第8話 who?

「ちょっと待て。どういう意味だ?」

 慌てて立ち上がる帆足さんを尻目に、私はそそくさとクレープ屋さんの方に歩き出した。

「もしかして、犯人が分かったのか!?」


 公園の道沿いに、七色の看板を掲げた屋台が並んでいる。幸いなことに店はまだ開いていた。頭にタオルを巻いた店主が、汗だくになりながらクレープの薄い生地を鉄板の上に広げている。見ているだけで涎が出てきそうだった。


「私はイチゴ味ね。帆足さんは何味にする?」

「指宿!」

 帆足さんが私の肩を掴んだ。

「ちゃんと説明しろ。今ので犯人が誰か分かったのか?」

「うん」

「誰だ!?」

「食べながら話そうよ」

「…………」


 店先から漂う甘い香りが私たちを包む。帆足さんはしばらく険しい顔をしていたが、やがて渋々と言った感じで私の指示に従った。彼女は結局チョコバナナ味にした。煌々と輝く電灯の下で、並んでクレープを食べる。

 ……こういうの、実は私、夢だったんだ。何だか友達ができたみたいでちょっと嬉しい。帆足さんの視線をチラチラと感じつつ、私は思わず顔を綻ばせた。


「何を1人でニヤニヤしてるんだ?」

「別にぃ」

「なぁ、そろそろ教えてくれ。犯人は誰なんだ? お前はどうしてあの話だけでそれが分かったんだ?」

「んあ……単純な、消去法よ」

 私は口元のクリームを拭った。


「話を聞く限り、容疑者は3人……帆足さんを除いて。じゃあ、ひとりひとり特徴を見て行きましょう。まず、


 ①目が見えない義父。

 目が見えない……玄関先で、出迎えた相手すら把握できないような人間が、被害者を刺せるかしら? 


 いくら家族とはいえ、被害者もそれじゃ無抵抗過ぎるでしょ。たとえ不意を突かれたって、目が見えない相手に正面から胸を刺されるって、ちょっと考えにくいわ」

「それじゃあ……」

「それから2人目。


 ②耳が悪く寝たきりの母。

 これも同じ。寝たきりの人間に襲われて、呆気なくやられるなんて思えない」

「寝込みを襲われたら?」


 帆足さんが顎に白いクリームをつけたまま、険しい表情を浮かべた。


「被害者が寝ている間に刺されたとしたらどうだ? 目が見えなくたって、寝たきりだって時間をかければ刺せるだろ?」

「だけど、犯人は現場から金目のものを盗んで行ってるわ。それに足跡まで。寝たきりの老婆や目が見えない人間に、そんな細工、至難の技だと思う」

「分からんぞ。同じ家に住んでるんだ。争った跡くらい偽装は……大体」

 帆足さんの言葉に熱が篭った。


「その足跡はどう説明するんだ? まさか犯人は

 ③車椅子の弟 

 だとでもいうつもりか?


 有り得ない! それだけは。彼は生まれつき歩けないんだ。それは病院も証明してくれる。車椅子の人間に、どうやって足跡が作れるんだ?」

「違うよ。犯人は

 ④殺された慶彦さん、だよ」

「何?」


 帆足さんが目を見開いた。私はクレープの紙を掌の中でくしゃっと丸めた。


「何だと……!?」

「正確には、④殺されたと偽装した慶彦さん……かな。

 実際に殺されたのは、③弟の恭二さんの方。

 車椅子に乗った弟を殺して、その後何食わぬ顔で自分がのだとしたら?」

「まさか……! いやそんなことが……!?」

「それなら全て説明がつくじゃない。

 歩けない弟を殺して、足跡や争った跡を偽装する。

 それが全て可能なのは、家族の中で慶彦さんだけ。


 慶彦さんと恭二さんは歳も近く、似た者兄弟だったんじゃないかな。だから、いくら家族とはいえ、盲目の義父や寝たきりの母には区別がつかなかった。たとえば一卵性双生児なら、家族でも見分けがつかないなんて話ざらだし。

『兄が殺された』と言えば、二人はそれを信じたでしょう。それに、高木家を初めて見た帆足さんも。警察だって、結局は家族に身元確認をする訳だからね」

「じゃあ……犯人は容疑者から外れるため、車椅子に?」

「そう。だからわざと足跡を残したのよ。生まれつき車椅子生活なら、自ずと疑われない。そう見越して」

「なんてこった……兄か!」

「話を聞く限り、ね」


 私は肩をすくめた。


「登場人物の中で、『自由に家の中を動き回れて、足跡も作れた』のは誰か? 

 それを考えれば、自ずと答えは見えてくる。ま、話だけじゃ動機までは分からないけど。後はじっくりとDNA鑑定するなり、その死体について調べてみるといいんじゃないかな。自分じゃ弟なんて言ってるけど、それって本当に……」

「ありがとう! 恩にきる!」


 私が言い終わらないうちに、帆足さんは弾かれたように立ち上がった。

「君は本当に名探偵だな! 助かったよ」


 それから私と熱い握手を交わし、彼女は頬を紅潮させながら公園を後にした。これから警察に、今の話をしに行くのだろう。別に私は名探偵って訳じゃない。私自身、の身体を借りてるから、解けたようなものだ。どちらかというと犯人側に近いが……それでもこうして感謝されるというのは気持ちのいいものだった。


 小さくなって行く彼女の背中を見送って、私は鼻歌を歌いながら、気分良く家路に着いた。

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