10話
「極氷・・・ですか?」
極氷の寵愛者。その名は、奴隷の身だったエルでも耳にする機会は何度かあった。
何せ、彼女は「転生者」。それ故に貴族達からの注目が集まるのは当然でもある。
「聞いた事くらいはあるだろ?貴族相手なら、稀に話題に流れてたはずだ。」
グレイアはそう話しながら、虚空に手を突っ込んで新聞を取り出した。
「去年の夏だな。アリーナ・ノーザン領主夫人が帝都にて・・・新兵教育のためのブートキャンプを開催・・・?」
「文字通りよ。楽しかったわ。」
「ああ・・・それはよかった。」
しかし内容が意味不明だったので即座にツッコミを入れるグレイア。一介の貴族が兵士に教育をするためにイベントを起こすなど意味不明だ。
「まぁ・・・こんな感じで頭のおかしいヒトなわけだ。」
「なるほど・・・わからないです。」
「そうだろうな。」
転生者とは理解不能なスペックや脳みそをしているのはこの世界の常識なのだが、彼女は群を抜いて頭がおかしい。
「しかしコイツ、昔はマトモだったんだ。いつからか、戦うためなら盗賊団にカチコミかける狂戦士になったけど。」
「・・・もっと意味不明です。」
ちなみに、この世界における盗賊団はその辺の世界の盗賊団とは強さが違う。
その辺の傭兵団や街に駐屯している軍隊と遜色ない規模と戦力を誇っていることが多く、盗賊団そのものの数は少ないが、少なくとも俺TUEEEはできない構造になっている。
「好き勝手言ってくれるじゃない?」
「間違ったことは言ってないだろ。あの時の冷静沈着軍人系お姉さんはどこへ行ったんだ。」
「どこかへ。私だって知らないわ。」
一見すると「あらあら系」なのだが、中身は野生の
唯一の救いと言えば・・・人妻属性なところだろうか。一部のマニアには刺さるだろう。
「それよりも、まずは試験監督官としての仕事をしてきたらどう?結果を伝えなかったら試験はクリアにならないわよ?」
「・・・ん。そろそろ酒場に集まる頃合だな。」
「ええ。この子は私が面倒を見ておくからね。」
「ありがと。助かる。」
グレイアはそのまま瞬間移動でどこかへ消え、その場には再びエルとアリーナのみが残った。
「えっと・・・さっきのご主人様の話って・・・」
エルはグレイアの言うことが完全には理解出来ず、本人に解説を求めようとした。
「それより、私の屋敷に行きましょう。お茶もお菓子も用意できるわよ。」
「あっ・・・はい。お世話になります。」
「よろしい。なら行きましょうか。」
しかし都合が悪かったようで、食べ物を餌にはぐらかされてしまった。エルもそれを察し、深くは追求しない。
(・・・まぁ、貴族なんてなにか抱えてて当然ですからね。そう思うことにしましょう。)
エルはそんなことを考えながらアリーナについて行った。
~~~
冒険者ギルドに併設されている酒場にて。
「グレイア!遅かったな!」
酒場のオーナーがそう叫ぶ。
酒の場の喧騒の中でもよく通るその声は、一気にグレイアを注目の的に仕立てあげ、場の中心へと引き込んだ。
「遅かったなぁ!」
「合格なのかァ?どうなんだ!」
「不完全燃焼だからって不満そうな顔してんじゃあねぇぜ!」
そう口々に叫ぶ酒飲みのうちの一人がグレイアに近づいて肩をくもうと腕を回す。
しかしグレイアはそれを除けつつ、本日の主役のもとへ歩いていく。
「さてアイリス。酒の席で五月蝿いが話をしよう。」
グレイアが近くに歩いていくと、アイリスの隣に座っていた男は少しずれて彼の座るスペースを作る。
そのままグレイアはそこに座り、店員を呼ぶ。
「ジュースお願いします。」
