8話

───エルがアリーナと会う少し前



冒険者ギルドの闘技場待機部屋にて、グレイアは4人の冒険者と顔を合わせていた。


「さてと。アイリス、イシン、カナタ、アヴァ。この4人がBランクに昇格する試験を受ける・・・と。合っているな?」


4人に向けてそう確認するグレイア。彼の顔は完全に「仕事モード」になっており、エルやティアと話していた時の雰囲気は無い。


「試験官のグレイア・ベイセルだ。ここまで来たなら名前くらい知ってんだろ?」


「知っとる。かの有名な「黒銀」じゃろ。」


4人の中のひとり、頭にツノが2本生えたロリ・・・アヴァが腕を組んで得意げに返答する。しかしアイリスは知らないようだ。


「黒銀って・・・?」

「マジ?アイちゃん知らないの?」

「うん・・・まぁ・・・」

「マジすか姉貴・・・俺ら前線手の憧れっすよ?」


その様子にボクっ娘のカナタと巨漢のイシンは信じられない様子のようだが、アイリスは変わらずキョトンとした顔で首を傾げている。

グレイアはその様子に目もくれずに腕時計を一瞥すると、右手を掲げて4人に声をかける。


「・・・用意しろ。時間だ。」


Sランクの冒険者であるグレイアの声は、この4人の意識を一瞬で自分に集中させた。

一言で表すなら「ただならぬ雰囲気」。それを一瞬で作り出したのだ。


「いいか。いつも通りに戦えばいい。俺は凄く強い人型の魔物だと思え。確実に討伐するつもりで戦うんだ。分かったな?」


そう言うと、グレイアは4人の答えを待たずに指を鳴らした。

すると5人は一瞬でフィールドに瞬間移動し、辺りから歓声が響き渡る。


「それと・・・」


グレイアは目の前に立つ4人に向けて威圧感たっぷりに警告する。


「お相手は貴方ひとりですか?」


相手の少なさに疑問を覚えたアイリスがグレイアに質問をする。


「だから信頼される。Sランクは皆、何かしらの分野において変態なんだ。信頼という一点において、俺以上に評価されている冒険者は1人しかいない。」


そう返しながら、グレイアは自身の固有武器を取り出す。


千変万化せんぺんばんか・・・短剣。」


彼が武器を取り出している間、訓練場の観戦席のボルテージが段々と上がっていた。それに合わせて、「やれーっ!」や「期待してるぞ!」等々の言葉が次々に投げ込まれる。


「私たちは期待されていると。」

「プレッシャーが凄いのう・・・」


歓声のお陰でアイリスが緊張を露わにし、アヴァが愚痴を漏らす。


「・・・安心しろ。試験が始まった瞬間、このフィールドに外部情報は一切入ってこなくなる。」


グレイアは内なる期待とは裏腹に、自身の思考を悟らせないために自己証明を行使する。これにより、彼の感情の一切合切と一部の感覚は遮断される。


「カウントダウンだ。10秒後にステージは変化し、公開昇格試験は始まる。」


その言葉を聞いた4人は固有武器を取り出し、各々の立ち位置で武器を構える。


「5…」


「4…」


「3…」


「2…」


「1…」


カウントダウンがゼロになった刹那、一瞬もしない間にフィールドを囲う結界が構成され、同時発動した空間操作魔法によって壁に囲まれた平原が出現した。


「・・・始めよう。」


冷徹な声色で発せられた一言とともに、歴代一盛り上がっているBランク昇格試験が幕を上げた。



~~~



一方エルはというと、アリーナと一緒にグレイアのを見守っていた。


「・・・私は久しぶりに見るわね。グレイアがちゃんと遊ぶところ。」

「遊ぶ・・・?本気を出すのではなく・・・?」

「そうよ。強いというのは難儀なものでね、軽々と実力を出せば相手は直ぐに倒されてしまう。だから楽しんで戦う相手・・・言い換えれば、新しい玩具っていうのが久しぶりなの。」


彼女の言葉と、今現在エルの目に写っている情景は一致していない。グレイアは自己証明を行使して感情を消しているし、態度はとても楽しそうには見えない。


「お世辞にも楽しそうには見えませんが・・・」


しかしアリーナは余裕そうにそれを否定する。


「あらあら、この時点で結論を出すのは早いわよ。」

「そうですか?」

「ええ。ゆっくりと観戦しましょう。もしかしたら、後でもう一度・・・あの子が戦う姿が見れるかもね。」


彼女が何を言いたいのか分からなかったエルは、彼女の顔と心を覗いてみた。


(今回はどれだけ楽しめるかしら。あの子にとって、久しぶりの「遊べるライン」の人材が・・・)


内容に目をつぶれば、まるで息子を見守るような、非常に母性に溢れた彼女の心境に、エルは少し面食らったような表情を浮かべる。


「とりあえず、参考にするだけしてみます。」


どう答えればいいか分からず、エルはとりあえず観戦して主の動きをことに徹することにした。



