13話

場所は変わり、グレイアとエルが居る場所は彼の執務室・・・つまりはV-PMCの社長室だ。


「あら、こんにちはボス。今日はどのような要件で?」

「あれ。お久しぶりです。」


部屋に入るなり、無機質な仮面を被って綺麗に整えられたスーツを着た長髪の女性と、大柄な体でぴっちりとしたスーツを着た男性がグレイアを出迎える。


「書類仕事はあらかた終わったから、こっちじゃないとできない仕事を片付けにな。お前はどうしてここに?」

「色々とありまして・・・最近は何かと物騒ですから。」


大柄な男はやるせなさそうに頭をかく。彼の右手には大量の書類があり、その苦労が伺える。


「え。またなんか備品壊れたりした?」

「ええまぁ・・・プレイの限度を知らないお客様には困ったもので、彼女達のメンタルケアに関する問題もありますし・・・」

「なら色々と支援するけど。人手は足りてる?」


大柄の男はグレイアの問いに、にっこりと笑って答える。


「今のところは問題ありませんよ。ボスが導入してくださった雑用ゴーレムのおかげで余裕が生まれまして、最近は休暇の日数も増やせてます。」

「ならいい。引き続き、無理せず頑張ってな。」

「了解。では私はこれで。」


彼はそのまま礼儀正しく退室して行った。そして仮面の女性・・・グレイアの秘書はと言うと、先程から親の仇のように執務机を拭いている。


「毎度のことだが、んな死ぬほど拭くような期間空けてない気がするんだけど。」

「そうですか?前回来たのは5日前ですよボス。」

「いやぁ・・・仕事はできてるし良くない?」


グレイアの家の2階には仕事部屋があり、そこでは色々な書類仕事を・・・とは言っても主に行うのは任務の予算構築や行動部隊の編成、次点で色々な項目の承認など。出勤せずとも問題は無い仕事ばかりだ。


「さて、今はそういう時期なわけだが・・・お前がここに居るってことは客が居るんだろ。」


グレイアは執務机に行儀悪く腰掛け、指でトントンと机上を叩く。


「ええ。通しますか?」


彼の言葉を聞き、ルーエは右のこめかみに指を当てながら質問をする。すると彼の表情は無機質で冷たいものへと変化し、彼女の言葉に返答する声色すらも冷えきったものに変化させる。


「通せ。そんでエルは俺の隣に。」

「・・・」

「あ・・・はい。」


ルーエは彼の答えを聞くと、無言で指を鳴らして合図をする。

そしてエルは彼の発する圧のおかげで「極氷アリーナ」が扉越しに声を発した時のような悪寒に襲われ、全身に鳥肌が立ってしまう。だが彼はそれを察したのか、少し声色を和らげてから彼女の緊張をほぐすように説明する。


