22話

ゴールデン・スプリングスから南に少し離れた山の麓。ここはとあるダンジョンの入口で、消耗品の店が色々と建っている。


「・・・この辺に居そうなもんだが。」


そう言いながらダンジョンの入口で待機しているグレイアは、いつもの服装に加えて太もものベルトにホルスターを装着し、大型のカスタムされたピストルを入れている。


「待ち合わせじゃないんですか?」

「正直な話をすれば行き当たりばったり。この時間帯なら待ち合わせしなくても会えると踏んだんだ・・・と。居るな。」


彼が目線を向けた先には、人混みをかき分けつつ笑顔で手を振りながらこちらへ近づいてくる1人の少女の姿があった。


「せんぱ〜い!」


まさに元気いっぱいの少女は、背中には大きめのリュックを背負い、肩にはライフルを引っ提げてグレイアの所へ駆けてきた。


「噂をすれば。」

「久しぶり〜!」


2人はそう言いながら軽くハグをした後、淡い色の金髪をしている少女から話を切り出した。


「ねぇ、センパイの後ろにいる可愛い子は誰なの?まさかセンパイ・・・ナンパしちゃった?」

「違ぇよアホ。うちのメイドだ。」

「え〜!?」


非常にわかりやすい表情の変化を見せた彼女は姿勢を正してエルの目の前に立つと、今は着ていないはずのドレスがくっきりと見えるほど丁寧な動作で挨拶をして見せる。


「こんにちは。グレイア・ベイセル様の使用人さん。私の名前はリシル・ウェルズリー・・・よろしくね!」

「あ・・・はい!エルヴァです。よろしく・・・お願いします。」


突然の礼儀MAXに困惑したエルだが、横で見ていたグレイアもリシルの挨拶には驚いたようだった。


「珍しいな。お前がこんな丁寧な挨拶を・・・しかもプライベートで。普段はしないのに、よくそんな綺麗にできるな。」

「えへへ。最近さ、学園でエルフ族を相手にする時は礼儀が最も重要だ・・・って教えられたからね。身近に居るなら練習しないと。」


どうやら彼女は貴族なようだ。しかも学校に通っていて、かなりのお嬢様なのが伺える。


「なら口調も正さないとな。」

「センパイが教えてくれるの?」

「いや、戦場の外の礼儀ならアリスだ。あいつ、どうせやることなくて暇だし。」

「軽々とうちの国の最強に対して暇って言えるのはセンパイだけだよ〜」


彼が口にした「アリス」と言うのはこの国における最強の女騎士・・・だが強すぎるうえに他人に教えるのがヘタクソなので仕事がなく、いつも帝都の自宅で鍛錬をしている。

そのため彼は「どうせ暇」と言ったのだろう。


「さて・・・リシルも合流したし、そろそろ行こう。ここに居る理由も無くなったしな。」

「わかりました。」

「うん。行こう!」


グレイアは時計を確認しつつ、2人を連れて歩き出した。



~~~



そうしてダンジョンに入った3人は、このダンジョンのメイン空間に行くための洞窟を進んでいた。


「じゃあメイドちゃんは奴隷出身・・・ってこと?」

「はい。ご主人様が奴隷紋を消してくださったので、私はもう奴隷ではなくなりました。」

「へぇ〜。奴隷紋って消せるんだ。学園じゃ消せないって習ったよ。」


エルとリシルが後ろを歩き、グレイアが前を歩く。ここは低級ダンジョンが故にメイン空間への通路には敵が少なく、警戒する必要もないので3人(主にエルとリシル)は雑談をしている。


「ああ、普通じゃ無理だ。できるのは俺とティア含めた一部の変態だけ。」

「なぁんだ。残念。」


そう口を挟んだグレイアは、暇つぶしとして道中にぽこぽこと湧くスライムの核に向けて器用に小さく構築したナイフを投げている。


「そういえば・・・センパイの口調で気になってる部分があってさ。」

「ん?なんか変な口調してるか?」

「センパイのその、凄く秀でた人を評価するときの「変態」ってどういう意味なの?普通それって悪口な気がするんだけど・・・」

「ああ。それか。」


リシルの質問に、グレイアはナイフを投げる手を止めて振り向き、後ろ歩きをしながら少し言葉を選んで説明をし始めた。


「一言で表すなら一種のスラングだ。ある特定の事柄を異常なまでに極め、常人では理解すら難しいレベルに至った人間に対して送る言葉。ある意味で言えば最大限の賛辞に成り得る。」