店員への態度が丁寧な黒銀の様子にアイリスは驚きつつ、彼の話を聞こうと姿勢を正す。
「ああいや、そんな真面目な話じゃなくてな。」
「あっ・・・じゃあ何の話を?」
「試験は合格で決まってるから、ちょっとばかし世間話をな。」
「合格なんですね。」
「うん。」
サラッと合格通知をしたグレイアは上着を脱ぎ、虚空へと仕舞う。
「戦い方に関してはほとんど言うべきことは無い。ただ・・・」
「ただ・・・なんです?」
「使ってる魔法と、そのタイミングを見直した方がいい。特にあの魔法使いだな。」
「アヴァですか。」
アイリスはちびちびと飲み物を口にしつつ、彼の言葉に耳を傾ける。
「今回は相性が悪かったから仕方ないとして、次から戦う時はもっと攻撃を意識した方がいいと感じたな。今回はあまりにも後ろからの攻撃が足りなかった。」
「・・・なるほど。」
「巻き込まれないように・・・と意識する気持ちも理解できるが、お前のパーティーにはクソ硬いタンクも居るんだ。ある程度の
「わかりました。それで、できればオススメの魔法とかも教えていただけると・・・」
彼女はそう言うと、懐からメモとペンを取り出してメモ書きの準備をした。どうやら強さには貪欲なようだ。
その様子にグレイアは心の中で嬉しそうな笑みを零すと、そのまま話を続ける。
「堅実に行きたいのであれば拡散型の属性弾丸魔法・・・もしくは頭上からの攻撃でもいいな。どちらにせよ、一度に放つ数が多ければ相手の処理能力を圧迫しやすい。」
「では、もっと攻めたい場合は?」
「爆発魔法一択だ。できれば遠距離狙撃型・・・そこから拡散させるのもアリだが、それじゃタンクが巻き込まれすぎてジリ貧になる可能性も高い。だが上手く行けば相手にプレッシャーを与え続けることができるから、その辺は連携力との兼ね合いだな。」
「なるほど。通信魔法での連携力を強めるべき・・・と。」
言われたことの要点をまとめつつ、かなり量の多い説明を的確に理解してまとめて行くアイリス。彼女はとても教わるのが上手いようだ。
「それと、これは強い1を仕留める時の話になるが・・・お前は基本的に相手の死角に居ることを推奨する。タンクのでかい図体で相手の死角をつくり、その隙を突くようにしてお前は瞬間移動魔法を使えばいい。」
「それは・・・パーティー同士の戦いでも使えますか?」
「場合によってはな。もし、お前らが前衛から先に片付けたい・・・と思ったのであれば、ある程度の損害は承知で仕留めに行けばいい。」
「探知役からの報告があるとは言え、伝達からの把握には多少の遅延がありますもんね。」
互いに知識をぶつけ合い、有意義な会話を楽しんでいる。現代で例えるのであれば、これは対人アクションゲームのプレイヤー同士の会話と言ったところか。
「俺から言えるのはそのくらいか・・・じゃあ、今の話で何が質問は?」
「では、今メモを取ったこの部分について───」
~~~
暫く会話が続いた後、今度は件の世間話に話が移った。
「そんでまぁ・・・世間話ってのがな。お前のパーティーの魔法使いについてなんだが。」
「はぁ。引き続きアヴァちゃんの話ですか。」
「ん。そいつの立ち回りが───あっ。ありがとうございます。」
グレイアはストロー付きの飲み物を受け取り、二口ほど飲んでから話を再開する。
「で、その魔法使いの立ち回りが、俺の知り合いに似てて。」
「黒銀さんの知り合い・・・」
「ああ。そんでもって口調まで似てて。」
(さっきの話もそうだけど、この人・・・あの激しい戦闘の最中に一人一人の動き方まで気にかけてたってこと・・・?)
