25話

私は少し、疑問に思ったことがある。

いや、疑問そのものに関しては毎日・・・それも山ほど生まれるのだが、稀にその中でも気になる事柄というのが少数生まれるのだ。


「実際、ここは他のダンジョンと比べて時間感覚が狂いにくい。立地も考えて想像されたのか、それとも観光地にしやすいから周りが発展したのかは不明だが。」

「両方なんじゃないの?」

「そう言える材料は考古学の文献からも沢山見つけることができる。しかしまぁ、暇神様のことだ・・・何も考えずに創造したってのが否定できないのも事実。」


───暇神様

ご主人様は時折、この固有名称を口にする。無論、私にはこの暇神様がどんな存在かは知らないし、今現在のリシルさんの反応を見る限りでも・・・彼女はその人について知らないようだ。ご主人様が言う暇神様が人である可能性は限りなく薄いが。


「じゃあさ、魔法古典学会で提唱されている説はウソってこと?」

「ウソではない。外れている可能性があるってだけで・・・もちろん俺の見立ても、身内から見たイメージからの産物だから的外れの可能性がある。」


しかしまぁ、元奴隷であるが故に高度な教育は受けていないことに関しては分かりきっていたはずだ。

しかしまぁ、まさかご主人様とリシルさんの会話が、本当に全く理解できないとは思わなかったが。


「それじゃあ、真実は・・・」

「それこそ、神の味噌汁ってやつだな。」

「いや、そんなとこでボケないでよセンパイ。お味噌汁じゃなくて、神のみぞ知る・・・でしょ?」

「・・・俺の故郷じゃ鉄板ネタなんだがな。」


今の私に出来ることと言えば、せいぜいご主人様が歩きにくくないよう適切な距離を保ちつつ、できるだけご主人様にくっつくことのみ。

目的地である大樹の麓までは目測で1キロほどで、どうやらそこに野営地があるらしい。


(・・・未だに体が軽く感じる。ほとんど鍛えてない私の体でも、あんなに激しく動き回れるなんて。)


私はそんなことを考えながら、議論に耽る2人の前をテクテクと歩いていった。



・・・



偽物の太陽は地平線へ沈み、今度は偽物の満月が天井に映し出された。

同時に星も映し出されていて、もしこの様子だけ見せられたら・・・恐らく、ここがダンジョンだとわかる人は少ないだろう。


「エル、菓子の準備ができたぞ。」


さすがSランクと言うべきか、もしかしたらランクは関係ないかもしれないが・・・2人は私を待機させ、凄まじい手際で野営地を組み立て、魔物避けの結界を展開し、瞬時に夕飯の準備を終えた。

夕飯の材料が何かは知るべきでは無いと思ったので聞かなかったが、普通に美味しかったので良かったと思う。


(ご主人様にとっては食事イコール娯楽である以上、よく考えればご主人様が食べるモノに美味しくないものは恐らく無い・・・はず。)


事実、グレイアご主人様のもとへ来て、不味いものを食べさせられたことは1度もなかった。

カビの生えたパンはもちろん、こっそり食事に媚薬や睡眠薬を混ぜられたり、精子や血を混ぜられたりなんて気持ち悪いこともなかった。

奴隷だった頃、と語り合った「優しいご主人様のもとで」という幻想に、これは含まれていただろうか?