「なるほど。つまり・・・?」

「要は「理解できないレベルで凄い人」を表すってこと。」


彼はよく、いい意味での「変態」を多用するが、それはどうやら人間だった時からの癖のようだ。

いい意味での変態とはなかなかのパワーワードではあるが。


「・・・さて、そろそろ洞窟も終わりだな。」


HUDにNのサポートで空間マップを映し出し、それを確認しながらグレイアは進む。通路の向こうに光も見えているため、もうすぐ洞窟の外に出られるようだ。


「リシル、今回はなんの魔力弾を?」

「いつも通りのホローポイント。今回はべつに特定の魔物を狩りたいってワケじゃなかったから。」

「そうか。」


(・・・?)


エルは2人の言っていることがよく分からないが、とりあえず彼女が背負っている武器の話だろうとは予測できた。


「それを気にするってことは、センパイは今回、何か狩りたい魔物でも居るの?」

「ネームドをな。」

「なんでアレを・・・ああ、まさか訓練?」

「お前もやっただろ?」

「うん。それじゃあ、今回もひとりで?」

「前と同じだ。」


そして今度は狩りたい魔物・・・と、ここまで聞いたところで、エルは彼が今から何をしようとしているのか気がついた。


「センパイも悪い人だね。まだ戦ったこともないんでしょ?」


リシルは彼に顔を近づけ、意地悪な表情でニタニタと笑う。

対してグレイアは、至って真面目な顔で説明を続けた。


「だからこそだ。純粋な状態で俺と同じ戦い方を仕込んでおきたい。」

「私の時はあれだけ心配性だったのに。」

「それはお前が危なっかしい戦い方ばっかりするからだろ。魔法の暴発に馬鹿の一つ覚えみたいな突撃。流石の俺でも頭を抱えたぞ。」


(私に戦闘訓練をさせようと・・・?自衛は自分で・・・ってことかな。)


エルの予想は半分正解で半分間違っている。

彼がエルに戦い方を教えようとしているのは事実だが、自衛は自分でしろと言う訳ではなく、あくまでも万が一、億が一の事が起こった時のための保険である。


「眩しっ・・・何度来ても慣れないなこれは。」

「だからコンタクトすればいいじゃんって言ったのに。最近のは便利だよ?任意で目の前にある魔道具の術式とかを解析して表示してくれる。」

「解析魔法があるからHUDで十分だ。」


彼はホンモノの金持ちの遊びには付き合っていられないと言わんばかりにリシルのプレゼンを跳ね除け、眩しさで目を擦っているエルの方を向く。


「ほら。ここが件のダンジョン・・・ここから見渡せる全ての空間に行くことができる。」

「・・・!」


ダンジョンとは異空間。つまり地上とは隔絶されて時空が歪んだ場所であり、中の空間の広さやこの場所で起こる事象は地上に影響しない。


「すごい景色です!これが本当に地下なんですか?」

「ああ。太陽らしき光源もあるし時間の流れや昼夜もある。」

「すっごい初心な反応で可愛いね。ねぇセンパイ、この子ってセンパイの所に来てどのくらいなの?」

「約1週間。」

「それじゃ、ホントに新鮮な体験ってコトだよね。ちょっと可愛すぎ・・・?」


テンションの上がったリシルにわしゃわしゃと撫で回され、抵抗できずにされるがままのエル。

しばらく撫でられた後、やっと解放された彼女はここでの目的を確認するためにグレイアに質問をした。


「ご主人様、ここでは何をするんですか?」


その問に、グレイアは何かを企んでいるような笑顔で答える。


「基礎的な戦闘訓練をする。例え万が一の事が起こってもお前が生き残れるように、そして最終目標はネームドボス「失望の巨人」を倒すことだ。」


つまり彼が言いたいのは・・・ここに滞在する短い期間で、彼女を最低限まで鍛え上げるということ。

自信に満ちる口ぶりから察するに、確実にできると確信しているからこその予定なのだろうが・・・


(ネームドボスって・・・?)


等の本人に全く知識がない。

こんな状態から、果たして1ダンジョンのボスを倒すまでに到れるのだろうか?

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