「別に緊張しなくたっていい。傭兵組織のトップとの会合という場においてはその辺の使用人なんて、殆ど空気に等しいからな。」


正直、全く意味のない言葉だった気もするが、気休め程度の効果が期待できるだけマシというものだ。


「ちなみにルーエ、今から来る客は?」

「ケイヴ辺境伯。常連です。」

「よしよし。なら今回ので雰囲気に慣れるといい。」


グレイアは口だけ笑いながらエルにそう告げ、再び扉に視線を向けた。



~~~



「それで構わない。完璧だ。」


客との会話、もとい商談はそのままスムーズに進み、内容の確認に移る。


「・・・んじゃ内容の再確認を。ルーエ。」

「はい。」


グレイアは指を鳴らし、ルーエは収納魔法の空間内から契約用の書類を取り出す。


「契約プランは単独対象護衛プラン。行き先はルミネグラッド・・・あの魔晶鍾乳石と発光する謎のクラゲが綺麗な水属性の洞窟か。大方、魚が空中を泳ぐ光景ってのが見たくて行くんだろ?」

「ああ。とても幻想的という話でな。」

「んで扱いは半ダンジョンだから補正価格をプラスして、使用回数割を引いて。」


虚空から取り出されたペンで内容が記されていき、金額明細欄で止まる。


「金額は白金貨2枚だけど・・・あれ、ウチ使うの何回目だっけ?」

「彼は過去に5回護衛任務を依頼しています。」

「ん。ありがと。」


グレイアの問いにルーエはノールックで瞬時に答え、再度ペンが走り出して金額明細が書き込まれる。


「白金貨2枚から回数割を引いたから、金額は白金貨と金貨50枚だな。支払いは?」

「この場で頼む。両替も必要ない。」


(・・・あれ?護衛なのに意外と安い。)


エルはその金額の安さに驚いたが、今は聞ける雰囲気では無いので飲み込むことにした。その代わりに客の思考を読むことで疑問を補完しようとする。

そして客はその場で収納魔法から大きい袋を取り出し、音を立てないようゆっくりと机の上に置いた。


『基礎金額はいつも通りリーズナブル。やはりV-PMC彼らに受注するのが正解か。』


(・・・やっぱり安いんですね。)


貨幣価値の基準を分かりやすく説明するなら、金貨1枚につき日本円で約1万円。そして白金貨はそのままでは使えず、金貨100枚を交換出来る引換券のような役割を担う。

とどのつまり、今グレイアが提示した金額は日本円にして約150万円。命ひとつを保証する契約としてはそこそこ安めな値段設定である。


「ん〜ちょっと待ってな。」


そして当人はと言うと、専用魔法の魔法陣を指先に構築しつつ空中を指でなぞるような動作を行い、鑑定系魔法の貨幣特化版を使った。それにより袋の中に入っていた貨幣が宙に浮き、素材別で分けられて綺麗に羅列されていく。


「・・・偽造は無し。枚数もOK。釣りもなし。完璧じゃん?」


どうやらお客側の事前準備は完璧だったようで、面倒事を避けることができているグレイアは満足そうだ。


「先んじて見積もってもらっていたからな。流石にぶっつけで提案なんてせんよ。」

「流石だ辺境伯殿。老後を楽しめるほどの余裕がある男は格が違う。」


雰囲気は崩さず、目付近を除外した表情筋を動かして微笑みながら世辞を述べる。


「ははは。妻に愛想を尽かされた結果で得た余裕だよ。褒められたものではない。」

「仮にそうだとしても、それを盾にして老害に成り下がらなかった分は褒められて然るべきだ。」


グレイアがそう話すと、客は硬かった表情を多少は崩して返答する。


「ああ、ありがとう。やはり君の言葉には多少の刺があるが、しかし世辞は上手い。」


客の言葉にグレイアはニタリと微笑み、口調は荒くなりながらも言葉を投げ続ける。


「照れ隠しなら悪質・・・それとも、他人からの評価を素直に受け取れないタチか?」

「どうだろうかね。だがしかし、どちらにせよ私はこの雰囲気が崩れる前に退散してしまいたい。生憎と私は従者を待たせているのでね。」

「ああ。案内させる。」


そしてグレイアの指が鳴り、部屋に2人目のルーエが入ってくる。


(!?)


「どうぞ。案内します。」


エルは脳内でメタ〇ギアの発見音が鳴るくらい驚いているが、ほか3人は見慣れているのか平静そのもので会話している。


「よっこいせ・・・では私はここで失礼する。楽しみにしているよ。」

「今後ともウチをご贔屓に。」


そのまま2人目のルーエは客を連れて退出し、再び部屋には3人のみとなった。


「・・・え、ご主人様。あれって?」


エルは接待用のソファーから自分の机に戻ろうとしているグレイアに質問を投げかける。


「ん?なんの事?」

「いやあの・・・その人が2人に・・・」


そうしてルーエを指さすが、グレイアは首をかしげながらさも当たり前かのように返答する。


「あれ、俺のドッペルゲンガー見てなかったっけ?分身なんてよく使うぜ?」

「あの・・・そうじゃなくて・・・」


エルの疑問が何かわからず、図上に疑問符が浮いている状態のグレイアに、ルーエが接待用の机を拭きながら助言する。


「ボス。彼女の反応は私の本物が二人いたことに対しての驚愕かと。」

「あーね。当たり前すぎて忘れてた。」


そしてグレイアは机をトントンと叩き、何かの合図を彼女に送る。

すると突然、3人の周りに大量のルーエが出現し、部屋の外周を埋め尽くす。


「まぁ、端的に言うなら・・・これがルーエの能力だってこと。それぞれが本体の命令のままに独立して活動するから仕事が捗るのなんの。」

「・・・ボス、もういいですか?」

「いいよ。疲れるのにありがとな。」


彼の一言によって分身は全て消え、能力を行使して疲労感が出たルーエは浅くため息をつく。


「はぁ・・・それで、ノリスの言っていた件は単独で?」

「ああ。あくまでもプラべで出かけるだけだから、そっちは俺の動向を感知しようとする必要はない。」

「そうですか。では帰宅する前にいつものを。」


彼女がそう言うと、グレイアのもとまでゆっくりと歩いてきて頭を差し出した。


「・・・」

「ああ、じっとしててな。」


グレイアはルーエの頭に手を置き、体内の魔力を彼女の体に移していく。


「ん・・・ぁ・・・」

「待ってろ。すぐ終わるから。」


じわじわと移っていくのが肉眼で見えるほど大量で密度の高い魔力が彼女の体へ移っていく時間は計30秒程度。その間ルーエはずっと小さく喘ぎながら魔力の受け渡しに耐えていた。


「よし。これで1ヶ月は持つ。いつもより結構多めに入れたが体調は?」

「んっ・・・特に・・・問題ありません。」


ルーエは突然大量の魔力が入ってきたことによる火照りを抑えながら、平静を装って答える。


「ご主人様、今のはなんですか?」

「魔力の受け渡し。こいつの体質が故の行動だが、今回は席を空ける期間が長くなるかもしれないからな。」


グレイアは知識の他にも経験があるのだろう。医者が診察中では異性の体に興奮しないのと同様に、彼も必要な行為の最中であれば甘い声には反応しないようだ。


「んじゃ俺達は帰るから。今日の業務はここで終わらせて、循環が安定するまでは自室で安静にするように。」

「了解しました。見送りは?」

「いらねぇって。安静にしてろ。」


彼はエルを連れて廊下に出てから立ち止まり、UIを出現させると何かを見つけたのかニッと微笑んだ。


「いいね。」

「・・・?」


エルは首を傾げたが、グレイアは構わず彼女の手を引いて魔法を起動する。


「今日はさっさと帰って支度を済ますぞ。明日は馬車で遠出だ。」


彼は嬉しそうな表情を見せると、そのまま魔法を発動させて瞬間移動した。

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