28話
───そうだな。俺の見立ては間違っていなかった。
現在進行形で「失望の巨人」と相対しているエルの様子を鑑みるに、あいつはもう既に奴の攻略法に気づいている。
「・・・前言撤回するよ。やっぱりセンパイは教え子に甘いね。」
リシルはどこか不満げに、何やら嫉妬も交えたような表情をしながらそう呟いた。
しかし、俺はリシルが発した「甘い」の一言に引っ掛かりを覚える。
べつに俺は今回の件で、エルに対して何か甘やかした記憶はない。流れの大部分はリシルを鍛えた時と同じのはずだし、なんならスケジュールが短くなった分だけハードになっている。
「例え仕掛けをしたとして、最終的にソレに気づくか否かは本人次第。結局は戦闘センスの程度を試しているだけだ。」
「ものは言いようってやつ?」
「さあ、どうだかな。」
なんだか機嫌が悪いようだが、今集中すべきはエルの状況だ。
いくら攻略法を見つけたとはいえ、今の調子が崩れないとは言いきれない。
『エルフ族固有の特性を利用し、身体能力の向上を図ったと。マスター、人工知能の埋め込みはこれが本命ですか?』
「そうだな。あいつは気づいていないだろうし、元さら気づけるようにはしていないが。」
エルフ族との関わりが女王以外ほとんど無かったが故に忘れていたが、昨日になってようやく思い出した。
元来より、エルフ族はなぜ華奢な肉体でありながら基本人種と違って基礎的な身体能力が高いのか。今まで気にしたことはあまりなかった事だけに、今回の強化スケジュールの見直しの時点でこれに気づくことができたのは割と僥倖だった。
その点だけを見れば、予定の繰り上げをすることとなった原因である
『珍しいですね。マスターがここまで計画的に事を運ぶなんて。』
「そんな珍しいって言っても、今回だって幾つかの偶然が重なっただけだ。それに、あの件についてはお前も記憶から読み取っとるはずだろ?」
『・・・それについては、私から触れるべきではないと判断します。』
Nはいつもと変わらない声色で話題を切り、今度は珍しく声に少しだけ感情を乗せつつ言葉を続ける。
『ともかく、マスターの現状を姉さんとティアさんが見れば・・・今の状況を楽しめていることを、お二人は喜んでくださると思います。』
「俺はあいつらの息子じゃないんだがな。」
あの二人には随分と心配をかけていることは重々招致しているつもりだが、まさか自分のAIに励まされるほどとは。少し複雑な気分だ。
『何も、そう心配したり喜んでくれるのは親だけではありません。やはり、マスターは未だに───』
「・・・さて、機能停止のコマンドは何だったか。」
『───善処します。』
いや・・・今はこんな無駄話をしている場合ではないな。
あいつがどうやってアレを倒すのかを、しっかり見ていなければ。
─────
『お嬢様、着弾時爆発型の魔法が飛んできます。空中に移動して回避を。』
「わかった。」
先程、マートルは「行動パターンの単純化」と言っていたが・・・どこが単純なのだろう。むしろ手数が増えている気がする。
ひたすらに私から距離をとり、魔法を撃ってまた退避。全くもってダンジョンを仕切るボスの行動には思えない。
いや、でも確かに行動の内容は単純になっている。手数が増えたと感じるのは、奴が今まで全く魔法を使わなかったからか。
「・・・足りるかな。」
そう不安を口にしたのもつかの間、奴はまた私から距離をとり、再びあの攻撃魔法を放とうとしてくる。
『お嬢様、このままでは───』
「わかってる。」
このまま引きずられては埒が明かない・・・のであれば、私がすべき行動はただひとつ。
「「簡易結界」」
奴の攻撃の時に合わせ、私は空中に展開した結界を全力で蹴り飛ばす。
そして攻撃魔法に当たらないよう、私は空中にいくつかの結界を張って移動の軌道を変える。
「今の私でも、上から降ってくる時の速さが合わされば・・・!」
全ての攻撃をくぐり抜け、ネームドボスの直上に移動してきた私はまた結界を張り、今度は地面に向けて全力で降下する。
狙うべきはその巨体の背後・・・奴のがら空きの背中に刻まれた正中線をなぞるように!
