26話

ゴールデン・スプリングスの付近にある中規模ダンジョン。

そこのネームドボスであるという「失望の巨人」とやらを倒すことを目標に据え、私を鍛え始めたご主人様。

しかしまぁ、昨日の魔物殲滅の件で薄々気づいてはいたが・・・


「ほら、頑張れ〜。」

「ぐっ・・・くぅっ・・・」


まさか、ひたすらに雑魚の魔物(強さはご主人様の主観)と戦わされるとは予想していなかった。



・・・



「よし・・・頑張ったな。しばらく休憩だ。」


あれから半時間ほど経っただろうか。正確に数えてはいないが、今までの生活と比較しても、だいぶ体を酷使したような気がする。


「水を。」

「あっ・・・ありがと・・・ございます・・・」

「落ち着いてから飲めよ。気管に入ったら苦しいからな。」


あれだけ玩具として扱われて、かつ好きなように体を弄ばれて・・・それで死にたいほど辛いと思っていたあの日々が、今の疲労に比べればなんてことないものだったと錯覚してしまう。

いや、流石にあの頃より辛いというのは過言だが・・・あの頃は肉体的というより、精神的な側面での負荷が尋常ではなかった。

だから感じないよう奥底に抑えていた苦痛より、抑える余裕がないために目先の苦痛を強く感じていた今の方が辛いと錯覚してしまったのだろう。


「さてと・・・どうしようか。ソロでネームドと戦うレベルになれば、お前にも対話型の人工知能をプレゼントしておきたいんだが。」

「・・・?」


独り言をぽつぽつと呟き、何やら目の前の光の板をコツコツと指先で叩いているご主人様。

私にはご主人様が何をしているのか分からないが、私のために何かをしてくれようとしているのは何となく理解できる。


「・・・そうするか。」


ご主人様はしばらくの思考の後にそう呟くと、光の板をさらに呼び出して、今度は両手で板を叩き始めた。


(何をしているんだろう・・・)


私は誤飲しないよう、渡された飲水をちょっとずつ飲みながらご主人様を見つめる。


「・・・リシル、応答できるか?」

『ん、大丈夫だけど。』

「よかった。ひとつ聞きたいことがあってな・・・」


今度は別行動しているリシルさんに通信をかけ始めた。

なんというか、私だけ仲間外れにされている気がする。


「お前のAIって、たしか自我がないヤツだよな?」

『そうだよ・・・っと、ちょっと待ってセンパイ。今、目の前のヤツを仕留めるから。』

「オーケー。ゆっくりな。」


一応、オープンの通信らしいので私も聞けているが、リシルさんもひとりで何をしているのだろう?

機会があれば聞いてみようかな・・・なんて考えたりして。


『よっし、仕留めた。』

「ナイスショット〜。」

『ありがとセンパイ。それで、なんの話?』

「お前用に作ったAIについてだ。」

『あ〜ね。』


左手を首に添え、右手で光の板を叩きつつ、リシルさんと通信を続けるご主人様。

奴隷だった時は散々「マルチタスク」だなんだと御局メイド長に言われたものだが、当時は見れなかったお手本が今まさに目の前に居る。


「たしか、使用者の思考にリンクして情報をやりくりしてくれるタイプのAIだったか?」

『そうだよ。センパイの対話型とは違って緊急時の臨機応変な対応はできないけど、そういう時は自分でなんとかするしねー。』

「日常生活と戦闘時の基礎的なサポートをするため・・・か。お前にAIを組んでやった理由は。」

『うん。おかげで助かってる。』


ご主人様とリシルさんが話しているAIとやらは分からないが、おそらくはご主人様が時折呼ぶ「N」という人(?)も、そのAIとやらの同類なのだろう。初めて会った時、私の髪を切ってくれたのがその「N」って人(?)だったらしいし。


