11話

───グレイアが通信を受け取る十数秒前。



「そう。もっと馴染めるといいわね。」

「はい。」


アリーナとエルは近道のための路地裏を雑談しながら歩いていた。


「・・・ちよっと失礼するわね。」

「へ?」


2人で歩いていると、アリーナが急にエルを左腕で抱き抱えて前方に飛んだ。

そして次の瞬間、さっきいた場所に何者かが剣を振り下ろしながら降ってきた。


「不意打ちなんて卑怯じゃないかしら?」

「えっ・・・あの・・・」


エルは困惑しているが、アリーナは完全に臨戦態勢となり、右手には魔法を準備している。

彼女の目は確実に目の前の敵を捉えていたが、どうやら敵は1人ではなかったようだ。


「やれ。」


その言葉と共に、どこからかもう1人が彼女を刺そうと正面から突進してくる。


(狭いと不利ね。このまま抜けるしかないわ。)


アリーナは右手で結界を張り、突進攻撃を受け止めつつ後方に飛ぶ。


「追え。人目は気にするな。」


謎の数人はそのままアリーナを追いかけ、大通りへ出ていく。

そして彼女は飛び上がって空中にいる間にグレイアへの通信を送り、大通りの建物の壁にワンクッションをおいて着地する。


「うっ・・・くっ・・・」

「ごめんなさいね。すぐに片付くから我慢していて。」


重心が振られて辛そうなエルにアリーナはそう伝え、地面に下ろしてから彼女を護るように結界を張った。


「・・・あらあら。人目は気にしないタチかしら?」


アリーナはそう言いながら槍型の固有武器を取り出し、謎の4人に向けて構える。


「悪いけど、今は貴方達に構っている時間も余裕も無いのよ。消えてちょうだい。」

「はっ、んなこと知るかよ───っ!?」


「多重詠唱術式・・・」


彼女が襲撃者を蹴散らそうと魔法を構えた次の瞬間、彼女達と謎の4人だけが包まれるように、辺りに黒い霧が発生した。


「・・・?」

「なんだ・・・?」


「・・・早いわね。焦りに焦ってすっ飛んできたって所かしら。」


謎の4人は困惑し、アリーナは誰の影響か察して不敵に微笑む。


「エルちゃん、これから起こることをよく見なさい。これがあの子・・・「黒銀」の真骨頂だから。」


アリーナは困惑している4人をよそに固有武器をしまうと、エルを囲んでいる結界に寄りかかって彼女に語りかけた。


「・・・あの女の仕業じゃない。警戒しろ。」


完全に戦闘する気のなくなったアリーナをよそに、4人は辺りの警戒を始めた。

しかし既に、グレイアは攻撃を始めていたのだ。


「がっ・・・」


4人のうちの一人が音もなく無力化された。そして同時にその男は派手に吹っ飛ばされ、アリーナの張っている結界の手前まで吹っ飛んでくる。


「C!」


男のうちの一人がそう叫び、武器を構え直す。

恐らくリーダーなのだろう。先頭に立っていたし、真っ先に仲間の犠牲に反応した。


───それが、一番に死ぬ原因となった。


「っ・・・」


先程仲間の名前を叫んだ男の首が、音もなく掻っ切られた。

血がシャワーのように綺麗に飛び散り、男は首を抑えながら力無く地面に横たわる。


「!」

「この野郎!」


いつの間にかそこに居たグレイアは目からハイライトが消え、殺すと言う目的のためにしっかりと2人を捕捉している。

だが、殺気は殆ど漏れ出ていない。だから気付かれなかったのだろう。


「ぶっ殺してやる!」

「くたばれ!」


男2人はグレイアに向け、1人は飛び上がって、もう1人は突進で攻撃を仕掛けようとした。

しかし同じタイミングで攻撃を当てようとしなかったのが仇となり、飛び上がった方は攻撃を避けられてしまう。


「こンの・・・ッ!」


突進してきた方はグレイアの首を飛ばそうと首の辺りを狙って剣で薙ぐが、綺麗に頭の位置をずらされて回避され、あろうことか剣を持っていた方の腕を瞬く間に切断されてしまう。


「・・・!?」


続いて反応する間もなくグレイアの体は男の懐まで、刃は男の首まで到達した。

そしてグレイアの逆手持ちされた短剣と左手で頭を捻られ、男の首は回転しながら明後日の方向へ飛んでいく。


「ちっ・・・畜生があああああっ!」


残りの男は恐怖で発狂しつつもグレイアに刃を向けて突進して来たが、そんなのが彼に効くはずもない。


「・・・」


発狂した男が狙った棒立ちのグレイアは分身。

魔力と生体反応を隠して男の背後に回っていたグレイアは、首を目掛けて無言で刃を振り抜き、男の首を飛ばした。


「だけどやはりこの程度、彼にとっては朝飯前の運動にすら足りないわ。仮に、彼が夢の中だったとしても捌ける程度の3流・・・いや、4流以下のクズね。」


アリーナは襲ってきた男たちをそう評し、死体を移動型の魔法で綺麗に並べている彼を眺める。


「さて、貴方は・・・今の戦いを見て、彼が怖くなったかしら。」


突然の出来事で不本意だが、彼女の言葉は言うなればテスト・・・タイミンが非常に早い気もするが、しかし彼と共に居る以上、人の死は重いものではなくなってしまう。

だからこそ、ここで嫌悪感を覚えてしまっていては話にならないのだが───


「・・・」


───エルはふるふると首を振った。

しかし彼女の脚はカタカタと震えている。だが、その震えはグレイアに対するものではなく、自身が殺されるかもしれなかったという恐怖によるものであるはず。仮にグレイアに対する恐怖を持っていたとしても、それはエルを今の立場から動かすような物だろうか?


