第13話 when?

「口紅型の小型銃?」


 ビルとビルの間、路地裏の小さなスペースのベンチに私たちは腰掛けていた。


 四方を高いフェンスに囲まれたそこは、一応砂場や樹木は植えてあるが、四畳半程度の大きさしかなく、公園と言うにはあまりにも手狭な空間だった。首を曲げると、凸凹の空が、そこだけ切り取られたみたいに青々と輝いていた。


「そう。見えない弾丸……当たった瞬間は映っていないのに、撃たれた跡だけが残っている。それなら弾の出所はひとつ。被害者の体の中じゃ」

「体の中……!?」


 私の推理に、帆足女史が目を剥いた。外から射撃されたのではなく、内側から発射されたとしたら。

 それなら映像に映っていない理由も説明がつく。実際冷戦中の旧ソ連では、スパイ・ムービーでもお馴染みの、リップスティック型の拳銃が使われていた。相手の体に押し付けて発砲するとのことだが、体内に埋めておけば問題はない。


「たとえば医師が、手術中にメスを患者の体内に残してしまうように。5cm程度の暗殺グッズなら、被害者に気づかれることもあるまい。犯人は被害者の腹の中に小型拳銃を隠した。今は時計から電話もかけられるからの。時限装置をつけておいて、時間になったらスイッチを押したのじゃ」

「しかし……」


 帆足女史は腕を組んで唸った。


「確かに理論上は可能なのかもしれないが………正直現実的だとは思えない。だったら犯人は外科医か、少なくとも被害者の腹を破れる人物でなくてはならないじゃないか。そんな人間は限られる。手術の痕など、警察が調べればあっという間だ。自分が犯人ですと言っているようなものじゃないか」

「だったら、下着はどうじゃ?」

「何?」

「体の中でなくとも、服の内側にこっそり仕込んでおいたなら、同じことができるじゃろう」

 

 たとえばKGBのスパイは、下着の縫い目に毒を仕込んで目標ターゲットを暗殺していた。食べ物に注意を払う人間はいても、着るものはどうだろう?


 他人の下着を着る人は(きっと)いないだろうし、むしろ人によってお気に入りの一着があったりするから、(暗殺者側は)計算がしやすいはずだ。下着……あるいはパーカーのダブついた箇所など……見えない部分に銃を縫い合わせておけば。


 私が目を輝かせるのとは反対に、探偵少女は疑いの目を崩さなかった。


「そりゃ、できるかもしれないが……小説や映画の中ならな。実際にやったら気付かれるだろう。自分の服で考えてみろ。そんな小型の銃なんかくっついてたら、普段と重さが違うから丸わかりじゃないか」

「うーむ……良い推理と思ったんじゃがのう……」


 そう言われると、私もだんだんと自信がなくなってきた。確かに、腹の中だの服の中だの、被害者が全く気づかないと言うのは少々都合が良すぎるかもしれない。


「大体、内側から撃たれたのならが映像に残っているはずだ。だけどそれもない。いくらバラバラ死体になったからと言って、体の内側から射撃されたのと外側からの違いが分からないほどじゃないだろう」


 私は唸った。帆足女史の言う通りだった。


 死体に出来た傷によって凶器の形状や撃ち込まれた角度を特定するのは解剖の基本だ。電車に轢かれたのだから、それすらも分からない程にグチャグチャになっている可能性はある。しかし、だとしても私の推理にはあまりにも希望的予測が多過ぎた。


偶然、被害者が仕込まれた銃に気づかなかったら。

偶然、弾丸が映像に映らなかったら。

偶然、死体の損傷が激しかったら。


 不在証明アリバイを工作してまで犯罪を犯そうとする人間にしては、いくら何でも計画が杜撰過ぎるではないか。


 何もかも偶然では推理とは言えない。

 少なくとも、ミステリー小説のゴースト・ライターが作るようなトリックじゃない。仮にあの小説の『解決編』がこれだったら、私は酷く失望したことだろう。


「しかし、だったらどうやって……」

「簡単な話じゃないか」

「え?」

「話を聞くだけだと……今度は私の推理を言っていいか?」


 だんだんと落ちてきた太陽が、西日がビルの窓に反射して眩しかった。新進気鋭の女流探偵・帆足女史が身を乗り出して喋り始めた。


「被害者は殺された、撃たれたんだよ」

「何じゃと……?」

「だってそうだろう? 映像には弾丸が映っていなかった。だったら撃たれたのはか、だ。仮に手術痕や何らかの銃撃事故の痕があれば、警察がとっくに調べている。以上を踏まえて、合理的に考えれば、被害者はバラバラになった後に弾丸を腹に撃ち込まれたに違いない」

