9話

期待のルーキーと称されるパーティーのランク昇格試験を監督しているグレイアは、時間内にキレイに収めるため、一気に戦闘方法を変えて敵のチームワークを崩しにかかる。


「・・・お願いね!」

「了解だ。」


アイリスが選んだのは、自ら傀儡を食い止め、イシンと共に時間を稼ぐ方法。もう接近戦では勝てないと悟り、アヴァの魔法に全てを掛けることにしたのだ。


「逃がすわけないよな・・・?」


傀儡を止めようと身体強化をフルに使って移動するアイリスを、グレイアは邪魔しようと瞬間移動で回り込む。


「「ブリンク」ッ!」

「うわっ。」


それに続いてイシンもグレイア目掛けて突進し、彼を押しつぶさんとする勢いのまま、グレイアをアイリスの前から退かす。


(馬鹿力・・・)

「うおぉぉああぁぁぁッ!」


イシンは自身の筋力と魔力の全てを用い、グレイアを本気で殺すつもりで殴打する。

それをグレイアは前腕に防御魔法を付与しつつ目の前に構え、ピーカブースタイルのようにして受け止める。


(下手に避けようとしたら食らうなこれは・・・)

「うらぁッ!」


対処を考えていたグレイアのもとに、下からイシンの拳が飛んでくる。


(・・・隙が出来た。このまま来るか?)

「隙が出来たな・・・これで決めてやるッ!」


ガードを崩せたイシンは、グレイアのみぞおち付近を目掛けて大振りの一撃を食らわそうとした。

しかし、それは彼の想定内。イシンの拳が入ったと同時に、グレイアの体は霧のようになってしまい、イシンの拳は虚空を殴りつけることになってしまう。


「なっ・・・」


全く見ることの無い魔法にイシンは混乱するが、直ぐに体勢を建て直して後ろを拳で薙ぎ払う。

しかしそれは2重のブラフだった。彼の後ろに気配を残したまま、グレイアはイシンの頭上を経由して懐に潜り込んだのだ。


(咄嗟の状況なら簡易的な魔力感知で敵の位置を大雑把に把握するしかない。であれば・・・)

「ごあっ・・・!」


容赦のない蹴りがイシンの腹にめり込む。とんでもなく硬かった彼の肌を貫通し、グレイアの足はイシンの腹にダメージを与えた。


「ぐっ・・・おああぁぁぁッ!」

(うぇっ!?)


しかしイシンはグレイアの脚を掴んで位置を固定。そのままグレイアの体を引き寄せて拘束した。


(おっと・・・まさか・・・?)


予想外のパワーで食いついてきたイシンに楽しくなっていたグレイアは、他3人の方に気を配っておらず、探知魔法を解いてしまっていた。

つまり、向こうが何をしていようと感知できていなかったということである。


(さっき出した傀儡はそこまで強くない・・・下手したらアッサリ倒されて体勢を立て直されてるとかそんなこと・・・)


拘束されたままでやっとこさ魔力視を発動させたグレイアが見たのは、ほぼ完璧な隠蔽魔法と、その中で溜められていた何かの攻撃魔法だった。


(あったな・・・やらかしだよホント。)


グレイアが魔力視を使っていることを感知したのか、隠蔽魔法は解かれ、強力な魔法が顕になる。


(まずいな・・・)

「今だカナタ!アヴァ!撃てェーーーーッ!」


緊張感がないグレイアと、必死に彼を掴んで合図を送るイシン。正反対の状態の2人のもとに向けて、カナタとアヴァの魔法が放たれる。


「「ドラゴン・イーター」」

「「ライトニング・ストライク」ッ!」


竜の頭部を模した巨大な炎と、上空から雷と共に降下してくる巨大な矢。2つともかなりの上位魔法で、それを溜めるにはそれなりの時間が必要だったことは想像に難くない。


(ご丁寧に転移阻害まで展開とは。ここは今回の反省点として覚えておこう。)


グレイアはそう後悔し、同時に過剰な手加減を諦め、いつも使っている魔法を発動した。


「「奇術・分身体生成ドッペルゲンガー」」


彼の魔法は分身体を生成するだけではない。生成した分身体の中に魔法を仕込むことで、先程のような煙幕や、分身体との位置を入れ替える時空間魔法などを使うことができる。

普通の戦闘で使われる転移魔法は自身の存在する場所そのものを転移先の空間と入れ替えるのに対し、時空間魔法は「入れ替える」のではなく「ねじ込む」といった表現が正しいものとなる。

