12話

「・・・で、どこまで話したっけ。」


グレイア達3人は1人のオマケを引きずりながら施設の内部を歩く。

内部と言っても外は外で、そこには施設内をジョギングしているTシャツ短パンのニキネキがちらほら見える。全く雪国ど真ん中の様相には見えない。


「襲撃者の話からですね。ボスがどの辺に目星を付けたか・・・ってヤツです。」


グレイアは組織のトップであるが故に、組織のメンバーに挨拶をされる。その都度挨拶を返しているので会話が途切れ途切れになってしまうのだ。


「ああ。こいつらを雇った人間の目星はついてる。恐らくは俺の使用人・・・エルが仕えたことのある、過去の主だろうな。」

「根拠は?」

「同じような趣味の奴を過去に1度始末したことがある。そいつと手口が似ててな。」


始末・・・オブラートに包んでいるものの、言うなれば「殺した」のだろう。


「3流を雇ってんのがその証拠・・・本来、対象を始末したいのであれば一流、少なくとも二流程度の実力があるヤツらに頼むはずだ。」

「こいつらは街中で襲ってきたんでしたっけ。」

「ああ。定石を取っても、構わず突っ込んできたらしいぜ。」

「とんでもないですね。」


(アリーナさん、戦うなら広い場所で・・・とか思ってたわけじゃないんですね。)


彼女の思考にはそれもあっただろうが・・・本来、暗殺稼業というのは静かに行うもの。「目撃者は全員始末すればいい」なんて考えはもちろん、大勢の人が行き交う大通りに自分から出るなんて本来は論外だ。


「だからこれは趣味の範疇・・・奴隷を買うような人間なんて、自分を特定できるほどの財は持っていないと踏んだんだろう。」


奴隷とは本来、使い捨ての存在であり、外部の人間に殺されたとしても新しく雇うのみの代物。

例えそれがお気に入りの存在だったとしても、わざわざ特定して殺しに行くなんて阿呆なことをする人間なんて限られる・・・どころかほぼ居ない。

というか、まず奴隷に情が湧くこと自体がおかしいのだ。


「そんなのが2人と出現する世界ですか。嫌になりますね。」

「・・・人口が多けりゃ、その分クズも多くなるし露呈もしにくくなる。仕方のないことなんだ。」

「理解はしてますがね・・・だからって割り切れは無理があるってもんです。」


そんな話をしながら歩き、到着したのは2階建てのコンクリート建造物。そこはまるで現代建築のような様相で、入口もガラス張りの自動ドアだ。


「わっ・・・」


初めての自動ドアに驚くエル。その初々しい反応に、グレイアはクスッと笑う。


「そうだよな。お前は自動ドアが初めてだった。」

「ご主人様っ・・・笑わないでください・・・」


エルは笑われて赤面し、グレイアは機嫌を取ろうと頭を撫でる。一見微笑ましい光景だが、これが行われているのが軍事基地の内部だということを忘れてはならない。


「はは・・・ノリスも初めての時は驚いてたっけなぁ?ええ?」

「うえぇ・・・俺に矛先向けないでくださいよぉ・・・」


めんどくさい上司のような言い回しをするグレイア。だがノリスの反応を見るに、いつもの事・・・という訳では無いようだ。


「というか・・・ボスが女の子を積極的に可愛がるなんて珍しいですね。」

「そりゃあなぁ。可愛いから。」

「さては。この子は中々に重い過去を───」

「おっと、そいつは俺も知らないぜ?」


褒められて赤面すればいいのか会話の内容に突っ込むべきなのか、エルは悩んだが・・・昔に教えてもらった「沈黙は金、雄弁は銀」という言葉に習う事にした。

エルの理解と本来の意味が違うのは、異世界でのご愛嬌と言うやつである。


「まぁ、そのうち話してくれると思ってる。だろ?」

「・・・はい。」

「よしよし。んじゃ行くか。」


さて閑話休題。グレイア達は再び目的地に向けて歩き出した。


「ご主人様。ここはダンジョンとかじゃ・・・」

「いや、れっきとした建造物だ。建築様式がこの世界の物じゃないだけでな。」

「この世界の物じゃない・・・?」


(ご主人様のコネクションから察するなら、知り合いの転生者に協力してもらったとか・・・?)