「死んだ後じゃと!? 一体何のために……!?」

「おそらくは捜査の撹乱……死因を偽装するためだろう」

 今度は帆足女史が目を輝かせる番だった。


「被害者は飛び込む前に血反吐を吐いた。その死体が銃で撃たれていたら、どう思う?」

「誰かに狙撃された可能性がある……」

 実際私は動画を見てそう思った。

「そう。だけど実際にはそうじゃなかったんじゃないか。神経毒か何かで、一時的に足の動きを封じたり……さっき言ったように、下着に毒を仕込めば、これなら十分可能だろう」

「な、なるほど……」

「小さな針か、注射器のようなものでも良い。服の中に隠すには十分だ。被害者は毒殺だったんだ。定刻になり毒が周り……被害者は倒れた」


 件の作家は駅のホーム白線の外側にいた訳だが、それは予め脅迫しておけば何とかなりそうだ。たとえば、小説の続きが書いて欲しかったら(あるいは代筆をバラされたくなかったら)、指示した場所で待っていろ……など。


 毒の量で効き目……死亡時間を操作するのは決して不可能ではない。

実際に過去沖縄で起きた保険金殺人では、トリカブトとフグの毒を使って、犯人は巧妙に死亡時刻を調整し不在証明アリバイを工作した事例がある。


「……まるで撃たれたかのように体を強張らせ、被害者は線路に落ちた。全身に毒が回る前に死体をバラバラにしてしまえば、わざわざ毒の回った部分を解剖する確率は低いだろう」

「あのパフォーマンスは銃殺を印象付けるため……それに、銃弾が見つかっているのだから、警察は銃撃による殺人だと見込んで捜査を進める……」

「そうだ。しかし、いくら調べても映像には証拠は映っていない。そりゃそうだろうな。電車に轢き殺された後の死体など、普通の人は目を背けるだろうし、駅員だって当然『撮影しないでください』と注意するだろう。

 だけど証拠は殺された後、映像の外にあったんだ。

 犯人は大阪で被害者を毒殺した時刻、東京で不在証明アリバイを確保し、その後現場に向かった。電車がダメなら飛行機でもいい。大阪に行き、それから近くのビルなどに忍び込み、タイミングを見計らって死体の一部を狙撃したんだ。だったら3kmも必要ないだろう? 周囲には当然捜査官もいただろうが、現場はひどい雷雨で、騒然としていたはずだ。まさか死んだ人間が撃たれるとは思っていないだろうしな」


 帆足女史がどうだと言わんばかりに私を覗き込んだ。私は驚きを隠せなかった。


 わざわざ死んだ人間に再び凶器を向けると言うのは、ミステリー好きの私には中々出ない発想だった。そんなことは非合理的だし、自分から証拠を増やしに行っているようなものだからだ。しかしその非合理的素人意見が、私の変に専門家ぶった邪推偏見よりも、幾分か筋が通っているように思えた。

 私はずっと映像の中に答えを探していた。何でも映像に残る時代だからこそ、それを逆手に取ったトリック……。


「フン。素直に自殺に見せかけて殺せば良かったものを。よっぽど自分の作ったご自慢のトリックに自信があるのか知らんが」


 彼女は不敵な笑みを浮かべゆっくりとベンチから腰を上げた。


「安心しろ。私の情報網を使えば、見つからない奴などいない。今時の若者を舐めるなよ。高性能カメラを、持ってない子を探す方が難しいんだからな」


 どうやら帆足女史は、彼女の知人友人の伝手を使って犯人を特定するつもりのようだった。確かに今じゃ、誰もがスマホを持っていて、日本中で24時間監視カメラが動き回っているようなものだった。


 それに、警察だってはもうとっくに気づいているだろう。人体は死後傷つけても血が流れない。死体を検分すれば、それが生前出来た傷なのか、死後出来た傷なのかははっきりする。いくら死因を偽装しようが、結局真実は暴かれるのだ。犯人が捕まるのは時間の問題だと思った。


 ワシはもう心配していなかった。

 ずっと前から読めず終いだったミステリーの『解決編』を、ようやく読めたような気分だった。心地よい疲労感に包まれながら、ワシらは公園を後にした。

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