18話

店に入ってからしばらくが経ち、昼食をとり終えた2人は満足そうに店から出てきた。


「美味しかったか?」

「はい!ありがとうございました!」


エルはニコニコと満面の笑みを浮かべ、グレイアに感謝を伝える。


「なら良かった。また今度───」


彼が言葉を返そうとしたその瞬間、会話が遮られるように地面が大きく縦に揺れた。


「ん・・・?」

「きゃっ!」


今まで経験したことの無い揺れにエルは尻餅をついて転び、グレイアは状況の把握をしようとHUDに探知魔法の結果をリアルタイムで映し出す。


「・・・収まったか?」

(大きく縦に揺れた・・・これはアレだな。)


十数秒して地震が収まると同時に、路地の外・・・街のあちこちからどよめきの声が聞こえてきた。


「痛い・・・」

「大丈夫か?怪我は?」

「ありません・・・」


グレイアは痛そうにしているエルを起こし、付着したゴミを落とすために彼女の臀部を手でサッと払う。


「きやっ・・・ご主人様・・・?」

「ん?ああごめん。ゴミ取りたくて。」

「いえ・・・大丈夫です。」


急に尻を触られて赤面するエルとは裏腹に、彼は「子供の世話」みたいなテンションでこれを行ったためか彼女が赤面した理由がわかっていない。


「ま、とりあえず大通りに出よう。情報収集のためにもな。」

「はい。承知しました。」


エルがそう返事をすると、彼は指を鳴らしてNを空中に呼び出した。


「N、上空から街の外を見てくれないか。外装は望遠と飛行・・・偵察だけでいいから、結果を俺に教えてくれ。」


彼の命令により、Nは形を変えてカメラ付きドローンのような形状に変形した。

そしていつもの無機質な女性の声を発し、彼に状況と意見を述べる。


「はい。しかし、99パーセントの確率で既にアウトブレイクが起こっているかと思われますが・・・」

「それならどこで起こっているか、どこから対処するのが適切かを教えてくれ。いいな?」

「了解。行動を開始します。」


彼はNの応答にも冷静に対応し、Nが飛び立った様子を確認してからエルの手を引いて歩き出した。


「あのっ・・・ご主人様?」

「どうした?」

「先程はアウトブレイクって仰ってましたけど・・・」


グレイアが先程発した言葉、アウトブレイク。これは正式名称をモンスター・アウトブレイクと言い、文字通り魔物の大量発生を意味する単語。

彼はそれを先程の地震のみで判断し、Nに現状の情報収集を委ねた。


「そのままの意味だ。恐らくは起業に失敗した誰かさんが自殺を兼ねて・・・とかだろう。まったく、はた迷惑なもんだ。」


彼が今言った「誰かさん」とは、こちらの世界の言葉で言う無敵の人失うものがない人のようなニュアンスの言葉である。

この世界において魔物の大量発生は2種類存在し、片方は自然現象による発生。そしてもう片方・・・現在起こっているであろう現象は人為的なもの。

この2つは発動原理が全く異なり、それ故に前兆も異なる。


「それとも、なんでアウトブレイクが起こったのを知れたか・・・ってのが疑問か?」


彼は先程の表情とは打って変わって真面目極まった表情でエルに問う。

彼女が首を縦に振ると、彼は右目で周囲を確認しながら、左目で探知魔法を映し出したHUDを見て、さらに両手の中指と親指を動かしてHUD内のキーボードをパチパチと操作しつつ、彼女の問いに回答する。


「単純だ。モンスター・アウトブレイクの前兆となる地震には、戦ってる時に敵が魔法を発動した時みたいな感覚が地中を走るんだ。」

「つまり・・・?」

「どうもこうもない。魔法を使う者としての経験と勘・・・あとは地震についての知識だ。」


彼はそう語った後、行き交う人を避けるためにエルを抱えて通りの建物の屋根の上に飛び上がる。


「わっ・・・!」

「活かすタイミングは少ないが、知っておいて損は無い知識でな・・・地震ってのはどんなモノにしろ、起こる理由と揺れの特徴ってのがある。」

「特徴・・・ですか?」

「ああ。ここで重要になるのが揺れの特徴で、アウトブレイクが起こる前兆の地震は大きく縦に揺れるんだ。その他自然現象で起こる地震は揺れの方向とかがバラバラなんだが。」


