっちが野獣なんだ?」

「あ、そうだ。帆足ちゃんは今日のお祓い行かなくて良いの?」

「わざとらしく話を逸らすな」


 荒い鼻息を吐き直立不動の姿勢を取る。だんだんと彼女も、いつもの調子が戻ってきたようだ。私は肩をすくめた。


「フン。人が殺されているというのに、今だにお祓いなんかに頼ってるのか」

「そうだよ。帆足ちゃんは心霊現象とか信じない系?」

「当たり前だ。本当に呪いや祟りで人が殺せるのなら、今頃完全犯罪のオンパレードじゃないか」


 どうやら帆足ちゃんはソッチ系らしい。完全犯罪だとしたら、表沙汰にならないから、呪いが無い証明にはならないと思うけど。もしかしたら私たちが知らないだけで、日本ではたくさんの完全犯罪が行われているのかもしれない……大きな掌の上で、白ウサギがキュルキュル鳴いた。


「ともかく私は信じない。もし幽霊が本当にいるのなら、殺人事件なんか秒で解決じゃないか。誰が犯人なのか、殺された幽霊に聞けばいい。警察は何で霊能力者を雇わないんだ?」

「頭カッタイ……」

「何だと?」

「でも……じゃあ、知ってる?」

「何?」


 私は帆足ちゃんの目を覗き込み、うっすらと意味深な笑みを浮かべた。


「この学校にも……があったってコト」


 薄暗い雲は荒波のように激しく動き続けている。生ぬるい風がさあ……っと中庭を横切って行った。これから一雨降るのかもしれない。口を真一文字に結んだ彼女を見上げ、私はますます目を細めた。


を作っていた時、偶然分かったんだけどさぁ……昔々、あるところに……」


 ……それは七不思議製作委員会の生徒たちが、偶然図書館で発見した。


 この学校に都市伝説や怪現象が無いかと、委員会の面々が資料を読み漁っていた時だった。その分厚い古文書は、学校図書館の、閉架の奥深くに眠っていた。曰く、


「数百年前……戦国時代かな。学校が立っていたこの場所に、とあるお殿様のお屋敷があったんだよネ」

「戦国時代……殿様?」

「そう。だけどそのお殿様が、周りからの評判がとっても悪い人で。何かあるとすぐ年貢を増やすし、自分たちだけ毎晩酒池肉林の大騒ぎで、自分たちには何にもしてくれない。電気代もべらぼうに高いし、無料Wi-Fiすら設置してくれない」

「…………」

「おまけに災害続きで、かつては美しい水田があった村も、日に日に干からびて行っちゃった。こんな奴の元でやってられるかと、怒った村人たちが集まって、お殿様を倒そうと密かに計画したワケ」

「一揆というワケか」

「もちろんお殿様にしたって、はいそうですかとやられるワケには行かないジャン。お殿様は屋敷の前に家来をずらりと並べて、自分は硬い壁で囲まれた蔵の中に引き篭もっちゃったの。それで、夜な夜な、寝ずに家来に警備をさせて。寝る時は蔵の四方に二人づつ家来を並べ、篝火を焚き、それから屋根裏と軒下にも、忍の者を潜ませて、文字通り四方八方をガチガチに守りで固めてたのよ」

「随分と厳重な警備だな」

「家来が手に持った松明で、屋敷の中は夜中でも昼みたいに明るかった……と文献には書いてあるわ。完璧な警備体制だったんだけど……ある晩、屋敷の近くに青白い炎……人魂が出たんだって」

「バカな。見間違いに決まってる」

「だってそう書いてあるんだもん……聞いてよ。それで家来たちは大騒ぎして、人魂を追いかけて行ったワケ。けど、その時も蔵の周りにいた十人だけは持ち場を離れなかった。お殿様をずっと守ってた」

「蔵の東西南北に二人づつと、屋根裏、軒下に一人で十人だな」

「人魂は、結局途中でふっ、と消えちゃうんだけど、家来たちがゾロゾロと屋敷に帰って見ると……」

「……と?」


 それから私は一拍置いて、出来るだけ低い声で、おどろおどろしく言い放った。


「なんと、お殿様が死んでたのよ! 蔵の中で!」


 家来たちが蔵に入ると、お殿様はまるで幽霊でも目撃したかのように、目をひん剥き口から泡を吐き、顔色を紫に変色させて死んでいた。もちろんその間、村人も誰も蔵の中に入ったりしていない。これこそ呪いじゃ、祟りじゃと村は大騒ぎになった。


「ありえん」


 だけど現代の探偵少女には、どうもそうは思えなかったようだ。帆足ちゃんは白ウサギを大事そうに抱いたまま、コキリと首を鳴らした。


「何がだ。きっと何かトリックがあったんだろう。それっていわゆる密室殺人じゃないか」

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