20話

ゴールデン・スプリングスから東へ向かった先にある、もう既に廃村となった跡地にて。複数人の男が仮面を被り、そしてローブに身を包んでテーブルを囲んでいる。

テーブルの上には人数分と1人分の飲み物が入った盃と、中心には少しの濁りもない綺麗な魔力の結晶が置いてある。

しばらくすると1人の男が遠方から瞬間移動で到着し、この場にいる者へ質問を投げかける。


「・・・計画は順調か?」

「問題ない。魔物の減りから推察すると、かなりの実力の冒険者が対応をしているようだが・・・」

「問題はないと?」

「勿論だ。」


そうやって楽観的な答えを述べる男たちが気に入らないのか、そのうちの1人・・・他とは違う無骨な仮面を被った男はテーブルの上に置いてある盃の中身を一気に飲み干し、圧を帯びた声色で周りに問う。


「本当に問題が無いのなら、なぜ結晶が濁らない?事前の段階ではアウトブレイクの時点で結晶は濁り始めると予測したはずだが。」


彼の言葉に、先程到着した男の質問に答えた中年らしき声質の男は焦りながら反論する。


「それは限りなく順調に事が運んだ際の予測だ。色々な要素も含めれば、現在の状態は特段おかしいと言うワケでも・・・」

「なら何故、その要素の中に「Sランク」を含めなかった?」

「ぐっ・・・」


中年らしき声質の男は無骨な仮面の男にそう指摘され、反論をしようと考えを巡らせる。


「だ・・・だがそのために!あの方は死体どもを貸してくださったのだ・・・であれば心配する要素など無い!」

「・・・断言するか。」

「それに!死体どもに応戦しているのがSランクだとは限らないだろう・・・!」


すっかりダメ人間ムーブで反論しきってしまった彼だが、どうやら周りは彼の考えに賛成しているようだ。


「そうだな。現実的に考えれば、せいぜいAランクのパーティー・・・と言ったところだろう。」

「であれば多少の善戦の後にくたばるだろうな。アレは物量じゃどうにもならない。」

「確かにお前の意見はもっともだが、もっと現実的な視点を持つのも手だと思う。」


「・・・ここで言い合っていても仕方ない。結局は結果を待つしかないと分かっているだろう?」


先程やってきた男はそう言って2人を宥めるが、無骨な仮面の男はまだ納得していないようだ。


(何が現実的な考えだ・・・魔物が全滅するまでの速度じゃなく、魔物が殲滅される速度を鑑みれば圧倒的な魔法の実力を持つ相手だと予測できるはずなのに・・・)