さすがSランクだと驚きつつ、アイリスはグレイアの話に耳を傾ける。
「そいつの2つ名はたしか・・・「
「・・・目が死んでる?」
「そうそう。会ったことあるか?」
「会ったも何も・・・私たちをBランクに推薦して、かつ試験官に貴方を指名したのは紅玉狐さんですよ。」
ちなみに、本来BランクやAランクは一定以上の期間を冒険者として活動していなければ昇格できない。しかし特例として「推薦」という制度がある。
Bランクかそれ以上の冒険者がCランクの冒険者を推薦して試験を受けさせることができ、推薦者は昇格試験受験者の冒険者履歴に名が刻まれる。
そのため、試験官と合わせて「強い推薦者と強い試験官」が履歴にある冒険者はそれ相応に信頼されるのだ。
「つまり・・・アイリスちゃんは紅玉狐に推薦されて、そのうえ黒銀に試されたBランク冒険者ってことかい?」
「そりゃすげぇ。期待のルーキーから絶対に信頼出来る1人前まで1ヶ月で成り上がっちまった。」
近くにいた酔っ払い2人が口を挟む。普通の冒険者から見れば頭のおかしい快挙だし、いくら才能のある人間がゴロゴロ居るとはいえど、ここまで運がいい者もあまり居ないだろう。
「・・・それと、アヴァは紅玉狐さんの一番弟子です。喋り方も師に近づくためだとか。」
「それでか。妙な既視感は。」
「はい。ですが私はさっきまで「黒銀」という存在は知りませんでしたし、紅玉狐さんも「あいつ」としか言っていませんでした。」
「そうだろうな、紅玉狐は俺のことを頑なに名前で呼ばない。特定の2つ名を除いてだが。」
グレイアはそう言うと、突然興味が湧いたのか、紅玉狐の居場所をアイリスに訊ねる。
「そういえば、あいつは今どこに?お前らと会ったのなら、別にそう遠くはないはずだが。」
「ここからもっと北に行った所にあるスラヴェルに向かうと言っていました。理由は話してくれませんでしたが・・・」
「スラヴェルはたしか・・・奴隷商人の街か。あいつ奴隷なんか買ってどうする気だ?」
彼はしばらく悩んだ後、考えることをやめてアイリスに質問を投げかけた。
「ん・・・そういえば、お前らは無事にBランクになった訳だが、これから向かう場所とかは考えてるのか?」
Bランクは冒険者における大台だ。このランクは冒険者における一人前の証明であり、だいたいの冒険者はAランクを目指さずにここで止める。
その場合、まず貯まった金で観光したりするのだが・・・アイリス達はどんな行動をするのかと、グレイアは気になっているのだ。
「いえ、今は特にない・・・ですが、どこか観光できる場所には行きたいなとパーティーメンバーで考えてはいます。」
アイリス達にとっては期末テスト後の余暇に近いわけで、それなら遠出をしてみようという話だろう。
「ならフェアリアはどうだ?」
「エルフの国・・・ですか。」
「ん。そろそろ祭りもあるし、南から大回りで向かえば丁度いいくらいだろ。」
「なるほど・・・」
グレイアは基本的な地理や国の特色はほぼ全て把握している。どこに行こうか迷っている冒険者に行き先を提案するのは試験後の恒例行事であり、彼の十八番なのだ。
「役に立ったか?」
「はい。ありがとうございます。」
「なら良かった。それじゃ俺はこのあたりで・・・」
そう言いながらグレイアはジュースを飲み干し、その場を立ち去ろうと席から立った。そこへ、通信魔法が入ってくる。
「んぁ・・・」
渋々応答するグレイア。相手はアリーナで、声にはノイズがかかっている。
「(ちょっとばかし悪い子達に囲まれちゃったわ。街中で君の使用人を守りながら戦うのは少しキツいから、今すぐに応援に来てくれる?)」
通信の内容は面倒事が降りかかったという通知。グレイアは深くため息をついた後、面倒くさそうに呟いた。
「んだよ・・・せっかくいい気分だったのに・・・」
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