グレイアはHUDを閉じ、クルクルと指先を回しながら解説を続ける。


「俺の生まれ故郷じゃ、揺れが起こったら「どこで起こった地震だ」なんて予想したもんだが・・・これはどうでもいいな。」


そして彼が解説を終えるのと同じタイミングでNが帰還し、結果を彼に伝えた。


「魔物は東より襲来しています。」

「数は?」

「およそ八から九百。少なくとも千は到達していません。」

「把握した。移動するからお前は戻れ。」

「了解です。」


彼の言葉によりNは光の粒子に変化してその場から消失し、彼の脳内へと回帰する。

そしてグレイアは深く深呼吸を行い、全身に身体強化を複数種類付与する。


「・・・エル。」

「は・・・はいっ!」


Sランク冒険者、圧倒的な強者としての責務を果たすために完全な仕事モードとなったグレイアは、その冷徹な雰囲気を隠さずにエルを呼び、抱き抱える。


「わっ・・・!」

「少しだけの我慢だ。PMCで客の対応をした時みたいな俺だと思え。」

「わかり・・・ました。」


グレイアはそう言って魔法を起動し、彼女とともに東門へと瞬間移動した。



~~~



移動してきたグレイアは混乱しきっている東門の様子を確認すると、エルを地面に降ろし、口を指に当てながら彼女に語りかける。


「静かにな。全て俺が対応するから。」


一瞬だけ優しい彼が戻り、エルは彼の言葉にコクコクと首を縦に振る。


「・・・さて。」


浅くため息をつきながら東門に集る群衆を一瞥したグレイアは、エルの肩に手を置きながら門の下へと瞬間移動する。


「っ!?」

「うおっ!」


群衆の対応をしていた衛兵達は、いきなり現れた2人に驚き仰け反る。

しかしグレイアはそれを気にする様子もなく、辺りを見回して1番偉そうな衛兵に声をかける。


「あんたがここのリーダーか?」

「あ・・・ああ。そうだが・・・」


急なアウトブレイクと不審人物の来訪により困惑しきっている衛兵隊長に対し、彼はそのまま言葉を続ける。


「俺はSランク冒険者のグレイア・ベイセル。」

「は?え・・・えっと・・・Sランク?」

「今から魔物を殲滅するから、こいつ・・・俺のツレを頼んでいいか?」


めちゃめちゃな有名人の割にあっさりとした自己紹介と、とんでもなく単純な頼み事。困惑続きだった衛兵隊長だが、遂に思考回路と意識がショートしてしまう。


「ちょ・・・隊長っ!この人って黒銀ですよ!」

「えっ、本当か?本物!?」


その意識すらも部下によって引きずり戻され、今現在目の前にいる銀髪の青年が、かの「黒銀」であることが思考に刻まれる。


「あ・・・は・・・はい!誠心誠意、対応させて頂きます!」

「別にそんな畏まらなくてもいい。」

「畏まりまし・・・いえ・・・了解です!」


隊長の肩書きは何処へ。衛兵隊長は威厳などすっかり消え失せ、目の前にいるやべー存在に全力でひれ伏していた。


「じゃあ頼むぞ。大事な使用人なもんでな。」


一方で、自身の一挙手一投足が周りにどれだけの影響を与えるのかを忘れていた彼による爆弾が再び投下される。

まぁ彼自身もそんな意図があって言ったわけではないので、特に気にする様子もなく門の上へと移動した。


「よっ・・・と。」


門の上には弓持ちの若い衛兵2人が居たが、彼は2人に構わず魔法の準備を始めた。


「えっ・・・この人、黒銀じゃね。」

「マジじゃん。え、サインもらった方がいいかな?」

「いやぁ・・・でもなんか集中してるっぽくね?」


彼が魔法の準備をしている間、後ろで頭を隠しながら談笑し続ける若い衛兵達。

どうやらグレイアのファンのようだが、魔法の発動準備中に後ろでペチャクチャ話しているのは頂けない。


「サインなら後で書く。だから騒がないでくれると嬉しいんだがな。」

「えっ!マジですか!」

「マジだ大マジ。だがな、くれぐれも邪魔だけは するなよ。こっちだって多少は命削るんだ。」