~~~



対してフィールドである。

開始の合図とともに睨み合いを始めた1人と4人の居る空間は、とてつもない緊張感に包まれていた。


「・・・カナタとアヴァはそこで援護。イシンはここで2人を守って。」


「わかった。」

「任せるのじゃ。」

「了解だ姉貴。」


(その場で対応・・・いや、いつもこのフォーメーションで戦ってんのか。)


グレイアは早速4人の分析と評価を開始した。珍しくNには頼らず、ひとりで一切合切を処理する構えだ。


「じゃあ戦闘開始!行くよ!」


アイリスは伸びをすると、脚に集中した身体強化をかけて姿を消した。


(姿が消えた。偽装か隠蔽か、どちらにせよ、奥の魔法使いのせいだな。)


魔力の流れからそう予測したグレイアだが、自分ルールで先制攻撃はしないと決めている。


「くらえ!「クエイク・ウェーブスロウ」ッ!」


意外や意外。先制して攻撃してきたのはタンク役らしき大男だった。

彼の放った魔法は地面を伝い、巨大な土砂の波となってグレイアへ迫り来る。


(恐らく、効かないのは織り込み済みだろうな。なら弾いてみるか。)


対応を考えたグレイアは、空いている左手を前に突き出して魔力を溜める。


「ティア、魔法借りるぞ。」


一言の断りと共に放たれた雫のような魔法は、彼の手から重力を無視してこぼれ落ち、土砂の津波に波紋を映し出した。


「「アンチマジック・リフレイン」」


グレイアが詠唱した刹那、彼に迫っていた土砂の波がピタリと動きを止めた・・・かと思えば、今度は反転して後衛の3人目掛けて迫っていく。


「んで後ろだろ?」

(!?)


グレイアはそう呟きながら後ろを薙ぎ払う。すると頬に浅く切り傷をつけたアイリスが出現した。


「ぐっ・・・」

「反応が早いな。ノーマークだったはずだが?」


アイリスは居場所がバレたことに焦りながらも、冷静に自己証明を発動させながら、切りつけてくるグレイアの刃を避け、受け流し、弾く。


(なんで気づかれてっ・・・それに、身体強化の気配がないのに動きが速い!)


通常、この世界において身体強化魔法や探知魔法は一人の人間が並列して起動し続けることはほぼ不可能である。

なぜなら、魔法の複数起動による処理に必要なリソースが通常の脳では足りず、あまりの情報量に脳みそが文字通り溶け落ちてしまうからである。


(身体強化魔法じゃなくて探知魔法を起動している。だから私の攻撃位置は把握されていた!)


であれば、なぜ彼は身体強化魔法を全身に付与した彼女を圧倒できているのか。それは彼の自己証明が身体強化魔法の代わりを果たしているからである。


(イシンの援護も来る気配がない。まさか、この人は私の相手をしながらアイツらの足止めを・・・!?)


済ました顔のまま、右腕でアイリスを、左腕から放たれる魔法で他3人を相手取り、一切の受動的な行動を見せずに立ち回っている。

彼のその戦い、立ち回りをサポートしているのは、彼が持つ自己証明のひとつである「自己改造」。

これは「自身が記憶している知識のもと、使用者の身体を任意に改造することができる。」という代物であり、逆に言えば知識がなければ全く役に立たないという非常にピーキーなもの。

ついでに改造内容にも制限があり、それは「改造は人間を構成する物質のみで行う」ということ。

そして重すぎる前提条件と、はっきり言って余計である制限があるためか・・・この自己証明には対価が存在しない。

使いようによっては、凄まじく下品で面白くない戦い方だって出来るというのに。


(自己証明を全力で使っても追いつけない!?)


現に、彼は近接戦闘におけるリスクのひとつである「身体強化魔法を使用している間は敵の接近を探知できない」という問題を、たった一人でクリアしている。普通は仲間と連携して対処する問題をたった一人で・・・だ。


(魔法を使わずにこれって・・・!)