「(Void0-1よりCPへ。ゴミが3つ分あるから片付けに来てくれないか。座標は送っとく。)」


ちなみに2人が話している間、グレイアは後始末を部下に丸投げしていた。


「よし。すぐにここを離れよう。」

「・・・私、もう帰っちゃっていいかしら?」


襲撃者のうち、あえて殺さなかった1人を引きずりながら合流したグレイアに、疲れた様子のアリーナがそう口にする。


「ああ。このまま気を張らせるのも悪い。休日に戦わせたのも悪かった。」

「そこまで気にしなくてもいいけど、確かに疲れちゃったわ。貴方はこのままPMCへ?」

「そうする。こいつと交渉しないと。」


気絶している襲撃者の男を一瞥しながら、グレイアはそう言った。アリーナもこのまま屋敷に帰るようだ。


「ならもう私はお暇するわ。じゃあね。」

「ああ。戦うのはまた今度な。」

「ええ。」


アリーナはそう言いながら右手の指を鳴らした。するとエルを囲んでいた結界が消えると同時に彼女の体が光の粒子となって消え、どこかへ飛んで行った。

それを確認すると、グレイアはしゃがみこんで唸る。


「ううううううん・・・」


さながら駄々をこねる直前の子供といった風貌だが、そこに居るのは3人の襲撃者を一瞬で殺し、1人を非殺傷で無効化した男。実績と行動が全く釣り合っていない。


「ご・・・ご主人様・・・」


未だ外との視界を遮る霧は出ている。だがエルはグレイアが心配になり、結界が解けるのを確認するなり彼に近づく。


「んん・・・」


すると彼は急に立ち上がり、エルをぎゅっと抱き締めた。


「まーじで焦ったぁ・・・極氷が居なかったらどうなってたか・・・」


人を3人殺したのに一切の返り血が付いていないグレイア。そこからも、彼の実力の高さが伺える。それと同時に、まだ出会って数日の使用人に情が生まれるほど人情家だと言うことも。


「ご主人様、この人たちって・・・」

「ん、お前を狙ってた。あいつの事を「あの女」と言った時点で、極氷の事は眼中に無いことがわかったんだ。」

「そうなんですね・・・」


グレイアはエルを離し、手をとる。


「移動するぞ。ちゃんと捕まってな。」

「はい。」


暫くすると魔法が発動し、2人と1人をテレポートさせた。





「・・・到着だ。」

「!」


移動してきた先はコンクリートっぽい素材の壁が一面を飾る場所。そこには馬車が何台か並んで通れるような通路があり、踏切のようなゲートで封鎖されている。


「・・・ボス。こんにちは。」

「ボスじゃないっすか。使用人雇ったんです?」


そのゲートの門番らしき2人の男はグレイアを見るなり、頭を下げてから言葉を発する。


「ああ。この子は俺の使用人・・・んで俺が引きずってんのは俺の使用人に手を出そうとした不届き者。」

「なるほど。ヴェノムに連絡します?」

「いや、このまま行くつもりだ。お前らはそのままでいい。」

「イエッサー。」


門番はそのまま敬礼をし、グレイアとエルはその通路を通り抜ける。


「ご主人様、あの人たちの格好って・・・」

「門番のクセにラフすぎだろってか?」

「いえ・・・そこまでは・・・」

「間違ってないから別にいい。だが、気温なんて魔道具でどうにでもなるって事は覚えといて損は無い。」


グレイアはそう説明しながら通路を抜け、逆光で眩んだ景色が晴れる。


「わぁ・・・!」

「どうだ?すごい場所だろ。」


通路を抜けた先に見えた景色は、まさに近未来的な様子そのものだった。

偽装魔法で外からは隠されていた建物達が右手に見え、その中心にある建物は高さが目測50m以上ある。そして左手には大きな倉庫のような建物と黒い道路、エルは見たことがない大きな乗り物が沢山並べられていて、向こうでは人が沢山走っている。

その上、色んな音が常に鳴っている。人の声から機械的な音、爆発音に近い謎の音まで・・・とにかく色んな音が混在している。

ここは言わば軍事基地・・・それはこの世界の人間にとっては異世界に近い空間であり、異質な雰囲気を放つダンジョンのようなもの。


「・・・ボス。」


そして、いつの間にか近くに来ていた男がグレイアを呼ぶ。


「おうノリス。」

「ボス、早速ですがその左手で引きずっているモノはなんですか?」


高身長でイケメン、いかにも真面目そうな男・・・ノリスはグレイアが引きずっている襲撃者を指さして問う。


「うちの子に手ぇ出した不届き者。他は殺した。」

「ああ・・・それがさっきの?」

「そうそう。」


さらっと「うちの子」と言われ、エルは少しだけこそばゆくなる。


「えっと、ご主人様。ここって・・・」

「ん、ああ。紹介するよ。」


グレイアはそう言うと、少し間を置いてからエルの問いに答える。


「ここは俺が運営する傭兵組織、Vanguardヴァンガード Generalゼネラル Internationalインターナショナル Companyカンパニーの本拠地・・・・・要は、俺の2つ目の家だ。」


─────


おまけ


Vanguard General International Companyについて。


特に解説はしないんですが、毎度毎度この表記をするとうざったいんで・・・これ以降は大体かV-PMCと表記します。これはべつに略称とかではなく「Vanguard-PMC」、頭文字とPrivate Military Companyを合わせた表記になります。


・・・一応、この世界ではこちらが俗称となっておりますのであしからず。

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