16話

「あんちゃん達!到着だぜ!」


ガタガタと尻に悪い揺れ方をしていた馬車が止まり、行者から声がかかる。そして2人は降りる準備を始め、グレイアは料金を払うために行者を呼び止める。


「行者さん、駄賃。」

「はいよ!っと、これは?」

「チップ代わりに。よければ来てくれ。」


グレイアは料金分の硬貨と謎のチケットを投げ、行者が受け取ったのを確認すると馬車から降りた。


「わぁ・・・!」


辺りを見回したエルは、その光景に感嘆の声を漏らす。

数え切れないほどの馬車の量、受付に並ぶ長蛇の列、そして馬車駅の建物の向こうに見えるレンガ造りの高い建物群や遠くに見える大きな城らしき建物。そして近くの音ですら打ち消してしまうほど大量の音。その全てが彼女にとって、とても新鮮なものだった。


「ここはゴールデン・スプリングス。選ばれし者に黄金の春が訪れる場所。数多の情報、人、物が集まる、世界屈指の商業都市だ。」

「商業都市・・・」

「ああ。続きは歩きながら話そう。手、ちゃんと握ってな。」


そうして2人は歩き出す。メイドが主に前を歩かせるなんて光景は滅多に見れないため注目されるかもしれないが、人混みの中に紛れてしまえば杞憂となる。


「ご主人様。」

『なんだ?』

「頭の中に直接?いえ・・・とりあえず、これからどこへ行くんですか?」


馬車駅を出て大通りまでたどり着いた2人だが、そこそこ人が多いせいでエルの声が通らない。そのため、グレイアは会話に工夫をこらすことにした。

聴覚調整魔法を付与して耳の指向性を絞り、通信魔法を使うことで口を開かなくても言葉が伝えられるようにする。


『お前の服を買いに行く。しばらく歩くが・・・今の時間帯ならそこまで混んでないはずだ。』

「承知しました・・・それにしても人が多いです。」

『こればっかりは慣れるしかないな。』


彼は昔から人混みがあまり好きでは無いため、このようなロールプレイ・・・いわゆる「街中の雰囲気」を楽しむ際は人混みの不快感を消すために能力を行使している。つまり彼は今、その辺の魔法使いも真っ青な量の魔法と能力を並行起動しているのだ。

その数ざっと10種類以上。そのうち6つは日常生活でも常時発動なので、この世界の法則に乗っ取った場合は彼の脳みそが沸騰するはず。


「ところで・・・ご主人様って念話も含めて、先程から大量の魔法を使用しているようですが。」


エルもそれを察し、彼に質問を投げかける。するとグレイアはすぐに起動している魔法を数えて返答をした。


『いつも起動しているのは3つ。そんで今は追加で1つだな。』

「私は、過去の主に仕えていた際に、ご子息の魔法授業を少しだけ見たことがあるのですが・・・」


エルはそう言うと、少し思い出す素振りを見せてから口を開く。


「たしか、継続魔法の並列起動は脳に負担がかかるとか・・・」


彼女の言っていることは正しい。この世界の法則下において、継続魔法・・・探知魔法や身体強化等の常時並列起動は不可能に近い。

理由は単純明快で、複雑な術式である継続魔法を複数種類使ってしまうと脳が処理しきれずに発熱し、溢れ出た魔力で脳が液状化、沸騰してしまうのだ。逆に言えば、脳を直接冷やすことさえできれば問題は解決される。

これは魔法学術上「脳の過剰稼働」と呼ばれており、一般ではオーバーヒートと呼ばれている。主に魔法理論の基礎で学ぶ内容だ。


『』確かにその通り。その理論は間違ってないし、実際に俺の脳みそは戦闘時を除き、常に発熱している。』

「それに魔力のリソースもありますよね?ならどうやって抑えているんですか?」

『単純だ。生命力を魔力に無理やり変換し、その無尽蔵のリソースを使用して脳を無理やり冷やしてる。』


仕組みで近いのは宇宙ロケットだろう。飛ばすためにはそれなりの量の燃料が必要で、その燃料を入れた分の重量の燃料も必要で・・・というイタチごっこの果てに、我々の世界のロケットは大量の燃料を必要とする。

本来、彼のように魔法を常時並列起動したい場合は、宇宙ロケットのような果てのないイタチごっこの末に、気の遠くなるほどの冷却魔法用魔力リソースが必要となる。それこそ、常人が鍛えていては軽く寿命が百人分は飛ぶレベルで。


「生命力・・・なるほど。ご主人様はもともと人間じゃないから。」

『と言うよりかはこの体の自己証明のお陰だ。管理者だろうと普通は普通に死ぬ。』

「そうなんですね。ご主人様が特殊と。」


だからこそ彼の自己証明が役に立つ。この世界の管理者とはいえ、彼はもともと人間だった・・そのため、彼の中にはその時の自己証明がまだ残っている。

戦闘時は多重の常時展開魔法を解除するというのも、彼が持つもう1つの自己証明を使用しての妙技である。彼自身は軽々とやってのけるが、それをこなすには実際、途方もない苦労が必要であったはずだ。


『特殊か。まぁ不死は特殊かも。』


(不死は・・・?)