エルがグレイアと共に過ごしている数日間、彼女が出会った人々は殆どが名を知らぬ者なんて居ないほどの有名人だった。

であれば、他にも転生者の知り合いがいるだろう・・・と、彼女は考えたわけだ。


「さてと。今日は居るのか・・・?」


グレイアは無機質な廊下のなかで目立っている赤い扉の前で立ち止まると、そう呟いてから扉をノックした。


───コンコンコン


金属の音が静かな廊下に反響した数秒後、コツコツという足音が扉に近づいてきたかと思えば、扉が勢いよく開いた。


「誰だ!俺の・・・眠りを・・・さまた・・・げ・・・る」


中から出てきた黒髪ロン毛で目元にクマができている男性は、グレイアを見るなり態度が萎縮して声も小さくなる。


「・・・もう昼だぜヴェノム。新種の毒の開発で徹夜でもしたか?」

「ひっ・・・」


そして男性・・・ヴェノムはグレイアの圧たっぷりの台詞に耐え兼ね、後ろに下がって全力で土下座する。


「申し訳ありませんでしたああああッ!」


「うぉう。」

「・・・はぁ。」


グレイアはちょっと驚き、ノリスはまたかと頭を抑える。そしてヴェノムは土下座したままで言葉を続ける。


「新しい毒薬の開発でもう3日も寝てなくて・・・ボスに忠誠を誓っておきながら不摂生な生活を送ってしまい誠に申し訳ありませんでしたっ!」

「うん・・・とりあえず顔上げてな、ちゃんと寝ようぜ?」


徹夜どころの騒ぎではなかったので、グレイアはちゃんと心配してヴェノムを起こす 。


「うぅ・・・すいません・・・」


ヴェノムはそのままふらふらと立ち上がり、ドア横にあったパイプ椅子を展開して力無く座る。

そして近くのテーブルに置いてあったコーヒーを1口飲み、さらに1呼吸を置いてからグレイアに質問を投げかける。


「それで・・・ボスがひきずってるフードの男と横にいる女の子はなんなんです?」


「引きずってんのは俺の使用人に手ぇ出そうとした不届き者。んでこのエルフは俺の使用人だ。」

「・・・はじめまして。エルヴァと申します。エルとお呼びいただければ。」


グレイアの紹介に合わせて、エルは淑女な挨拶をした。


「ああはい・・・V-PMC所属、cobra1-4の特殊コードネーム「ヴェノム」です。ボスのメイドさんですか・・・いかにもボス好みって見た目してますね。」

「そいつは余計だアホ。」

「痛っ」


ヴェノムは椅子に座ったままで蹲り、グレイアに殴られた場所を抑えている。


「・・・ここがご主人様の運営する傭兵組織だと言うことはわかりました。ですが、色々と私の知っている傭兵とは違うのですが?」


(私の知ってる傭兵・・・???)


まず何故エルが傭兵を知っているのかツッコミたい気分だったが、グレイアはそれを飲み込んで質問に返答する。


「まぁ、まず根本から他の傭兵組織とは活動方針が違う。」

「活動方針?」

「そう。俺たちは戦争屋みたいな名前をしているが、その実───」

「あだっ!」


グレイアはエルと話しているうちにコソコソと研究室に戻ろうとしたヴェノムを魔法で強引に引き戻し、話を続ける。


「その実は護衛や人探し、能動的に動くとしても盗賊団や他傭兵団の壊滅など・・・そもそも動き方そのものから違うんだ。」


グレイアが率いるV-PMCが受け付けている依頼の殆どは護衛任務。次点で人探しであり、冒険者協会より高級な依頼場所・・・のような認識となっている。


「・・・だが、特別な事例もある。」


そう話したグレイアに、ヴェノムとノリスは答えを口にする。


「ボスが気に入らない事があったら・・・」

「徹底的に潰す。完膚なきまでに。」


覚悟ガンギマリな目付きで答える2人に、エルは少し怖がってグレイアの裾をきゅっと掴む。そしてグレイアはそれを補填するように話し始めた。


「言い方は悪いが間違ってない。要は今回みたいに身内が襲われたり、俺の知り合いや関係者に精神・肉体関係なく危害が及ぶ可能性ができた際は元凶を潰しに行くんだ。」


気に入らないこと・・・という何とも曖昧で恐ろしい表現の割に、内容は自分本位ではなく他人優先。私利私欲も多少はあるだろうが、それでも他人を行動原理にしている辺りにグレイアの人間性が垣間見える。


「私なんかのために人を殺すなんて・・・」


エルは意識した訳でも無く、咄嗟にその言葉を口にしてしまった。奴隷から解放されてまだ数日と経っていないのだから仕方ない事だが・・・グレイアはそれが気に食わない。


「こら。」

「っ・・・!」


グレイアはエルのおでこを弱い力で弾き、眼前に詰め寄る。


「んなこと言わない。これは俺がやりたいからやってるんだ。」

「・・・はい。」


弱々しくエルは返事をし、今までの主との違いに安堵したところでグレイアは再び話を切り出す。


「はぁ・・・それは後で説教するとして、問題はこいつだ。」


グレイアはそう言うと、ずっと持っていて放置していた襲撃者を魔法で直立させる。


「・・・こいつから情報を抜き取れ、ですか。」

「できるだろ?」

「やれ。と、命令くだされば。」


ヴェノムはそう言うとスっと立ち上がり、姿勢よく立って命令を待つ。


「んじゃCobra各員に通達を。内容は俺の身内に手を出そうとした不届き者・・・に命令を出した悪趣味野郎の居場所を特定して襲撃・誘拐できるよう準備することだ。詳細は今夜中に資料にして送る。」

「アイサー。把握しました。」


グレイアはそう命令し、襲撃者を直立させていた魔法を解く。


「情報は主にこいつと交渉して手に入れてくれ。支援が欲しければsinnerにも声をかけろ。」

「了解です。」


一通り命令された後、ヴェノムは魔法陣を宙に出現させて通信魔法を使用する。


『cobra1-4よりcobra各員へ一方通信。タネと命令が来たからいつもの場所で集まれ。以上。』


兵士らしい淡々とした通信を行い、ヴェノムはいそいそと移動の準備を始めた。

グレイアはそれを確認すると、ノリスの肩を叩いてハンドサインをした後、魔法で襲撃者を持ち上げて移動しているヴェノムに声をかける。


「ああ1-4、一応俺とエルは安全のために身を隠す。趣味が悪いやつは執着心がキモいって相場が決まってるからな。」


いつの間にかノリスもその場から消えており、それを見たヴェノムは何かを察したのかグレイアの方を向いて話し始めた。


「・・・あまり目立たないようにお願いしますよ?我々cobraは表の護衛任務は得意ではないので。」

「知ってる。お前らを編成したのは俺だからな。」


グレイアは笑いながらそう言うと、エルを連れて部屋の扉を閉めた。

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