「なら・・・コンセプトは思考依存型にするか。」

『この話をするってことは、今ってエルちゃんのを組もうとしてるの?』

「ああ。HUDハドと併用すれば、戦闘も日常も・・・かなり便利になるからな。」

『じゃあ今日の訓練はどうするのさ。』

「今は休憩中だ。だから今のうちに組もうと思ってな。」


はど・・・とは何だろうか。全く聞いたことがない単語なのは相変わらずだが、脈絡のない発音が2つということは何かしらの略称とも取れる。


「とりあえずは・・・そうだな、大体のアウトラインは決まった。答えてくれてありがとな。」

『どういたしまして。それじゃあ話のついでで報告を・・・私はこれからボア系を狩ることにするから、合流するのは日が沈む直前になるかも。』

「把握した。何かあれば連絡してくれ。」

『了解、アウト。』


ボア系というと、癖はあるが柔らかい肉が大量についた食用の魔物・・・だった気がする。

まだ短いご主人様との生活の中で、いつからかスッと薄れてしまった記憶だが、食卓の目の前で私たち奴隷が並べられ、まるで食後のデザートを選ぶように後ほど遊ぶ玩具を選んでいた、1つ前の主のことを思い出す。

正直な話、一日中なにも食べていない奴隷の前で嬉しそうに食べ物の説明をするのは人の心がないんじゃないかと思う。だが、良く考えれば奴隷は人として扱われていない。それなら居ないものとして自分らの娯楽を優先するのも納得か。


「さてと・・・エル。」


通信を終えたご主人様は板を叩くのをやめ、今しがた考え事をしていた私の名を呼ぶ。


「あ・・・はい。」


こちらから見る限りは模様が反転しているため正確な判別はできないが、ご主人様が先程まで叩いていた板には何らかの文字列がずらりと並んでいる。

反転していてもわかるレベルで膨大な文字量だし、おそらくその文字は私たちが知る言語ではない。


「頭をこっちに。話は聞いていたと思うが・・・一応、大雑把に説明をしよう。」

「はい。」


私が四つん這いになって近づくと、ご主人様は私の頭の上に手を置き、光の板に目を向けた。


「今からお前の頭の中に1人の人格を埋め込む。」

「人格・・・ですか。なんだか怖いです。」

「ああ。でも、その人格はお前の思う通りに情報を集めたり、いざという時はお前の体を代わりに操って危機を脱したりしてくれる便利なヤツだ。」


それを便利の一言で片付けていいのかという疑問は残るが、ご主人様の言う通りなら私の頭の中にはこれから使用人のようなものが生まれる・・・というのだろう。

はっきり言って全く想像がつかないが、わざわざご主人様が用意するくらいなのだから相当便利なものなのだろう。先程の会話で「戦闘にも」と聞こえたのは抜きにしても。


「そして、そのオマケとしてついてくるのがHUDだ。そうだな・・・お前がずっと物珍しそうに見ていた、あの光の板があるだろ?」

「はい。」

「あれがHUDの一部を現象として呼び出したものだ。HUDという単語自体はヘッドアップディスプレイの略称で、要は「自分の視界に映し出される、視覚的にわかりやすくまとめられた便利情報」のことだな。」


私が「???」という表情を浮かべていると、ご主人様は二ッと微笑み、私に魔力を流し始めた。

というか、さっきの「はど」というのはやはりその「えいちゆーでぃー」の略称だったようだ。


「ま、理解できないのはわかってる。体験しなけりゃ理解もクソもないもんな。」


ご主人様がそう口にした途端、私の視界には無数の数字がずらりと出現し、私の視界を埋めつくした。


「・・・っ!?」

「少し待っとけ。起動中だ。」

「え・・・はい・・・???」


私が驚き、困惑した数瞬の後に数字は視界から姿を消し、今度はシンプルな図形がいくつか私の視界に出現した。


「あ・・・」

「ん、何か見えてるか?」

「・・・はい。何か図形のようなものが。」

「オーケー。じゃあ顔を上げて、俺のみぞおちの辺りに何か見えないか確認してくれ。」

「はい。」


私がご主人様の言う通りに顔を上げ、みぞおちの辺りに視線を向けると、そこには何かひし形の模様が浮かんでいた。


「俺の体に合わせてひし形が浮かんでるだろ。」

「はい・・・なんというか、すごく違和感があります。」

「初めてならそんなもんだ。今は簡易的な情報だけ表示させているから・・・次は上のやつだな。」


簡易的な情報。私からしてみれば、普段は見えないものが見えている時点で少なからず脳の処理が滞るし違和感が湧く。

そして上のやつ、というのは左側と右にも同じような模様があるやつだろう。似ているものといえば・・・長さを測る道具だろうか。


「定規のような模様ですか。」

「そうだ。そしたら、ひとまず立ってくるりと一回転してみろ。」

「わかりました。」


私が立ち上がってくるりと回ると、上の模様も一緒に一回転をした。どうやら、上の模様は私の動きに連動しているようだ。

ということは、両側にあるふたつの模様も同じように私の動きに連動しているのだろうか?