そして彼の、まるで不老は特殊じゃない・・・と言いたげな口ぶりに、エルは多少の疑問を覚えた。だがしかし、そろそろ目的地に到着する頃合だ。


「・・・人が少なくなってきたな。」

「確かに、先程よりは少なくなってきました。」


先程までは混んでいる日のアウトレットモールくらいの人混みだったのに対し、目的地周辺の大通りは人通りがかなり少なく、まるで平日午前中のアウトレットモールのようだ。

人通りがあったとしても道の端をジョギングしているランナーであったり、ペットらしき生物の散歩をしているメイドであったりと、先程のような商人や観光客は少なく感じる。


「ご主人様、この辺りは何か特殊な地域なのですか?」


その光景に疑問を覚えたエルが質問する。後ろを振り返れば人混みがまだ見えるし、突然人通りが少なくなるのは違和感があったようだ。


「別に?奥の方に貴族の別荘は沢山あるが、この辺りは特に何の変哲もないファッション店が建ち並ぶ通りだ。」

「そういえば服を買うと言ってましたね。」


2人は人通りの少ない大通りを進んでいき、グレイアはある店の前で立ち止まる。


「Clothes Heaven・・・ここだな。」

「くろーすへぶん?聞いたことがあります。」


直訳すると「衣類の天国」であり、たしかに服をこしらえるのであればお誂え向きな名前の場所だろう。

店の前面もガラス張りでマネキンが両隣に飾ってあり、片方は貴族向けの豪華なものが、もう片方は平民向けのシンプルなものが着せられている。


「広く展開している店だからな。ここを本店として色んな場所に出店してる。」


グレイアはそう言うと、そのままエルを連れて店の扉を開く。そして店内に入ると、気温調整のための冷風に乗っかって芳香剤のいい香りが漂ってくる。


「いらっしゃいませ・・・って、グレイアじゃん!久しぶり!」


棚に並べられている衣類を整頓していた小柄で長髪な女性は、グレイアの姿に驚いて近づいてきてハグをしてから握手をした。


「久しぶり。元気だったか?」

「もちろん!君こそ、最近はめっきり顔を出さなかったから心配してたんだよ?」

「一応は仕事をな。これからのシーズンは大きめの依頼が頻繁に来るから、色々と準備をしてたんだ。」


2人は楽しそうにやり取りをした後、女性がエルに目を向ける。


「それでこの子は?君のことだから引き取ったんだろうけどさ。」

「ご名答。譲り受けたんだ。」


彼女はグレイアの言葉を聞くと、目に魔力を込めてエルを一瞥してから頭を撫でようと近づく。


「ふーん。じゃあ貴方は元奴隷ってトコかな?大方、グレイアに奴隷紋を消してもらったんでしょ。」

(!?)


譲り受けた・・・の一言しか聞いていないのに彼女は全てを察し、これまでの出来事を当てて見せた。そしてエルの頭を背伸びしながら撫でて、誇らしげにグレイアの方を向く。


「合ってるでしょ?」

「ああ。バッチリだ。」


グレイアは微笑みながら返答し、彼女はさらに言葉を重ねる。


「ふふっ。私は君の先輩だからね。全ては私の理解の範疇さ。」


随分とグレイアのことを可愛がっているようだ。

しかしエルは肝心なことを聞いていなかったので、グレイアの腰あたりをつついて意識を自分側に向ける。


「ん?」

「ご主人様、この方はどんな人なんですか?」


エルが質問をすると、グレイアは彼女の方を向いて答える。


「加瀬木 ベレン。夫婦で服屋を経営している・・・まぁ、とりあえず凄い人だ。」

「私は君が手放しで尊敬してくれる数少ない相手。そうでしょ?」

「ああ。夫婦揃ってな。」


2人がそう言うと、店の奥から眠そうな声とともに1人の男性が歩いてきた。


「ふぁ・・・いらっしゃいませ。黒銀の来店は大歓迎だよ。」

「久しぶりだな幸輔。つってもこの前会ったか。」

「ああ、君の支援のおかげで新しい店舗を出せたよ。ありがとう。」


ぴっちりと整えられたスーツにメガネをかけ、いかにも真面目そうな男性の名は「加瀬木 幸輔」。妻のベレンとともに服屋の本店を経営している。


「それで?今日はなんの用・・・いや、見ればわかるね。」

「ん。うちのメイドの私服を頼みたくてな。」


コウスケはエルを少し観察すると、ニヤリと笑ってグレイアの肩に手を置く。


「いいね。この子の容姿・・・ちょうど君の好みなんじゃない?」

「今日はオタク談義をしに来たワケじゃない。あとな、当事者の目の前で言うのはどうかと思うが。俺のプライバシーを考えろ?」

「はいはい。ゴメンゴメン。」


それをグレイアは鬱陶しそうに退けるが、コウスケは謝る気のない態度で謝罪する。やり取り自体はさながら男子高校生・・・仲がいいのか悪いのか分からない関係のアレである。


