15話
朝日が燦々と照らすノーザンの街の南門。その周辺にて、ご主人様が馬車を捕まえようと頑張っている。
「あー!こっちこっち!」
街の中からゆっくり走ってくる馬車に手を振るご主人様を見ながら、私は考える。最近・・・と言うより、今のご主人様に引き取られてから時折思うことがある。
「おーい。エル?」
今のご主人様は確かに優しくて強い。今まで仕えてきた主の中でも、飛び抜けて優しくて有能で強くて周りから信頼されている。
「はい。今行きます。」
だからこそ目立つ。彼の闇が。どうにかして隠そうと努力している深淵の部分が。
「手、掴んで。よし・・・よっこら。」
「ありがとうございます。ご主人様。」
「あんちゃん達!行先は!」
「ゴールデン・スプリングス。」
「はいよー!」
この世界の管理者だとか・・・その辺の冒険者なら相手にならない強さだとか。そんなモノを有していれば普通は霞んでしまう部分が、どうにもご主人様はおかしいほど目立つ。
「かなり馬車が多いですね・・・」
「ああ。朝は出ていく商用馬車が結構多いからな。」
否・・・目立つのではなく、プラスの部分では隠しきれないほど深く、光が全く吸収されないほどに真っ黒なのかもしれない。
「とりあえず、このワンパターンな雪景色とは一旦お別れだな。」
「ちょうど緑が恋しくなっていたところです。」
「オーケー、なら道中の景色も一緒に楽しめそうだな。」
この少年のような眩しい笑顔の裏に、一体どれだけの闇が隠されているのだろう。ご主人様はどれだけ・・・私なんて比にならないほど辛い経験をしてきたのだろうか?
奴隷だった頃にあの子と語り合った「優しいご主人様のもとで」という幻想は、随分とドロドロした現実として私の目の前にあるらしい。
「おいおい・・・どうした?なーんか頭ん中は優れてないみたいだが。」
『なんか良くない事を考えてる。やっぱアレは駄目だったか?なら一早く問題の解決を・・・いやでもリフレッシュも優先すべきで───』
「・・・いえ。少しだけ考え事を。」
こうやって私の考えていることも看破して気遣ってくれる。であれば私も、これ以上悩みすぎるのは良くないのかもしれない。
「根を詰めすぎるのも如何なものかと思うね。こういう時くらい楽観的な思考回路で楽しくやろうぜ?」
『多少は気が楽になると予測したが、外出させるのは正解だったのか?まだ数日しか過ごしていないのに命を狙われて・・・それで昨日の今日なのに出かけようなんて言われたら───』
「・・・そうですね。ありがとうございます。」
「なんで感謝?」
そんな事を言いつつも、ご主人様の頭の中は問題でいっぱいなのに。そうやって相手に気を配る。そんな人間性を見せられて、忠誠を誓わない愚者が居るだろうか?
「・・・本当に・・・お気遣い感謝します。」
私は馬車の音でかき消されるように、とても静かな声でそう呟いた。するとご主人様はこれ見よがしに二ッと笑い、私の顔を覗き込む。
「聞こえてるぞ。べつに感謝なんてしなくても、お前の為なら考えを巡らすのは当たり前だ。」
ご主人様はそう言いながら私の頭を撫でる。
「だが・・・言われたら言われたで嬉しいからな。感謝は甘んじて貰っておこう。」
照れ隠しが混ざりながら屈託のない笑顔を見せるご主人様に魅せられ、とぷん・・・と、私の中で何かが堕ちる音がした。
「・・・ティアさんの言っていることが理解できました。」
恐らくはその人たらしも自覚しているのだろう。まだ12歳の私が・・・いや、まだ年端もいかない隣人の少女すら彼に惚れるような人間性を客観的思考で自覚している。だからこそ、そのスキルを利用して傭兵団も設立しているし、色々なツテも持っている。
「なんだよ。アイツ俺のことディスったのか。」
そうして肩を落とすご主人様。あの時は私にも余裕がなくて分からなかったが、今なら理解できる。あの二人があの時のご主人様に厳しかったのは・・・ご主人様のことをとても心配していたからだったのだろう。部屋に連行したのは単に欲求不満だっただけなのだろうが。
「いえ、悪口ではありませんでした。」
「え。じゃあ・・・何て言われたんだ?」
私は少しだけ言葉を選んだが・・・結局は伝わるだろうと思い、口を開く。
「・・・私の知らなかったものを教えてくれると。」
その言葉を聞いたご主人様は少し驚いたような顔をした後、浅くため息をついて不敵に笑った。
「ははっ・・・ほんとアイツは・・・」
「?」
控えめだが唐突に笑いだしたご主人様を見て困惑した私に対し、ご主人様は私の頭をポンポンと叩く。
「ああ・・・だが、お前が心の奥底で望んでる事だけじゃないさ。」
「・・・?」
「今は引き出しがスカスカな脳ミソの容量全てに「今まで知らなかったこと」が詰め込めるように・・・それはもう色々と教えこんでやる。」
ご主人様は不敵な笑みのまま、指を鳴らして格好つけようとする。
「・・・わかりました。楽しみにしています。」
「そうでなくっちゃ!」
再び無邪気な笑みを見せ、ご主人様は背もたれに体を預ける。
「ほら。そんな話をしているうちに、そろそろ緑が見えてくる。」
「え、本当ですか?もう山を抜けたんですか?」
私がそんな反応を見せたので、ご主人様はクスッと笑ってニコニコしながら私をからかう。
「はは・・・やっぱり、そうやって無邪気に喜んでりゃいいんだよ。深い考え事してんのは似合わない。」
「・・・子供っぽい方が良いと?」
「ああ勿論。子供なのに大人びてんのが問題なんだからな。」
確かに私は年齢的に子供だが・・・でも無邪気に喜ぶような年頃ではない。私はそろそろ大人になるべきなのだ。
しかし、ご主人様の言うことが忌避すべきことかと言われれば、特にそうでもない。
「ではお言葉に甘えて、無邪気に楽しもうと思います。」
「ああ、そうしてくれ。」
私の従順な反応に、冷静ながらも嬉しさを隠せないご主人様の表情が、ひどく印象的に写った気がする。
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