「はああああああっ!!!」
私は全力のあまり叫びながら、全体重をかけてネームドの背中をぶった斬りにかかる。
これでダメならお終い。だが、ご主人様が示してくれた道である以上、これに縋らない言われはない。
[ッ!?]
そして、奴の背中に刃を入れた瞬間、私はふたつの細工をした。
細工といってもご主人様がするような複雑なものではなく、私の持っている固有武器と自己証明をそのまま使った単純なもの。
「ブラッディ・マッドネス」
私はやつの体に、固有武器から発せられる炎と、先程延長した血の刃を残していった。
前者は奴の痛覚を無効にするため。炎の効果によって切り傷の痛覚を遮断し、同時に燃え広がった炎によってネームドを焼き尽くすために。
そして後者は私が攻撃した切り傷からさらに内側、奴の血管が通る内部・・・その中心に位置するモノを破壊するために。
[ゴボッ・・・オ・・・?]
次の瞬間、ネームドボス「失望の巨人」は血を吹いて地面に膝を着いた。
痛みも違和感もない。ただ体が動かず、言うことを聞かない。
私の固有武器の有用性は、ご主人様が証明してくれた。我ながら、随分と物騒な能力をしていると思う。
[オ・・・アァ・・・]
ドスン・・・と大きな音を立てて、失望の巨人は地面に倒れ伏した。
もう動くことはないだろう。
その無駄に大きい肉体も、私の固有武器が残した炎によってボロボロと崩れて無くなるはず。
『ネームドボス”失望の巨人”、生体反応の消失を確認・・・討伐完了です。』
マートルが私にそう告げ、私にとっての生まれ変わりは成された。
「やった・・・っ!」
自分ルールだと分かってはいるが、それでも十分な達成感はある。
これで私は、胸を張ってひとりのエルフになれると・・・自分の心の中で、そう決断できる準備が整ったのだ。
よくわからない線引きだと自分でも理解してはいるが、それでも───
『警告、極度の疲労を検知。お嬢様、直ちに休息を。』
「へ・・・?」
───気の抜けた声。
疲労によって体に力が入らない状態となった私は膝から崩れ落ち、危うく地面に体を強打してしまうところだった。
・・・ご主人様が私を受け止めてくれなければ。
「よし・・・ひとりでよく頑張ったな。エル。」
私を片腕で受け止め、そこから脱力した体をお姫様抱っこで抱えてくれるご主人様。
視界がぼやけていてよく見えないが、たぶん、ご主人様は嬉しそうな顔をしているのだろう。
「ごしゅじんさま・・・」
「ああ、お前はこのままゆっくり寝てな。起きたら褒めちぎってやるから。」
「・・・はあい。」
なんという気の抜けた返事だろうか。
人というのは、全力を出したあとはこうも力が抜けてしまうものだったのか・・・と、私は驚いている。
「N、スケジュールの修正を。具体的には───」
何か話しているのが聞こえたが、もはや私には・・・この睡魔に抗うすべは残されていなかった。
私はゆっくりと沈んでいく意識に身を委ね、ご主人様の腕の中で眠りについた。
─────
おまけ
エルの自己証明について。
恐らく本編で一括表記することはないので、ここで表記しておきます。
ちなみに、第3の自己証明は未だ自覚していません。
1:ユニーラトゥラル・コミュニケーション
端的に言えば読心術。
自己の感覚をひとつ遮断する代わりに、視線を向けた対象の心の内を聞くことができる。
彼女はこれを巧みに使用し、奴隷時代を必死に生き残った。
2:ブラッディ・マッドネス
自身の血液を操る能力。
発動の媒介が自身の血液であり、それ自体にリスクが伴うために対価は存在しない。
重力に逆らう動きはもちろん、粘性のコントロールや硬化など使い方は様々。
作中で使用したように、短い武器を延長するための手段としても利用できる。
3:まだ決めてない
たぶん毒にするはず。
制御できないタイプのやつ。
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