これは一部の魔法・・・遠距離起動型の爆裂魔法などの発動方法に該当し、一般には「現象をねじ込む方法」と表現される。そのため、魔法発動のコストは異常に高く、彼のように何かに術式を刻んで発動するなどの工夫をしないと頻繁には使えない。

そして、転移阻害魔法は一部の魔法を通すことが出来ないというデメリットを抱えないため、転移魔法の特性である「入れ替える」という行為のみを遮断する。

無論、時空間魔法による瞬間移動は遮断することができない。


「俺諸共食らってもらうぞ・・・黒銀ッ!」


つまり・・・彼の覚悟は無駄なのだ。


「ばーか」


グレイアはそう吐き捨て、分身体と位置を入れ替えた。しかしイシンには、彼が負け惜しみを言ったように聞こえただろう。

そのまま2つの魔法はイシンとグレイアの分身体に直撃し、イシンのみに大ダメージを与える。


「っは・・・これで・・・・・っ!?」


そこでイシンは気付く。この攻撃を受けたのが自分だけだったことに。

そこに追い打ちをかけるように、分身体が消えた場所から睡眠誘発魔法が宙にばら撒かれる。


「んな・・・馬鹿な・・・っ」


誰にも悟られぬ土煙の中、イシンは無念のうちに大地に伏すこととなった。別に死んでないけど。


(魔力の反応が弱く・・・やった・・・?)


グレイアの分身体がその場に残した魔力の残滓にまんまと騙されているカナタは、警戒している2人を差し置いてそわそわと喜びを湧かせている。


「このまま終わるわけ・・・」

「警戒するんじゃ。また先程のように・・・」


対して2人は警戒を最大限に高め、グレイアを警戒する。

しかし盲点だったのは、このパーティーの索敵担当が勝利したと勘違いして浮かれていたことだろう。


「気をつけて。カナ・・・タ・・・・・ああぁッ!」

「っはは。いい顔だ。」


カナタは既にやられていた。グレイアは前線から隠密まで、ほぼ全ての役割をこなせるオールラウンダー・・・どころの騒ぎではない。色々できすぎて厄介この上ない。アイリス達が不憫だ。


「人質はとった。どう行動する?」


グレイアは再びカナタの首根っこをつかみ、盾のように前に置く。

それを見たアイリスは再びグレイアの腕を切断しようと切りかかるが・・・


「(フレイム・・・)」

「2度通じるとでも?」


まぁ通じる訳もなく、瞬時にカナタの首から離した左手で軽々と刃を掴まれてしまう。


(でも掴んだなら切れる。このまま・・・)

「切断しよう・・・なんて思ってんだろ?」

「は・・・?」


アイリスの刃は全く通らない。並の結界なら軽々と切断できるはずの彼女の刃が、人1人の皮膚する傷つけることができていない。


「阿呆!黒銀は近接戦の特異点だと警告を───」


アイリスの後方からアヴァが叫び、グレイアの場所にピンポイントで攻撃魔法を打ち込もうとする。


「その通り。俺はその点において変態なんだ。」

「結界で・・・手を・・・!?」


「ご名答。だが気付くのが遅かったな。」


そう言うとグレイアはアイリスを上に投げ飛ばし、時限式の身体強化を自身に付与して一瞬で彼女に追いついた刹那、ダブル・スレッジ・ハンマードラゴン〇ールでよくあるアレで彼女を地面へと殴り落とした。


「がっ・・・ぁ!?」


アイリスは受け身を取る間もなく地面へ激突し、完全な戦闘不能状態に陥った。

そしてグレイアは空中でそれを見下ろし、残り時間を確認する。


「あとは1人。残り時間は───」


「フレイム・バレット」


突然後ろで聞こえた詠唱の声に反応したグレイアは、その場を短距離瞬間移動で離れる。


「いっ・・・」


かと思えば、退避した先で背中を攻撃され、グレイアは声を上げて驚いた。


「1段目はブラフ・・・油断したのう?」


声のする方に居たのはアヴァ。背中に翼を生やし、滞空している。


(・・・そういえば見逃してた。)


そもそも彼は、ガチの殺し合いでない限り後衛を攻撃することはあまりない。なぜなら、普通は前衛を片付けた時点で勝負は終わるし、わざわざオーバーキルをする言われもないからである。


