19話

「・・・やるか。」


彼はその一言を発した瞬間、右手の指を鳴らして魔法の術式を空に刻む。

先程使った魔法・・・「虚構循環機構」はどのカテゴリにも属さず、使い所も非常に限られる言わば「ロマンの塊」。その内容とは、自身の心臓に魔力を流し込み、自己証明の一部を閉ざすことで新しく擬似的な自己証明を構築するという馬鹿げたもの。


「辺りに民間人はなし・・・まぁ、大丈夫だろ。」


そして擬似的な自己証明とは「魔力を外気の魔素からの変換によって補填する」というもので、代価は前述の通り。それにより、彼は無限の魔力を手にする。


「「燦々雨・千本刃」」


グレイアは人差し指を下に向けながら詠唱し、魔法発動の合図をした。

すると次の瞬間、上空に構築された無数の刃がこちらへ向かう魔物の大群へと降り注いだ。


「・・・」


この魔法、見た目は単純だし見栄えもいいがその実、とんでもない威力を誇る。それは何故か、なぜなら降り注ぐ刃の1本1本にはそれぞれ、その辺の中堅魔術師の全力の結界にヒビが入るほど強力な強化魔法が付与されているのだ。


「隊長、なんですかあれ・・・」

「魔法・・・だろう。普通に生きていたら、あんな規模の魔法なんてそうそう見れるものではない。」

「ですよね・・・幸運なんだか知りませんが、なんとなく現実味がないです。」


上空より雨のように降り注ぐ無数の刃。それらは迫り来る魔物を切り裂き、貫き、その暴走した命を終焉へと導く。


「すげぇ・・・これが黒銀さんの魔法・・・」

「やばくね?明日俺ら死ぬんじゃね?」


そして役目を終え、地面へと到達した刃は全て弾けて破片を飛ばし、その周りへダメージを振り撒く。

例え話では「明日は空から槍が降るぞ」なんてよく言われるが、そんなものが生ぬるく思えるくらいの惨状が一面に緑が広がる静かな平原で起こっている。


(できるだけ地形にダメージを与えないなら風魔法・・・氷もアリか?)


彼はそんな事を考えながら、逃した魔物へと追撃を食らわすために一旦魔法を解除し、両手を合わせて魔力を貯めながら次の魔法を準備する。


「んん・・・」


どうやら彼は魔物の残骸を集めるのも兼ねて風魔法を選んだようで、両掌を合わせて魔力を練り始めた。

彼の両掌の少しの隙間に構築された術式は魔力を風の塊に変化させる。そしてその狭い空間の中で圧縮された風がぶつかり合うことで、彼の合わせた両手の周辺ではスパークが発生している。


