21話

水の月、21日。


今日は大変なことばかりだった。

ご主人様は私を連れて、せっかくゴールデン・スプリングスまでやって来たのに、魔物の大量発生が起きてしまった。

ご主人様はその対応に追われて、気づけばお昼ご飯を食べてから3時間くらいが経過していた。

予定が丸つぶれになってしまったとご主人様は私に頭を下げたが、なぜ頭まで下げる必要があったのかは分からない。

その後、私とご主人様は時間を潰すために買い物へ出かけた。

その時に「これから経験することをちゃんと物として記録しておきたい」とご主人様に伝えたら、喜んでこの日記を買ってくれた。

少なくとも、この日記が埋まるまでは書くのを辞めることはないと思う。

ただ、勢い余ってすごく高いペンを買っていたご主人様には少し引いた。この人の金銭感覚ってどうなっているんだろう?

ちなみに、明日は私を連れて近くのダンジョンに連れていってくれるらしい。綺麗な景色が見れるらしいので、とても楽しみだ。



~~~



「・・・ふぅ。」


エルはグレイアに買ってもらった、貴金属と節が殆どない木が使われた死ぬほど書き味の良い万年筆に蓋をして机に置き、そこそこ豪華な装飾がされた寝室の天井を見上げる。


「おっ。書き終わった?」


そこへマグカップを2つ持ったグレイアが現れ、片方を机の上に置く。


「はい。ところでご主人様、これは?」

「ホットミルク。睡眠の質が良くなるらしい・・・んだけど、実感したことはないな。」

「はぁ・・・」


エルはマグカップの容量の半分程度に注がれたホットミルクをまじまじと見つめ、興味津々な表情をしている。


「そうか。ミルクも飲むの初めてか?」

「あっ・・・はい。ホットミルク・・・と言うのも初めて聞きました。」

「まぁ、だろうな。貴族が睡眠の質を上げたい時に、こんな民間知識を頼るとは思えない。第1に気にするのは寝具・・・次点で服だな。」


グレイアはそう言いながら、猫舌らしく少しづつマグカップに口をつけている。

確かに、彼の言っていることは事実だが、どうも言葉の端々に経験から来る嫌味のようなものを感じる。

少しだけ彼の心の内が気になったエルは、自己証明を使って覗いてみることにした。


(だから嫌なんだよな・・・何でもかんでも金があれば解決すると思ってる節がある・・・)


過去に何か嫌な思い出でもあったのか、それとも仕事を引き受ける上でいざこざがあったのかは知らないが、どうにも良くは思っていないようだ。

しかしまぁ、そんな考え事をしながら熱い飲み物を飲んでいたら、猫舌では事故ってしまうのは必然・・・


「・・・〜〜〜ッ!」

「?」


うっかり熱い液体を少し多く口に含んでしまったグレイアは、マグカップに口を付けたままの状態で静かに悶絶した。

エルは何が起こっているのかわからないので頭にハテナを浮かべつつ、そこそこ熱いホットミルクを真顔で少しづつ飲んでいる。


「ん゛〜ッ・・・」


しばらくカップを片手に口を抑えていた彼は、少し涙を浮かべながら舌を出した。


「べぇ・・・あぁ・・・いへぇ・・・」

「あっ。火傷しちゃったんですか?」

「ん・・・やっひゃった。」


あれだけ激しく戦っていても傷1つなかった彼が、まさか熱い飲み物で口の中を火傷するとは・・・中々に不思議な光景である。


「まぁ、すぐ治るから良いんだけどさ。」

「自己証明の対価・・・でしたっけ。」

「そうだ。詳細な内容を言うなら「確固たる自殺の意思を持っている状態で自分と交流のある第三者に殺されない限り、傷ついたり欠損したりした箇所が永遠に再生して死ぬ事ができない。」だな。」

「上辺だけ聞けば対価になり得ないですよね。」


彼の自己証明・・・本来は上位存在が故にお飾りに近い代物のはずだが、現在これは彼が彼たる所以のひとつでもある。


「だからこそ・・・いや、まだ語るのは早いな。」


しかし、彼は珍しくエルに対して言葉を渋り、そのまま手に持っていたコップを魔法で洗浄して虚空へ収納した。


「早い・・・ですか。」

「少しな。経緯まで話さないといけないから自ずと話は長くなるし、何よりも内容が重い。」


グレイアはエルからコップを受け取り、同じく魔法で洗浄して収納する。

そして伸びをしながらベッドにダイブし、割と大きめの枕を抱えてその場に座った。


「それよりも、今は明日のことを考えよう。」


ニコッと笑ってそう言ったグレイアは、枕を抱えたまま後ろへコテンと倒れた。


「・・・自由ですね。」

「褒め言葉か?」

「はい。では・・・私も自由にしていいですか?」


グレイアは言葉を発さず、首を縦に振った。


「ありがとうございます。では私はご主人様のベッドに入りますね。」

「んぇ?」


エルはベッドの横に腰掛け、グレイアの肩に頭を押し付けるように倒れ込んだ。


「ん・・・まぁ、いっか。おやすみ。」

「はい。おやすみなさい。ご主人様。」


そのままグレイアは慣れた手つきで部屋の電気を消し、半身に温もりを感じながら眠りについた。

無論、エルが夜中に悶々とした感情を抱えて我慢していたのは言うまでもない。

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