(・・・私からすれば今更ですけどね。ご主人様。)


一方でエルは照れる様子もなく、頭の中でそう悟る。彼に惚れたことに気づいたとは言え、こう何度も言われてしまっては慣れるというもの。しかし嬉しくはあるので、彼女の気分は上がっているようだ。


「うーん。じゃあ作業に取り掛かろう。奥まで着いてきて。」


いつの間にか空気が変わったコウスケは2人を案内しようと手招きをする。ちなみにベレンはグレイアとコウスケが話している間に準備を始めていたようだ。

そして3人は奥の作業部屋に到着し、コウスケはグレイアに質問をする。


「グレイア、服のデザインはどうする?君の嗜好に寄せることもできるけど。」

「デザインはお前に任せるが・・・できるだけ動きやすい服装がいいな。」


そのままの勢いで2人は対話を続け、構想を固めていく。


「わかった。露出度は?」

「・・・多くても構わない。アウターも作ってもらうつもりだからな。」

「アウターも制作と。オーケー、じゃあ耐久性は・・・君のことだし後でやるか。」

「ああ。魔法さえ使えば耐久性の面はどうとでもなる。」

「スカート?パンツ?」

「その辺は任せる。その選択は俺じゃ難しい。」

「君は嗜好の幅が広いからねぇ。んじゃ次は───」


そうして2人は議論を重ねていき、最後の質問へと移った。

ちなみにその間、ベレンに椅子を用意してもらったエルはそこに座り、ずっと頭を撫でられていた。


「それじゃあ最後。君は主従において・・・どっち?」


コウスケはこれまでの質問のなかで1番真面目な顔でグレイアに問う。質問内容は主従における攻め受け・・・要は彼の趣味だ。


「・・・今それ聞く?」

「もちろん。男女が共に歩く場面において、特定の場面にてどちらがどう立ち回るかが見た目でわかりやすくなっていたら唆るだろう?それを見るだけで夜の様子が想像できるんだ。もちろん逆の可能性もあるしそれももちろん唆るが、君はわざわざ中性的な容姿を作っているワケだ。であればこの質問は最重要項目であり、この衣服制作の成否にかかわる実質天王山的質問だからこそ───」


答えに困るグレイアに対し、コウスケはオタク特有の早口と謎に豊富なボキャブラリーで捲し立てる。

グレイアは困ったような顔を続けた後、諦めた様子で少し悔しそうに答える。


「るせぇな・・・どうせ俺は受けだ。」

「・・・本当に?」

「本当・・・俺が攻めだったことないし。最初に俺が優位だったとしても、少し経てば逆転されてされるがまま・・・」


それを聞いたエルは数日前の出来事を思い出した。グレイアが冒険者ギルドのマスターであるティアに連行されて行ったことを。そして彼女達曰く、彼は気絶するまで絞られていたであろう事を。悲しい事実だが、コウスケはそれが酷く気に入ったようだ。


「いいよ・・・いい。想像力が湧いてくる!」

「・・・」


嬉しそうに作図のペンを走らせるコウスケの横でしょぼくれているグレイア。彼の顔はまさに「しょぼん」の顔文字の通りで、先程までの生き生きとした様子から比べると流石に可愛そうである。


「ご主人様・・・」

「ん、何?」


もう本当にしょぼしょぼして可哀想な様子になってしまったので、見かねたエルはグレイアを慰めることにした。


「私のことを救ってくださった時とかはカッコよかったんですよ?そう落ち込まないでください。」

(でも正直、ご主人様の可哀想な様子に唆らないかと言われれば嘘になるので、別にこのままでも十分良いのですが・・・)


もう既に内心は煩悩まみれなエルに励まされ、グレイアは気を取り戻しかける。


「ああ・・・ありがと。」


傍から見たらものすごく情けない。そのうえ、いつもは傷つかない場所に傷がついたおかげで取り乱したせいか、エルの言葉の穴に気づいてないようだ。


(救ってくださった時とか・・・ね。グレイア君って所々ポンコツだよね。)

(だから上手く立ち回れないんじゃないのか・・・?)


ひねくれた解釈をすれば「普通にかっこよくない場面もありましたよ」と言っているようなもの。

2人は心の中でツッコミつつも、口に出すのは野暮なので口には出さないよう努力していた。

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