「マジかよ!やったじゃん!」

「最高だなっ!」


しかしまぁ、推してる人間にファンサを約束されたらはしゃいでしまうのはファンの性と言うもので・・・若い衛兵2人はいっそうテンションを上げ、グレイアは騒音を遮断するために魔法を1つ起動する。


(ノイキャン付けて・・・すぐに済ませるんだったらアレだな。)


彼は左手に脳内で構築した術式を貼り付け、適切な量の魔力を込める。

そして同時に心臓へと魔力を集中すると、彼の体から黒い霧が少しずつ放出されてきた。


「・・・っ」

(痛覚の遮断は・・・しなくていいか。どうせ、すぐに終わるしな。)


全身に伝わる痛みに耐えながら、グレイアは左手を心臓に重なるように押し当てる。


「ふーっ・・・ふーっ・・・」


次に構築した術式と魔力を心臓へと注ぎ込むと、彼から放出されていた霧はさらに量を増す。

心臓に魔力を流し込むことで起こる強烈な痛みに耐えながら、ただ今から発動しようとしている魔法のことのみを考え、意識を集中していた。


「・・・何が起こっているんだ?」

「隊長・・・これではまるで・・・」


(ご主人様・・・?)


彼の魔法は辺りの環境にまで影響を及ぼし、青空を曇り空へと、辺りの景色を濃い霧が充満したおどろおどろしいモノへと変化させた。

しかし彼の居る場所からは恐ろしさや冷たさ、その他の負の感情は一切感じず、ただただ術式が表す美しさのみが感じられる。


「~~~ッ」


辺りの群衆や街の人々が空模様の変化に目を見張る中、グレイアの魔法はそろそろ発動しようとしている。

彼がぎゅっと歯を食いしばると、放出されていた霧が形を整えてオーラのように彼を取り囲む。


「「虚構循環機構───」」


そうして最後に短い詠唱が発せられ、彼・・・黒銀の代名詞と謳われる魔法が起動した。


「「零」」


その声とともに、彼を取り巻く黒い霧がぶわっと噴き出して量を増す。

そして彼は魔法により変化した、その白目まで黒く染まった瞳で魔物の大群が向かってくるのを見据えながらぽつりと一言を呟いた。


「・・・・やるか。」


いつにも増して真面目なグレイアによる、アウトブレイクの処理が始まった。



─────



おまけ

グレイアの詳細な容姿


グレイア・ベイセル(青年)

種族:人間

身体年齢:20歳

実質年齢:53歳(本編開始時点)

声:中性的な声で、その中でも少し女性寄りの高い声。


身長:171cm

大雑把な顔のイメージ:全体的に中性的な顔立ちで、目元などは女性に近い。見る人が見れば「かわいい」と言う。

大雑把な体のイメージ:スラリとしたモデルみたいな体つきで、所々は肉付きがよいため太ももなどは特にモチモチしてる。


髪色:銀色

髪型:ミディアムくらいの長さのボブヘアー

眉:男っぽくはない。

目の色:銀色。そしてハイライトがない。

目の形:若干ジト目。とくに凛々しくは無い。

まつ毛:派手ではなく、女性っぽくはない。

口:小さめ。かわいい。唇は薄い。


肌の色:少し色白で日焼けはない。

喉仏:若干出ているものの、触れないと気づかない。

肩幅:狭い。

手の諸々:大きさは普通。指は凹凸も少なく綺麗で長い。

肉付き:太ってはいない程度に良く、所々がモチモチしている。太ももはちょっと太い。


服(上半身):ノースリーブのワイシャツ、裾が長めでぶかぶかな黒い長袖アウタージャケット(戦闘時は自動的に消失する)

服(下半身):黒いショートパンツ、右太ももにえっちベルト(ハンドガンのホルスター用)

靴:ハイカットのカジュアルブーツ

アクセサリ:赤い小さな結晶が埋め込まれたチョーカー、腰にいくつかの結晶形アクセサリ、左手首に腕時計(時計部分は内側)

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