23話

低級ダンジョン「偽りの平原」内部、中央より南西に位置する洞窟の入口に3人は居た。


「よっこら。足場に気をつけろよ・・・下はモンスターハウスだ。落ちたら面倒なことになる。」

「モンスターハウス・・・落ちないように気をつけます。」


洞窟に入った直後、彼らを出迎えたのは宙に浮いた飛び石だった。そして、その下には魔物がひしめく空間・・・通称、モンスターハウスがある。

飛び石は何故か空中で完全に固定されており、グレイアが飛んでも跳ねても動くことはない。


「よし・・・全員来たな。進むぞ。」


全員が渡り終えたことを確認すると、グレイアは広い螺旋状の下り坂を先導して進んでいく。

洞窟内部の壁には松明が等間隔で配置されており、彼らの足元はほのかに明るい。


「ご主人様、この先は何があるのですか?」


リシルと共にグレイアの後ろを歩いていたエルは、彼の隣に近づいて質問を投げかける。


「さっきと同じように対岸へ渡るための足場がある。しかしまぁ・・・」

「しかし?」


言葉を詰まらせたグレイアが気になったエルが彼の顔を見ながら進んでいると、彼は立ち止まり、エルに目の前を見るよう促した。


「理解できたか?」

「・・・はい。」


彼女の目に写ったのは、目の前の空間いっぱいに広がる人型魔物の集落。

まさに魑魅魍魎が跋扈している・・・と言える状況で、子供サイズの魔物や大男のような大きいサイズの魔物まで色々な魔物が居る状態だ。


「この上がさっきの入口・・・そんで、この先は別の洞窟に繋がってる。」

「長さはどのくらいなんですか?」

「軽く見積もって1キロメートル程度。その間、ずっとこれが続くってことだ。」


初心者向けという位置づけのこのダンジョンにおいて、まさに「裏」の要素であるこの場所。果たしてグレイアはここをどうやって使おうというのか。


「魔道具の起動は完了。センパイ、私は準備できたよ。」

「上出来だ。戦い方に関しての命令は特にないから、お前の好き勝手にやってていいぞ。」

「わかった。ならセンパイも真面目に───」


そしてグレイアはリシルへの言葉の裏返しとして、彼自身も好き勝手にやるために・・・魔法を準備してあった右手を、エルの背中に押し当てた。


「いいか、今から俺のする動きを可能な限りんだ。俺が戦っている間は決して・・・考えることを止めるんじゃないぞ。」

「えっ?」


唐突な命令に困惑したエルを後目に、グレイアは彼女の背中を押しながら、先程用意した魔法を発動した。


「「エンティティ・ポゼッション」」


「───まさかっ、ちょっとセンパイ!」


彼が何をしようとしているのかをようやく察し、呼び止めようと手を伸ばしたリシルには目もくれず、グレイアはエルの体を乗っ取ってモンスターハウスに飛び込んだ。


「千変万化・・・今回は刀だな。」


彼は空中でそう唱え、自らの固有武器を形にして構える。

今までの結晶をツギハギして作ったような短剣とは異なり、柄は似たようなデザインではあるが刃がダマスカス模様となっている鍔なしの刀が出現した。


「ははっ!」


着地寸前、彼は少女に似合わぬ不敵な笑顔を見せた直後、凄まじい密度の斬撃によって辺りの敵を蹴散らした。


「よく感じろよ。これが「戦う」ってことだ。」


ニタリと笑う彼のその顔は、どう考えても「教える」より「楽しむ」という思考が優先されているように見えた。


「「身体強化・機動特化アジリティ」」


彼は魔法によって機動力を確保すると共に、しゃがんだ体制から脚に魔力を巡らせつつ一気に踏み込みを入れることで、前方へ大きく加速する。


[ギャッ?]

[ガァ───]


前方へ大きく10メートルほど進み、手向けの一突きと同時に彼は自ら魔物の大群の中心へと躍り出た。

まさにヘイトを稼ぐタンクの鏡。そして彼に注目した魔物たちに向け、リシルによる銃撃が降りかかる。


「巻き込まれないでよ・・・」


前線に居る彼の背後を絶対に攻撃させないために、彼女は限りなく正確な射撃によって彼の背後を取ろうとする魔物の急所を次々とぶち抜いていく。


(戦いの音に釣られてか、魔物の数が多くなってきたな。)