「よっ・・・」


まるで神に祈るかのようなポーズから一転、グレイアは両手を合わせた状態から広く横に伸ばし、風が移動できる空間を広げた。

すると圧縮された風の魔力はさらに勢いを増し、薄い魔力の膜の中で辺りを吹き飛ばさんとする勢いで暴れ回っている。


「名付けるなら「サイクロン・ボム」って所か。」


その場の思いつきでの名付けと共に、グレイアは薄い魔力の膜で包まれた風の魔力の圧縮集合体を魔物が集まる方向へと押し出した。

押し出された塊は次第に直線運動の速度を上げていき、遂には音速に迫る速度で魔物の大群へと突っ込んだ。


「・・・」


正直な話、その場の思いつきで作ってしまった魔法なので自信が無いと頭を悩ませるグレイアに見守られながら、風の魔力の塊は地面へと着弾した。

すると次の瞬間、まるで水中で爆弾が弾けたような重低音と衝撃が辺りに走り、それと同時にドーム型の風の結界が着弾位置からゆっくりと膨張を始めた。


「失敗・・・じゃないが、こりゃ対人じゃ使い物にならないな。」


彼がそう評すように、これが人間相手であれば瞬間移動魔法だったりで楽々と回避されてしまうだろう。

しかし、今は殲滅が第一目標。遅かろうがなんだろうが、この魔法は確かな効力を発揮する。

膨張した風の結界が一定の大きさまで大きくなった次の瞬間、風の結界は凄まじい速度で範囲内の物体を巻き込みながら縮小し始めた。


「!?」

「なんだアレ?」

「・・・?」


その光景を見ていたグレイアを除く全ての人が驚く中、縮小した結界が凄まじい爆発音を立てて勢いよく弾けた。


「・・・」


かと思えば、再び・・・しかし今度は縮小時と同様に凄まじい速度で風の結界は膨張し、同時に内側に風刃系の魔法で構成された竜巻を生み出す。


「・・・縮小。」


暫くの後、グレイアが独り言と共に指を鳴らすと、再び風の結界は凄まじい速度で収縮した。

そして魔法で構成された竜巻も消失し、魔物だった残骸がひとつの場所に山になって置かれている状態が完成した。


(よし・・・想像した通りの結果だな。)


心の中でそう静かに喜びつつ、グレイアは約束通りに後ろの若者2人にサインを渡そうと後ろを振り向いた。


「んじゃ、約束通りにサインを───」


しかし物語の主人公がその場に居る環境において、そんな単純に物事が運ぶ訳が無い。

もちろん、アウトブレイクは一旦収まりはした。だが、それによって後ろに隠された新たな仕掛けが発動してしまったのだ。


「Llp laagb omw ldk eauwakmv na xkw syj ohh psx keujmpi gum wmw ryvlmnj」


突然、確実にこの世の物では無い文言が響き渡った。


「・・・?」


すると先程まで魔物だったモノの残骸が山積みになっていた場所に魔法陣が刻まれる。


「チッ・・・なるほど。自殺じゃねぇなコレ。」


彼は自分の知っている挙動とは違うアウトブレイクの様子に舌打ちをし、顔を歪めながら独り言を呟いた。


「そこの2人。」


さらなる面倒事が降り掛かってきたことによるイラつきを落ち着かせる為に浅く呼吸をしたグレイアは、後ろの2人に頼み事をするために背後を向く。


「はっ・・・はいっ!」


片方は固まり、片方はテンパりながらも返事をする。彼らに対してグレイアは、二本の独特な形状のナイフを虚空から取り出し、言伝を頼み込む。


「生憎と緊急事態になっちまったお陰でな、サインは書けなくなった。その代わりにこのナイフをやる。持ってりゃ腕の1本くらいは無くなっても生えてくる。」

「えっ・・・!?そんなの貰っていいんですか!?」

「ああ。それとひとつ、下にいる奴らに言伝を頼みたい。」


グレイアは2人にナイフを手渡し、平原の方を一瞥してから言葉を続ける。


「このアウトブレイクの原因は、確実な悪意を持った個人または組織による行動だと。そう伝えてくれ。」

「えっと・・・理由をお伺いしても?」

「端的に言うならば・・・通常のアウトブレイクとは確実に違う挙動が確認できたからだ。」


彼はイラつきに染まった表情と声色で放った言葉とともに、ハンドジェスチャーで固有武器を取り出しつつ下へと飛び降りた。


「あ・・・」

「おい。ボーッとしてないで急ごうぜ。」

「ああ。黒銀様ってあんな表情するんだな。」


それを確認した2人の若い衛兵はその場から離れ、仲間へと彼の伝言を伝えようと歩き出した。


「N、念の為にエルの方へ行っててくれるか。」


下に降りたグレイアはNを呼び出し、エルを守れと命令する。なんだかイラつきが加速しており、さっさとこの場を片付けたいと言う思いがひしひしと伝わってくる。


『了解。何か考えが?』

「何だか嫌な予感がする。その辺の衛兵に任せていられない。」

『把握しました。了解です。』


そしてグレイアは左手に予め魔法を起動しておき、今から出てくる魔物の出現を待つ。


(召喚系魔法には精通してないから魔力の波動による分析はできないが・・・その代わりに一撃で消し飛ばす準備はできてる。)


しばらく待っていると、魔物の残骸の下に起動した魔法陣が鈍く輝いた。

不安感を与えてくるタイプの光り方と、不気味な不協和音が重なった音が辺りに響き渡る。


「・・・」


それと同時にグレイアは地面を蹴り、出現した魔物を一撃で消し飛ばすために移動を始めた。

対して、ゆっくりと出現した巨大な1つ目の巨人の魔物・・・サイクロプスは瞼を開き、グレイアを視認する。


[!]


