24話
『第7波、来ます。』
「残りは?」
『約5割ほどで、過去の記録から概算すれば・・・以降は特殊個体の反応が増えるはずです。』
「把握した。」
前回に引き続き、魔物の巣窟を正面突破し続けていたグレイアとリシルの二人。そしてグレイアに体を貸しているエルは、彼が行う全ての戦闘行動を記憶しようと脳みそをフル稼働させていた。
「センパイ!奥の方から魔法で援護してる奴が居る!」
「把握してる。いいタイミングだから前後を入れ替えるぞ。」
「了解!」
「10秒後に波をぶち込む。準備しろ。」
少し前までの彼はエルの体と武器を使い、援護要員としてリシルのサポートをしていた。
並行して進めていたのは彼女の固有武器の使い道の模索。言うなれば、後方から戦う場合にエルの固有武器をどう使用すれば効果的に立ち回れるか・・・というのを色々と試していたのである。
「飛ぶ斬撃・・・名前はなんだったか。」
しかし結局、固有武器の性質が故に後方からの攻撃は絶望的で、辛うじて武器を投げ飛ばすことで長距離の攻撃ができるものの・・・結局は突っ込んでぶった切ったほうが早いという結論に至った。
彼自身も遠くからチマチマやるよりは、近づいて速攻で仕留めた方が確実で安全という思想の持ち主であるため、現在はグレイアの動きを彼女に覚えさせている最中なのだ。
「紅狐流抜刀術・・・」
そして彼は先程と同じように、魔力を使用しない特殊な術式を付与した固有武器を構える。
「船の波切り」
その言葉とともに、彼が桃色に光る刃を水平に振り抜いた瞬間、まるで船が進んだ後の波のような鋭形の斬撃が出現し、彼の前方に居た全ての魔物を上下に分断した。
「相変わらず、ほんとにえげつないね・・・」
彼の攻撃に巻き込まれないよう、空中に結界を張って待機していたリシルがそう言葉を零す。
しかし彼女の言う通り、グレイアの前方は地獄の様相と言って差し支えないほどの光景だった。
[ガ・・・]
[アギ・・・]
血が出ずに肉体が霧散して消失するという点だけを見れば、幾分かグロテスクでないだけマシかもしれない。だが、それ以上に露出した内蔵というのは人間の嫌悪感を刺激するというもの。
(うえっ・・・)
心の中で叫ぶとはよく言うが、彼女はまさしく「心の中で嘔吐した」と言えるだろう。
いくら暴力が闊歩している異世界とはいえ、まだ年端もいかない少女にとってはいささか刺激が強かったようだ。
『第8波・・・少し削れているようです。』
「随分と届いたな。もっと射程は短いと思ってたが。」
『ここからは更に特殊個体が増えます。十分に警戒を。』
次から次へとやってくる魔物。今度はNの報告どおり、今までの雑魚とは特徴が違う魔物がちらほらと混じっているのが肉眼でも確認できた。
「センパイ、援護の仕方はどんなのをお望み?」
「臨機応変に。変に言わなくても、お前は好き勝手にやるだろ。」
「うん。この程度なら任せて。」
少しのやり取りを交わした後、リシルは銃を魔法で手繰り寄せ、空中の結界を足場として彼を援護する構えをとった。
対してグレイアはというと、エルの固有武器の弱点である「リーチが短い」ことをカバーするために、刃を延長するように結界を張って扱いやすい長さに調整する。
「さて・・・第何ラウンドだ?」
『途切れた時間を休憩だとするなら、次は4です。』
「なるほど、じゃあ第4ラウンド・・・開始だな。」
12歳の少女には似合わぬ笑みを浮かべ、彼は地面を蹴った。
・・・
「残りは?」
『1割を切りました。』
そのまま10分ほど、リシルの援護を受けながら前線で魔物を斬り続けていたグレイア。ようやく魔物の大軍にも終わりが見え、洞窟も終点が近づいてきていた。
しかし次の瞬間、とんでもない魔力の塊が彼らの前方に出現する。
『マスター、強大な魔力の波動の出現を検知しました。』
「前だよセンパイ!」
まるで竜巻が起きたかのような強風が洞窟内に吹き荒れ、その風によって小さな魔物は飛ばされて壁や床に叩きつけられる。
その強風の中心にいる魔物は目測15メートルもある天井に迫る大きさをしており、その大きさは甘く見積って12メートル。
容姿は非常に醜く、顔は怒りと呼ぶべき構造に歪んでおり、肉体は筋骨隆々、肌は薄汚い緑色である。
「やっと来たか・・・」
その魔物を見たグレイアは溜息をつきながら、身体強化を付与し直す。
その瞬間の彼の表情は非常にキマっており、今から戦う相手にとても期待しているようだった。
「「
そして二度、三度その場で跳ねて付与の具合を確認すると、グッと地面を踏み込んで移動する構えをとる。
「リシル、雑魚は頼んだ。」
彼女の返事は聞かず、彼は指示をしっぱなしのまま地面を蹴って飛び出した。
だが、距離の関係でそのままでは勢いが足りない。そのためグレイアは空中で結界を一瞬だけ展開し、それを蹴って空中を駆け回る。
「エル、ここからは今まで以上によく覚えておけ。こいつはお前が戦う相手の下位互換・・・ラビア・ギガントだ。」
目標の魔物であるラビア・ギガントの頭上でグレイアはそう告げ、戦闘を開始した。
「ははっ!」
彼はエルの固有武器を空中に放り投げると、笑いながら空中に結界を展開してそれを蹴り、地面へと急降下する。
「「フレイム・ブラスト」」
そして、凄まじい速度で垂直落下していく数瞬のうちに魔法を組み上げ、ラビア・ギガントへと放った。
[!?]