「新型の携行食品のサンプルを貰ったらしい。量より味を優先した商品らしいが・・・まぁ、随分な贅沢品には変わりないな。」


楽しみだな・・・と、ご主人様は微笑む。

普通であれば、私が毒味をするなりなんなりすべきなのだろうが、生憎と今のご主人様は毒では死なない。

それに、美味しいものはみんなで同時に食べたい・・・とか思っているのだろう。現に、リシルさんには抜け駆けをしないようにと言っていたようだし。


「センパーイ、先に食べちゃう所だったよ?」

「とか言いつつ、そんなこと絶対にしないクセに。」

「怖いからね。」

「・・・俺の事なんだと思ってんの?」


焚き火を囲んでのお茶会もどき。もし、1か月前の私に「あなたにはこんな未来が待っている」と言えば、絶対に信じることはないだろう。

それほど、私にとっては・・・いや、私たち奴隷にとってのこれは、類を見ないほど特異な待遇なのだ。


「よし。エル、この中で何か食べたいものはあるか?」

「ちょっとセンパイ、これは私のだからね。」

「大丈夫、わかってるって。」


───では、これを。

私は先日の朝方に食べ歩いた時のお菓子によく似た、丸くて小さいパンのようなものを指さしてそう言った。

すると、リシルさんと楽しそうに笑っていたご主人様は凄く嬉しそうな顔を浮かべ、ニッと笑いながら丸くて小さいパンのようなものを取り皿にとって渡してくれた。


「つまり、アレはお気に召したってことかな。」

「はい。」

「よかった。俺の勘は当たったらしい。」


本当に嬉しそうな様子のご主人様に、思わず私も表情が緩んでしまう。

そして、リシルさんはご主人様と私の会話を聞いて、あることに気づいたようだ。


「あ・・・もしかしてセンパイ、また女の子を餌付けした?」

「人聞きの悪いことを・・・べつに俺だって、誰彼構わず飯を奢るわけじゃないからな。」


また・・・ということは、どうやらご主人様は自分の関係者だったり、恐らくPMCの部下の人たちにもご飯だとかお菓子を奢ったりしているのだろう。

確かに、傍から見たら餌付けと取られてもおかしくは無い気がする。


「まぁ・・・それはいいとして───」


そろそろ食べるか・・・というご主人様の言葉とともに、そうしてお菓子を食べ始めようとした私たちの団欒を崩すように、ご主人様の首にあるアクセサリーが通知をかき鳴らした。


「・・・悪いが先に食べていてくれ。どうやら、急ぎの連絡らしくてな。」

「あ・・・はい。」

「んじゃ、私たちは先に食べてるね。」


仕事とはいえ、自身のこだわりを捨ててまで連絡に応じるご主人様と、席を立ったご主人様の言葉のままにお菓子を食べ始めるリシルさん。

やっていることは何も間違っていないはずなのだが、なんとなく・・・この2人の間には本当に何も据がないのだという雰囲気を感じた。


(・・・)


それと同時に、私とかいう使用済みの元奴隷に構ってくれてはいるご主人様が、実は忙しい部類の人間であるということを実感する。

もしかしたら、今みたいなのは特異な例なのかもしれないが。


「どうしたの?食べようよ〜。」

「はい。いただきます。」


そうやって考え込んでいたところに水を刺してくれたリシルさんとともに、私は用意されたお菓子を食べ始めた。


・・・


結論から言えば美味しかった。

でも、何かが足りない気がした。

味じゃない、何かが。



~~~



「こちらVoid指揮官。何があった?」


エル達のいた場所から十数メートル離れた林の中、俺は首元のデバイスを抑えて信号を制御し、部下からの通信に応えていた。


『Angle1-1、ノリスです。cobraより急ぎの伝言があります。』

「わかった、話せ。」


それならNを介して伝達すればいいものを・・・と、内心思いつつも、ノリスからの言葉に耳を傾ける。


『曰く、「ダーツは大当たり」・・・だそうです。自分には何のことだか分かりませんが。』

「相変わらず早いな・・・」

『3ヶ月ぶりの大仕事だからと、彼ら随分と張り切っていましたよ。』

「そりゃよかったが・・・こっちは予定を組み直しだ。」


俺は面倒くささに頭をかきつつ、手元にUIを開いてスケジュールを確認する。

そしてノリスはさっきの俺の言葉を聞いて、cobra部隊に怒りが湧いてしまったようだ。


『ボスに迷惑をかけるとは・・・後で説教を───』

「せっかくやる気が出てるんだ。説教はやめてやれ。今はそれより、向こうに伝言を頼みたい。俺は今、ダンジョンの中に居るから書面通信が送れないんだ。」

『わかりました。内容をどうぞ。』


俺の言葉によって瞬時に冷静さを取り戻したノリスの通信からは、何か紙をとったような音が聞こえた。

相変わらず、俺の言葉は一言一句違わないようにきちんとメモをしているようだ。


「明明後日にゴールデン・スプリングスを出立し、最短距離でランデブーポイントまで向かう・・・と。そう伝えてくれ。」

『ランデブーポイントに関しては・・・』

「既に伝えてある。時刻は明明後日にまた連絡すると伝えてくれ。」


ノリスは短時間でメモ書きを終えると、内容を反芻して読み上げる。


『把握・・・了解しました。内容を読み上げます。』

「おう。」

『ボスは明明後日にゴールデン・スプリングスを出立し、最短距離の移動手段を用いて事前に設定されたランデブーポイントに向かう。そして、時刻は明明後日に事後連絡・・・と。』

「完璧だ。それと、移動手段に関しては民間の馬車を使おうかと思ってる。」

『では、それも記しておきます。』


カリカリという音が少しだけ聞こえた後、それが止まったのを確認してから俺は口を開く。


「ノリス、件の作戦については後ほど詳細を連絡するが・・・今は拷問部屋の用意と、治療棟のベッドをできるだけ確保しておくことを忘れるな。」

『把握しました。つまりは・・・』

「おそらく、また人員が増えるだろう。数はわからないが、どう使うかはお前とシャルに任せる予定だ。」

『なるほど、わかりました。』


うちの優秀なトップ2人に任せておけば安牌だろうと考えつつ、俺はそう命令した。


「じゃ、伝えることはこれで以上だ。」

『了解しました。1-1、アウト。』


通信が終わり、俺は首のデバイスから手を離す。

デバイスにくっついている制御用の結晶は徐々に光を失い、機能を停止する。


「・・・よし。アイツらのとこに帰るか。」


俺はそう呟きつつ、何も無い林の中を後にした。

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