彼を視認した瞬間、サイクロプスは目を赤く染めて戦闘態勢になると、同時に右手をグレイア目掛けて振り下ろした。


「・・・」


そのまま彼をぺしゃんこに潰さんとする勢いで振り下ろされた右手のひらを、彼は無駄のないステップで避けつつその場に分身体を残し、サイクロプスの背中に瞬間移動する。


[グアッ!]


自身の目の前に存在するのがただの囮だと知らないサイクロプスはまんまと罠に引っかかり、自分の足元に居るグレイアを握り潰そうとした。

その隙に本体はサイクロプスのがら空きの背中に先程から準備しておいた魔法を設置し、死角に逃れる。


[!?]


サイクロプスが握りつぶした分身体は消滅と同時に埋め込まれた魔法が起動し、辺りに催涙ガスが混じった霧をばら撒いた。


[グッ・・・!]


苦しそうに顔を抑えてもがくサイクロプスを確認したグレイアは、トドメを指すために魔法を起動する。


「「ディサイシヴ・エクスプロージョン」」


するとサイクロプスの胴体をまるまる巻き込む爆発が起こり、背中を中心に広く胴体が抉られたサイクロプスが爆炎の中から姿を現した。


[ガ・・・ァ]


そして、グレイアは確実なトドメを刺すために、地面に膝をついて脱力しているサイクロプスへと近づき、首を飛ばした。

そして間髪入れず、次なる魔物が出現する。


「これで終わ───」


その魔物は上空から彼を目掛けて急降下。落下しながらの攻撃で彼を両断しようとしたが、グレイアはギリギリのバック転で斬撃を回避した。


「ああクソ・・・まだ来るか。」


そう文句を言いながら、グレイアは目の前の人間じゃない何かを見る。

恐らくはドラゴン種の人型形態なのだろう。鱗をまとい、角を生やして爬虫類っぽい尾を持っているようだ。


「ニンゲンは"ゼンメツ"させる・・・それがメイレイ!」

「っ!?」


(デジャヴ・・・っ)


グレイアは魔物の言葉と容姿に無意識のトラウマを想起させられ、一瞬たじろぐ。


「ギャハッ!」


魔物はその隙を見逃さず、刃物に変わった右腕を振り回して彼を殺そうと襲いかかった。


「危っ・・・ないな!」


彼はそれをまたギリギリで避け、瞬間移動で距離をとりつつ槍の形状に変化させた固有武器を魔物に向けて全力で投擲する。


「!?」


とんでもない速さで投擲された槍は正気を失った魔物程度に避けられるはずもなく、無惨にも槍は驚き硬直した魔物の胸元に風穴をぽっかりと出現させた。


「が・・・あっ・・・」


見事に心臓を撃ち抜かれたことで魔物は瞬時に絶命し、痛みに喘ぐ間もなく地面に倒れた。


(こいつ・・・見覚えが・・・)


なんとなく魔物の容姿に覚えがあったグレイアは、片付けをする前に違和感を払拭するために魔物の顔を見ようと死体へ近づいた。

その瞬間、3度目の正直と言わんばかりに新たな敵が降ってきた。


「またか・・・!」


もういい加減にしてくれと思いつつ、グレイアは固有武器を遠距離から回収して短剣に戻す。

そして彼の背後に着地した敵は辺に舞う土煙を吹き飛ばし、その姿を現した。


「は・・・嘘だろ・・・?」


姿を現した少女の姿を見た瞬間、グレイアの中の違和感が確実な嫌悪感へとシフトした。

そう。彼は先程のドラゴン娘も含め、「見覚えがある」どころではなかったのだ。


「ああクソ・・・デジャヴだとか生半可なモンじゃなかった・・・」

「□□□□・・・殺す。」


現れた少女はグレイアを名前で呼び、彼の嫌悪感をさらに加速させる。


「俺は1度、こいつを殺している・・・!」


嫌な感覚が背中を這い、身体中に鳥肌が立つ。


「どんな悪趣味な奴らなんだ・・・本当にいい加減にしてくれ・・・!」


彼は異常な嫌悪感に体を支配されながら固有武器を構え、目の前に立っている死人であるはずの少女に向かって武器を構えた。

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