一瞬のうちに顔面に一発をくらい、同時に自身の魔力感知圏内にひとりの人間が侵入したことを検知したラビア・ギガントは、その筋骨隆々の腕の先に巨大だが短い棍棒を生成し、今まさに自身に攻撃したであろう虫を叩き潰そうと腕を振り下ろす。
一方、地面へ垂直落下していたグレイアはくるりと体勢を立て直すと、地面に直角になるよう結界を展開し、それを蹴ることで移動のベクトルを変える。
[グォ・・・]
自身のテリトリーへの侵入者をぶっ潰したという、非常に早とちりすぎる達成感に浸っていたラビア・ギガントは、地面にめり込んでいた棍棒をゆっくりと持ち上げて、今しがた潰した虫の死骸を確認しようとした。
[?]
しかし、そこにグレイア・・・もといエルの肉体は居ない。
既に彼はラビア・ギガントの後方におり、さきほど放り投げた固有武器を回収していた。
「「
次に彼は固有武器を延長するように刃の形の結界を展開し、ラビア・ギガントの背中の正中線をなぞるように切り裂きながら全力で飛び上がった。
普通であれば、激痛により魔物はのたうち回るはずだ。しかしここで、彼女の固有武器の能力が光る。
[グォッ・・・ンン!?]
なんと、ラビア・ギガントは何事もなかったかのように、自身が潰したはずの虫がいる場所をマヌケに頭をかきながら見つめているのだ。
(思った通りだ。延長した刃に無痛の炎を纏わせれば、魔物に気づかれることなく攻撃することができる・・・!)
この世界の魔物というのは、魔力探知器官で対象を探知するため、基本的に五感が鈍い。
唯一人並みに感じるのが痛覚と聴覚であるが、逆に言えば痛みと魔力の放出を消しつつ無言で攻撃すれば魔物に気づかれることは無い。
[ン・・・!]
そして、色々と思考をしているうちにラビア・ギガントは彼がまだ生きていることを理解し、阿呆な頭をフル回転させて魔力探知に集中する。
「やっぱり雑魚は雑魚か。ネームドには遠く及ばない。」
マヌケすぎて一定以上の実力であれば倒すのに10秒とかからないであろう魔物を、空中に展開した結界の上から眺めながら、グレイアは目の前の魔物の頭を消し飛ばすための魔法を準備した。
[グァ・・・!]
ようやく自身の後頭部のちょっと後ろにいたグレイアに気づき、ゆっくりと回れ右をして彼のを見る。
[ア・・・アァ・・・?]
そしてラビア・ギガントはやっと気づいた。自身の背中に巨大な傷があることと、それによる魔力の放出量がもう手遅れであることを。
「気付いていないとこうなるのか・・・初めて知ったな。」
ズシンと自重を支えられなくなって尻もちをつくラビア・ギガントを眺めながら、グレイアは独り言を呟いた。
微妙に興味はそそられるが・・・それはそれとして、彼は準備していた魔法を解き放つ。
「「パニシング・ブラスト」」
通常時の何十倍にも圧縮されていた魔力は水圧カッターにも似た破壊力を生み出し、ラビア・ギガントの頭部を紫色の血の霧に変えた。
「・・・よし。」
(思ったよりラビア・ギガントは弱かったが・・・これはエルの体が思ったより強かったと喜ぶべきかな。)
そんなことを考えつつ、魔物を殲滅させ終わって待機しているリシルと合流するため、グレイアはその場を後にした。
─────
おまけ
・魔物の構造について。
魔物は魔力から生成されるため、体はすべて魔力で構成されている。
そのため、命を絶てば霧散して消失するが・・・毛皮や骨は残る場合が多い。
そして、体が魔力で構成されていために強さも魔力の量に依存している。
例えばパワー、スピード、防御力、etc...
これらの性能や配分は魔物によって異なり、今回のラビア・ギガントはゴブリン系列の魔物であるが故に知能が低く、運動能力が高い。
防御力も魔力量に依存するため、今回グレイアがやったように魔物に傷をつけて放置すれば、対象の防御力を低下させることが出来る。これは物理、魔法どちらも変わらない。
ちなみに、ラビア・ギガントは骨が硬いので素材として売ることができるが・・・彼は金が有り余っているので持ち帰ろうとすらしなかった。リシルもいい所のお嬢様なので、同じく持ち帰ろうとはしないだろう。
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