「こっちは黒銀と戦いたかったから来たのじゃ。であればお主の必殺を見るまで・・・おちおちと負けてはいられぬ。」


黙って話を聞き、まるで彼女の口上に乗っているフリをしているが、今まさに彼が考えていることは終わるまでの時間のみ。全く彼女らの希望など眼中に無い。


「言うなれば、奥義というワケじゃな。わしら竜族の・・・」

(・・・申し訳ないが、時間的に撃ち合いは無理か。)


ひとりで盛り上がるアヴァをよそに、グレイアはいくつかの術式を準備して待ち構える。

対して彼女はその様子に驚きつつも、構わず術式の構築を続けた。


「棒立ちとは。わしも舐められたものだ!」

(いや、でも・・・素直に無効化すると味気ないか。期待のルーキーとしての名声を鑑みても、どうせなら派手に締めたほうがこいつらの格も落ちないだろう。)


時間が無いことは重々承知であったが、なんとなく気分が乗ったので、グレイアは彼女の魔法に対抗して自身の「代名詞」となっている魔法を撃つことに決めた。


「そうだな・・・俺も、ひとつ奥義を見せてやろう。」

「・・・!」


その瞬間、グレイアの表情がきゅっと引きしまり、放出している魔力がさらに圧力を帯びる。

次に彼は両手を重ねて突き出し、魔法の詠唱を開始する。


「転換圧縮詠唱───」

「なっ、それは複数人での・・・!」


圧縮詠唱・・・それは本来、儀式を執り行って発動するような魔法をひとりで発動させるための、言わば人体の構造を無視した無理のある代物。

それを行うには使用する魔法への尋常ならざる理解と明確な想像力が必須であり、そこからひねり出された詠唱は音声として聞き取れない言葉として発される。


「□□」


本来は何かしらの言葉であろうが、今は言語として聞き取れない三音を口にしたグレイアの周囲には、吸ったら死にそうな程度の雰囲気を漂わせる黒い霧がじわじわと発生している。

その様子を見たアヴァは、目の前の光景に何とも言えない恐ろしさを感じ、焦燥感から彼の詠唱完了を待たずに魔法を展開しようとする。


「たっ・・・多重術式詠唱!」


「「虚無すら喰らう悪食ヴォイド・イーター」」


グレイアはアヴァの焦りようには一切の反応を示さず、むしろ「待ってやる」と言わんばかりの表情で詠唱を終えた。

それを見た彼女は焦燥のままに魔法を展開し、全力で魔力を放出する。


「「極炎龍の息吹」ッ!」


アヴァの詠唱完了を皮切りに、ふたりの魔法がそれぞれ放たれる。

グレイアがその両手から魔力を解放すると、それはまるでブラックホールのような・・・辺りの光すらも全て飲み込んでしまいかねないという恐怖を覚えるような、そんな様相を全面に押し出しながら一直線に対象へと突き進む。

対して彼女が繰り出した、竜の体躯を模した炎の塊。それは凄まじい魔力を纏いながら、果敢に目の前の・・・言うなれば「虚無」と形容すべき容姿の物体に立ち向かった。

しかし、その相手は赤子の手をひねる程度の気分で国ひとつを消し飛ばせるほどの実力を持つ男。


「く・・・ああ・・・!」


必死の抵抗・・・すら出来ていたかも怪しい有様で、アヴァの放った奥義魔法はグレイアの放った魔法に打ち消される。否、飲み込まれる。

周囲の大気すらも巻き込み、その内部に含まれる魔力も同じ色へと変色させていく彼の圧倒的な魔力濃度は留まるところを知らない。

彼自身、できる限り手加減をしているはずだった。だが現状はこれであり、内心「やっちまった」と思っていることだろう。


(これは避けられん・・・わしはここで死───)


目前まで迫り来る魔力の塊はもう「死」そのものと感じるレベルで、一般の魔法使いにとってはヤバい代物である。

カテゴライズ自体も本来は1し、防御なんて考慮のうちに入れるまでもなく、発動されればほぼ確実に死が待っている魔法であった。


「・・・強すぎたな。」


だが・・・やはりSランク。

何から何まで規格外の集団の中でも、さらに最上級に位置する男の実力は伊達ではなかった。

彼はアヴァの目の前に瞬間移動し、自身の放った魔法を詠唱すらせず生成したで1ミリも揺らぐことなく相殺してのけた。


「さて、どこか欠損はないか───」


そして次の瞬間、制限時間に達したことによって観客席との間の結界が解かれ、盛大なゴングと歓声が鳴り響いた。


「・・・?」

「終わった・・・?」


実感のない唐突な終わり方。彼女らは驚きを隠せない。

すると、右手にのこった魔法の残滓を振り払っているグレイアが、どうにもなんとも言えない声色で彼女に言葉を残す。


「はぁ・・・これで試験は終わりだ。お前たちのこれからの活動に期待している。」


グレイアはマニュアル通りに、期待していると発言したが、声色だけでなく表情も優れない。なんだか消化不良というか、楽しんでいた遊びに水を刺された子供のような。そんな表情をしている。