悪の組織にしては珍しく明瞭なその予測が当たるのは、まだ数分後の話だ。



~~~



「・・・」


場面は飛び、その「死体ども」を蹴散らしたグレイアは先程現れた片耳が欠けた獣耳の少女に応戦している。


「アアアアアアッ!!!」


最早人間の言葉を話さず、目はイカれて白目を剥き、口からはヨダレが飛び散っている有様。

そして彼女の体は異常に変化し、骨が異常成長によって体を鎧のように覆い、四肢は骨と筋肉が高密度化して生半可な攻撃では傷すらつかない。


「らあっ!」


突撃してきた彼女に対し、グレイアはカウンターの斬撃を胴体を切断するつもりで放った。

しかし切断にまでは至らず、肉体の損傷に留まってしまう。


「ああクソっ・・・硬ぇんだよお前は!」


勿論、目の前の異形は武器を握る知性すらも存在せずステゴロで殴りかかってくる。

しかも傷をつけても直ぐに再生するため、生半可な攻撃では殺すどころか怯ませることすら不可能だ。


「ギャアアアアッ!!!」

「っ・・・!」


先程つけた傷も直ぐに再生し、骨の装甲も元通りに修復される。

このままでは倒せないこともない・・・が、 限りなくジリ貧になるのは誰の目から見ても明白だった。


「ご主人様・・・?」


その様子を見守っていたエルは心配そうな眼差しで空中を翔けるグレイアを見守っていた。

彼女の傍らにはNがおり、有事の際には彼女を守る算段だ。


「黒銀殿は・・・具合でも悪いのでしょうか?」

「なんか・・・苦戦してないか?」


周りで観戦していた人々も、先程までの彼の勢いからのギャップで不安感を顕にし始めた。

当事者からすれば、先程まで県大会レベルだった相手がいきなり世界トップランカーになったようなもの・・・という程度の想像は民衆にもできた。確かに苦戦はするだろうが、皆が不安になっているのは彼の肩書きが故なのだろう。


「ご主人様は何か・・・隠している?」


その場に居た人々は、それぞれ十人十色の考えを巡らせた。


「あの黒銀が一匹の化け物に苦戦するとは思えない。」

「もしかしたら力を隠して戦っているのかも。」

「単に今は調子が悪いんじゃない?」

「常識的に考えれば遊んでるだけでしょ。」

「肩書きって飾りでしょ?弱いだけじゃない?」


実の所、その様々な考えのうちの正解はただ1つ。「力を隠している」だった。


(これ以上に戦闘が激化することを考えれば・・・もう遊んでばかりじゃいられないか。)


この街を守ることに再び重点を置いたグレイアは、分身魔法を使って分身体を出現させ、突撃してくる異形の攻撃を回避するために位置を入れ替える。


(本気を出すにしても、こいつを消し飛ばせるレベルの魔法を使えば、余波だけで街の建物の窓ガラスまで消し飛ぶだろう。)


どうやら、先程までの彼は本気ではなく・・・この化け物との戦いを楽しんでいたようだ。硬くて破壊できない肉体に悪態をついたのも、苦戦したように見えていたのも、すべては手加減の末の言わばロールプレイ。

しかし彼としても、本気を出せば少なからず周囲に影響が及ぶために軽々しく本気を出すことはできないらしい。


「・・・だとするなら、これしかないな。」


グレイアはそう呟くと、空中に浮遊したまま目を瞑り、全身の力を抜いた。

すると、彼の体から出ていた霧は瞬時に消失し、今度は黒い光が彼を覆う。


(周囲の環境への被害を考えれば、間違いなくこれがマストではある。しかし民間人への影響を考えれば・・・)


そう考える彼の肉体は着々と異質なものへと変質していく。

背中からは炭を被ったような色と質感をした翼が生え、頭の上には黒光りし、今にも崩壊しそうな天使の輪が生成されている。


(リスクとリターンでトントン・・・か。)


髪は伸び、身長もかなり大きい成人男性はどまで成長し、瞳は白目であるはずの部分まで黒く変色すした。

そして彼を覆う雰囲気までもが、彼から放たれる情報すべてが彼を「人間では無い」と叫んでいる。


「・・・」


ゆっくりと瞳を開いた彼の表情は何とも言えない表情で、気落ちしているとも、眠そうともとれる、非常にダウナーで虚ろな表情をしていた。

だが、目の前の異形を見つめる瞳だけは明らかな殺意に満ちたもので、白目まで黒く染まった瞳の中には確実に「虚無」と例うべき圧力が


「ギッ・・・キ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッ!」


全力で抵抗し続け、ついに拘束を振り払った異形はこの世のものとは思えない叫び声を上げ、もとが美女であるとは到底信じられない表情で涎を撒き散らしながらグレイアを殺しにかかる。


「・・・」


彼はそれを確認すると、冷静に左手を異形に向けて魔法では無い何かを発動させた。


「神雷を以て威厳を示さん」


淡々と放たれたその言葉は瞬時に空気を伝い、周囲の大気を変質させて巨大な雷を作り出す。

異形を包囲するように出現した銀色の雷は、グレイアの手の動きによって制御され、異形へと牙を剥く。


「ア・・・アァ・・・!」


一体どれだけの威力かは人知の範疇ではない。しかしどうやら、放った当人にとってはなんでもない、ただのエフェクト演出のようだ。


───ぺちん


気の抜けた音が響き渡る。

雷に苦しむ異形の様相を歯牙にもかけず、空中に波紋をたてながら近づいたグレイアは、異形の額であろう位置を軽く叩いたのだ。


「終わりだな。」


小さく一言。その声が空気を伝った刹那、異形はまるで電池が切れた玩具のように機能を停止し、地面へと落下していった。


「できれば、もう二度と狡猾の野郎を思い出したくないんだがな。」


事切れた異形を見つめる彼の顔は、どこか悲しみや哀れみに似た感情が含まれているような・・・しかし殺意はあったことがわかる、とても複雑な表情をしていた。

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