対して、グレイアに相対する彼女の自己証明は単純明快。聴覚を犠牲にする代わりに世界がスローに見える能力だ。


(まずい。流石にSランク相手じゃ接近戦は難しい・・・!)


しかし、彼女の身体強化魔法は練度が低かった。いくら手加減をされているとはいえ、Sランクを相手取るには荷が重い。

そのためアイリスは上半身に身体強化を集中させてグレイアとの差を埋めようとするが、上手くいかずに鍔迫り合いにまで追い込まれてしまう。


「カナタ・・・っ!」


押されて苦しそうに言葉を捻り出したアイリス。そしてその合図でグレイアの隙をつき、直上に後衛のはずだったカナタが現れた。


「ボクの矢をくらえっ!」

(俺の頭上か。生命反応の位置から鑑みても異常な跳躍力。だが身体強化の気は感じられない。)


5本を一気につがえて発射しようとしているカナタ。グレイアはそれを魔力視で確認すると、アイリスのすねを蹴って体勢を崩し、それと同時に剣を弾きつつ、矢を避けるためにタイミングよくバク宙で後ろへ引く。


(かかった・・・!)


しかし後ろではイシンが拳を構えて待機しており、今まさに解放せんと言わんばかりの魔力を隠蔽しながら溜め込んでいた。


「わお。」


一見ピンチな状況とは裏腹に、グレイアはまるで彼の位置がわかっていたかのように楽しそうな表情を見せると、体の一部から魔力を放出して姿勢を制御しつつ移動をブースト。イシンの拳を上手いこと避けつつ懐まで潜り込み、固有武器を小手に変化させると、イシンのその重厚な巨体を一本背負いで遠くまで投げ飛ばした。


「うおあああああ!」


予想外の出来事に叫びながら吹っ飛んでいくイシン。それを後衛で待機していたアヴァが魔法でキャッチしつつ、彼女のバフがかかったアイリスがグレイアの視界の外から迫る。


「「フレイム・エンチャント」ーッ!」


アイリスは固有武器に炎属性と刃をさらに鋭利にする効果を兼ねた魔法を付与し、グレイアの視界外から全速力で奇襲をかける。


「・・・♪」


しかし、相変わらずグレイアはそれを把握しており、ギロリとアイリスの方を向くと、迫り来る彼女の刃を小手で外側にいなす。


「なっ・・・!」

「直線的だな。」


グレイアはそのままアイリスの腹に拳をめり込ませ、付与しておいた魔法を起動して拳を爆破する。


「がっ・・・!」


アイリスは爆発によって勢いよく後方へと吹っ飛んでいく。

そこへイシンが現れて彼女をキャッチし、衝撃を殺しながら踏ん張りつつ壁際まで滑っていく。


「この・・・!」

「やってくれるのう!」


そこへ挟み込むようにカナタとアヴァがそれぞれ攻撃を放つ。発動前の隙が少しあったが、グレイアはわざわざそれを待機して待った。


「「アロー・レイン」」

「「エクスプロージョン」」


単純な矢の雨と単純な爆発魔法。それは前衛の2人が体勢を立て直す時間を稼ぐためのものであるのだろうが、グレイアはそれを利用しようとあえて受けることにした。


「・・・」


そのまま矢と魔法はグレイアに命中し、彼の魔力反応が消えるとともにフィールドが静かになる。


「やった?」


カナタの呟きがフィールドに響き渡る・・・が、そこへアイリスの叫び声が被さる。


「油断しないで!相手は私たちを分散させて各個撃破するつもりよ!」


アイリスはそのまま剣を構え直し、グレイアがどこから来るか警戒する。

そこへ、どこからともなく彼の言葉が響く。


「さて、戦闘も楽しくなってきた所で・・・少しお遊びといこう。」

「何?」

「・・・運試しだ。」


彼はその宣言とともに、指を鳴らして魔法を起動する。それに付随した説明もぬかりなく、彼は楽しむためなら色々な手を使うようだ。


「シュレディンガーの猫・・・の名を借りた魔法が入った箱を2つ配置した。その箱が弾けた時、運が良ければ2人は助かる。しかし運が悪ければ、2人ともリタイアだ。」


「なんじゃと?」

(ボクの後ろ・・・!)