「模様も一緒に回ったか?」

「はい。それと、模様の上に表示されている特殊文字はなんの意味があるのですか?」

「ああ、今から説明する。」


・・・


話を要約すると、私の視界の端に表示されている模様は「現在の私の状況」に関連したものであると説明された。

上の模様は私の向いている方角を、左の模様は私の向いている角度を、右の模様は私の居る高さを表しているらしい。基礎的な計算や単位に関しては教育されているため、私でも理解できた。

そして、ご主人様のみぞおちにあるひし形の模様はご主人様の位置を表すものらしい。

常に表示されていると邪魔なので調整はするそうだが、慣れるのには時間がかかりそうだ。


「よし・・・それじゃあ、お前の頭の中にAIを埋め込んだら訓練再開だ。」


ご主人様は再び私の頭の上に手を置き、魔力を流し始めた。

熱い感覚が体を伝い、頭の中がじわじわと焼けるような幻覚に襲われる。


「こいつは言わば、お前の相棒となるヤツだ。これからお前が生きていく上でのサポートを、それこそ死ぬまでずっとしてくれる相棒。」


そう話すご主人様の声がだんだんと薄れ、まるで眠っているかのように感覚がなくなっていく。

そうしてしばらくご主人様に体を委ねていると、頭の中で何かが光を発した。

そして同時に、産声を上げた。


『メインシステム起動、通常モード。』


その声によって私の感覚は一気に引き戻され、もうご主人様は私の頭から手を離していたことに気づく。

というか今、私はご主人様の膝枕で寝ている。


「・・・起きたか。10分くらいだな。」


ご主人様は子供を寝かしつける時のように私のお腹をポンポンと一定のリズムで叩き、なんか男性の割には柔らかい気がする膝枕で私を寝かせていたようだ。


「よし、挨拶しな。」


私が起きたことを確認するなり、ご主人様は板に向けて一言。それはおそらく、私の頭の中に生まれたものへの命令であろう。

すると次の瞬間、先程と同じ声が私の頭の中で言葉を発した。


『はじめまして、お嬢様。』


言われ慣れない二人称に一瞬困惑したものの、その声は私の困惑などよそに言葉を続ける。


『マスターの紹介に預かりました、私は思考投影型人工知能・・・マートルと申します。』


頭の中の声───マートルは、ご主人様のことをマスターと、私のことをお嬢様と呼んだ。

マートルの声は良い雰囲気の青年といった感じで、まるで彼(?)が私の執事であるかのような錯覚すら覚える。

・・・執事がつくような身分じゃなかったけど。


「成功だな。あとはお前が色々と命令すれば、こいつはその都度応えてくれるだろう。」


そしてご主人様は私に視線を向け、少し微笑みながら告げる。


「改めて・・・マートル、こいつがお前の相棒だ。」



─────


(割と重要な)おまけ


AIについて。

この世界のAI(人工知能)は、基本的にその殆どがグレイアによって造られたものである。

とくに人の思考の中に存在するAIに関しては、その全てがグレイア製である。

そして、彼の作ったAIにはふたつのパターンが存在し、それが「対話型」と「思考投影型」。

前者は文字通りに対話が可能で、完全な自我を持った魔力生命体(分類上は不可視のゴーレムという扱い)。

対して後者は命令か思考によってのみ操作が可能で、一応言葉は発するものの、自我は持たず分類上は魔道具という扱いになる。

現時点で物語内に登場している(会話に参加している)AIは3つ存在するものの、その中で思考投影型は今回エルの頭の中に生まれた「マートル」のみ。

そして彼は思考投影型であるが故に、グレイアの頭の中にいる「N」のように自分から言葉を発することはないし、存在するだけで影は薄い存在となる・・・はず。


ちなみにグレイアがマートル(物)に対して「相棒」と言っているのは、彼が「まぁ・・・喋るし人でしょ」という思考をしているが故である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る