的確に致命傷を与え続け、確実に魔物の数を減らし続けているグレイア。

しかしここは超長距離に渡る魔物の巣窟の中。当然、仕留めても仕留めても魔物は湧いてくる。


「リシル!」


ついに完全包囲され、倒す数が追いつかなくなったその時、彼は応援を呼ぶと同時に固有武器を居合の型で構える。


「ああもう・・・こうなるから言ったのにっ!」

「それが楽しいんだろ!」


彼の呼びかけによって背中合わせになるよう瞬間移動してきたリシルは、固有武器である槍を取り出し、技の構えをとる。


紅狐こうこ流抜刀術───」

「二重魔力付与・・・」


グレイアの刃は桃色に輝き、リシルの槍では伝う魔力が輝いて幾何学模様を構成している。


桜水面さくらみなも

「「爆炎強靭化」」


そして2人は包囲・攻撃してきた魔物の軍勢に向けて技を放ち、それぞれの方向を切り開く。

片方の魔物は瞬く間もないほど素早い一閃で身体を上下に分離させられ、片方の魔物は槍先に付与された範囲型爆発魔法によってバラバラに蹴散らされた。


「よし。最高だ。」


綺麗な桃色のオーラと殺伐とした爆炎が漂う境目で、グレイアは満足そうにそう言った。

対してリシルはと言うと、疲れた様子はないながらも彼女はグレイアを肘で小突き、文句を垂れる。


「こんなの2人で相手する量じゃない・・・センパイってほんとに無茶が好きだよね。」

「いい加減その不安症を治せ。敵の数がどれだけあろうと、俺なら基本的になんとかなる。」


どうやら一帯の魔物は粗方倒したようで、今度は洞窟のさらに奥から魔物の大軍が走る音が聞こえてきた。


「それとも・・・泣き叫びたいほど怖くなったか?」


この状況への文句を言ったリシルに対し、グレイアはわざと嘲るような笑みを浮かべて彼女を煽った。


「・・・いや、全く!」


どうやら彼は人の心を煽るのが得意なようだ。

彼の煽りを受け、リシルはムッとした表情を顔に浮かべ、同時に槍を構えて敵の大軍を殲滅するための強化魔法を刃に付与した。


「よし・・・このまま前に出たら、敵の攻撃のことは一切気にするな。全て俺に任せろ。」

「わかった。それと、毎度言うけど私は決して不安症なんかじゃないからね!」

「わかってる。火がつくのが遅いだけだろ。」


彼らに向かい来る魔物の大軍はまさに魔物らしい鳴き声と叫び声を上げ、さらに武器を振り回して2人を殺そうと近づいてくる。


「「身体強化・全能特化アドレナリン」」


リシルはそう唱えると、体内に魔力を巡らせて全身を強化する。

腕を、脚を、四肢を魔力が伝い、心臓から頭部の諸機能を活性化させていく。


「先に行ってるよ、センパイ。」

「了解だ。好きに暴れてこい。」


2人は拳をガシッと交わし、リシルは槍を構え直してから地面を全力で蹴り飛ばした。


「エル、固有武器を左手に出してくれるか。」


瞬く間に魔物の大軍の頭上に出現して掃討を始めたリシルを一瞥した後、グレイアはエルに固有武器の具現化を求めた。


「・・・よし。上出来だ。」


彼女の固有武器が問題なく具現化されたことを確認したグレイアはそう呟き、右手に持っていた自身の固有武器を宙に投げた。

すると彼の固有武器は光となって消え、残りは彼女・・・エルの固有武器のみとなる。


「身体強化は依然として効果時間内。その状態でバックアップ専門だとするなら・・・」


実の所、彼がエルの体を借りて戦うのは彼女に「戦闘を覚えさせる」という目的だけではない。

その他にもいくつか目的はあるが、全体を通して彼が試したいのは「固有武器の得意な戦闘シチュエーション」について。

そして、今から試すのは「固有武器を使用した他者へのバックアップ性能」についてだ。


「「伸縮魔力糸ソーサリー・バンジー」」


彼がそう唱えると、彼の左手から魔力で構成された伸縮性のある透明な糸が生成され、固有武器の柄に巻き付く。

適度な硬さ、適度な柔らかさ。その2つを兼ね備えた糸により、彼は固有武器のリーチを伸ばそうと画策しているのだ。


「まぁ・・・最初は大雑把に、方向性だけでも見いだせたら上々かなぁ。」


固有武器を右手に移し、逆手持ちをして構えをとったグレイアはそう呟きつつ、ちょうどリシルの頭上に追いつく程度の力で地面を蹴った。

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