2人は後ろの魔力反応に驚き、アイリスは案の定だと顔を顰める。なぜならメンバーのうち2人の後ろには正体不明の箱がひとつずつ。

グレイアは戦法を変え、オーディエンスを楽しませるために運ゲーのオリジナル魔法を発動した。

アイリス自身は「シュレディンガーの猫」がどういう物かを知らないが、少なくともロクでもない事になるのは理解できている。


「さあ、結果はどうなる?」


彼の言葉とともに、2人の背後にある箱が勢いよく煙を吐きながら弾けた。


「「アヴィサル・バレット」ッ!」


「「パワーリット・ストライク」!」


2人はその箱に向けて全力で攻撃を行い、アイリスとイシンはそれぞれに向けて全力で近づこうと走り出す。

しかし、もう遅かった。


「これ・・・ボク・・・だ・・・っ」


カナタが突然、自身の首を抑えながらもがき苦しみ始めた。フラフラと覚束無い足取りで立っているのがやっとで、今にも倒れそうになっている。


「カナタ!」

「あいつの首に、何が巻きついている!?」


アヴァと合流しようとしていたイシンと、カナタのもとへ向かっていたアイリスは、彼女の首に巻きついている透明な「何か」に気づいた。


「無論・・・猫だ。あの実験の名を借りたからには、流石に攻撃のヴィジョンは猫じゃなくちゃ。」


そこへグレイアが姿を現し、カナタの首根っこを掴んだかと思うと、彼女の背中に手を当てて魔法を放つ。


「さて、狙うは「ストライク」だ。」


彼が放った圧力魔法でカナタの体はアイリスの方へと吹っ飛んでいき、受け止めようとしたアイリス諸共後方へ吹き飛ばす。


「「転移阻害」」


そしてグレイアはそのまま念入りに妨害魔法を展開し、アヴァが簡単に合流できないように場を整える。


「ンの野郎!」


仲間がやられてプッツンしたのか、はたまたヘイトと時間を稼ぐためなのか、イシンがアヴァと合流した位置からグレイアのもとへ一瞬で突っ込んできた。


「ウウッシャアアアアッ!」


イシンは身体強化と魔力を放出してのブーストを駆使し、グレイアの防御を破ろうと全力で拳のラッシュを叩き込んでくる。


「・・・」


しかしイシンの拳は届かず、それどころか頭上を通られて背後から蹴りを入れられてしまう。


(皮膚が異常に硬いな・・・魔法で吹っ飛ばすか。)

「ディサイシヴ・・・」


「「フレイム・アンピュテイション」」


グレイアが左手で魔法を構えたその時、彼の右腕が飛んだ。


「次は左手ッ・・・!」

「おっと」


彼の右腕を落としたのはアイリスだった。

しかし彼は驚いた様子もなく、瞬間移動で2人から距離をとる。そして座り込んだまま地面に左手を置き、結界を張って次の手を考える。


(意識外からの急襲。首の結界にも気づいていた。そのうえ意識が集中していた左腕ではなくノーマークだった右腕を落とす・・・)


アイリスは年齢の割に戦い慣れている。味方が時間を稼ぎに行ったことを察知し、敵の攻撃のタイミングに合わせて隠蔽魔法を行使しつつ、相手が魔法を使おうと集中したタイミングで攻撃する。

グレイアの首に張られていた結界を見破った観察眼もそうだが、今のは味方への確実な信頼がないとできない芸当だ。


(未だ冷静に立ち回るか。冷静で確実な判断力もそうだが、不測の事態が起こってもそれを維持し続ける集中力。)


完全に気分がノってきたグレイアだが、制限時間を確認してみると、そろそろ終わらせなければならない時間だった。


(しかしまぁ、そろそろ時間だしな・・・)


彼はそんなことを考えつつ、さっきまで一切使っていなかった魔法の一部を解禁することにした。


傀儡パペット・・・」


グレイアがそう呟くと、彼の目が瞬く間に赤黒く染まり、周りから数体の傀儡が這い出てきた。


「気をつけて!この人・・・隠し持ってる手が無数にある!」


アイリスがそう叫び、イシンは彼女の前に立つ。そしてグレイアは結界を解きながらゆっくりと立ち上がり、壁際で待機している後衛2人を指さして傀儡に命令を行う。


「魔法使いと弓使いの無力化を命令する。障害は全て薙ぎ倒せ。」


冷徹な声で命令された傀儡達は皆、機械的な動きで立ち上がったかと思えば、自身に身体強化を付与して後衛の2人目掛けて突進していく。


「さぁ・・・どちらを選ぶ?」


グレイアは右手を再生させながら煽り、一方的な状況から後半戦が始まった。

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