「え・・・あ・・・終わり・・・?」


アヴァも突然の試験終了に困惑し、その場に浮き尽くしている。そんな微妙な空気のフィールドへ、ギルドの職員が5人ほど入ってきた。


「怪我の手当をしますので!パーティーの皆さんは集まってください!」


試験後の治療までしっかりとサポートするために来た職員達。しかしグレイアは彼らに構わず、その場から瞬間移動で姿を消した。


「黒銀・・・っ、と。相変わらず立ち去るのが早いのう。」


アヴァはそう呟きながら頭をかき、下で治療されている仲間の元へ降りていった。



~~~



グレイアが移動してきた先はアリーナとエルが居る観客席のVIPルーム。

比較的高い場所に設置されているので場所が分かりやすく、中に誰が居るかも一目瞭然だった。


「アリーナ。」

「あら黒銀様、試験監督ご苦労さま。」


アリーナは若干からかいながらグレイアを労う。

しかし彼はそれが気に入らず、普通に顔を顰めて舌打ちをする。


「ちっ・・・こういう時だけ2つ名で呼びやがって。」

「あら。欲求不満を他人への八つ当たりで解消するのはどうかと思うわよ?」

「だからって煽るのはもっとタチが悪いんだよ。」


早速バチバチな雰囲気を漂わせる2人に困惑しつつも、エルは自分が空気になっていることに気づいて言葉を発する。


「あ・・・えっと・・・お疲れ様でしたっ!」


とんでもなく強い2人の圧に当てられたエルは、若干テンパりながらもグレイアに労いの言葉を投げかけた。


「ああ、ありがと。」


その様子に彼は頬を少し緩め、エルに近づいて頭を撫でた。


「随分と態度違わなぁい?」


それを見たアリーナは不満げにそう言うが、グレイアは顔を無表情に戻して返答する。


「理由なんてよく考えなくても分かるはずだ。俺と刃を交えたいなら、わざわざ煽るような言動をせずに素直に言えばいいものを・・・」

「あらあら、わかってたの?」

「何十年の付き合いだと思ってんだ。」


慣れた様子でそう言うグレイアだが、どうにも気乗りはしていないようだ。


「あの・・・ひとつ質問をいいですか・・・?」


そこへエルの言葉が飛んでくる。目の前で色々と起こりすぎていて、彼女からしてみれば、質問したいことなんて山ほどあるのだ。


「ああ。」

「はい・・・あの・・・アリーナさんって・・・何者なんですか?」


至極真っ当な質問だ。普通の貴族が冒険者のランク昇格試験を見物しに来るなんて聞いたことがないし、なんなら主人が同伴していないこと鑑みると完全に夫人個人の趣味だ。

そのうえグレイアが発した「何十年の付き合い」。

どう考えても彼女・・・アリーナは「普通」ではない。


「・・・アリーナ、言っていいか?」

「良いわよ。別に知られたところで困るもんじゃなし。それどころか、この街なら常識でしょう?」

「そうだったな。」


多少躊躇いはしたものの、意外にもあっさりと許可された彼女の正体は、とても意外なものだった。


「端的に言おう。こいつは極氷の寵愛者、かつては女帝と呼ばれた転生者だ。」




─────


オマケ


冒険者のランクに付随する実力の目安について。

冒険者のランクはDからSまで存在し、冒険者のランクから来るイメージは以下の通りとなる。


D・・・登録したてのルーキー。

C・・・普通の冒険者。ちょっと弱め。

B・・・ちゃんと強い冒険者。

A・・・エリート冒険者。かなり強い。

S・・・一人一人が国ひとつを滅ぼせる強さ。


特にSランクは特定の分野に秀でている者が多く、その分野と合わせて「○○においての特異点」なんて言われたりする。

グレイアは近接戦における特異点。


ちなみに人口はCが1番多く、Bが2番、続いてD、A、Sとなる。Sは人数が一桁しか居ないので、メンバーの殆どが顔見知りだったりする。

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