6話

「魔法・・・ですか。」


魔法とは、この世界に存在する「魔素」を利用することで起こせる超常現象の総称である。

空気中に占める窒素の割合の半分程度を魔素が占めていることが殆どで、これが崩れていたりすると周囲の環境が異常な状態へと変化したりするのだ。

魔素は酸素と同じようなサイクルで人体の内部へと運ばれ、生命活動の補助や魔法を使用するための魔力リソースなどを生成する。


「ああ。俺は魔法のスペシャリスト・・・とまでは行かないが、そこそこの腕前をしてると自負してる。」


どこからどう見ても得意げな少女にしか見えないグレイアは、とても自信ありげに笑って見せた。


「・・・興味はあります。私はエルフですし、元奴隷の身でも魔法は使ってみたいです。」

「決まりだな。流石に魔法学園のヤベー奴らには及ばないだろうが・・・まぁ、一般的なレベルまでなら滞りなくたどり着けるだろう。」


エルの反応を聞いたグレイアは、嬉しそうな反応を見せつつ右手の指を鳴らした。

そして鳴らした指の音が室内に響き渡ると同時に、家の壁と天井が幾何学模様のように分裂して虚空へ消えていく。

そして現れたのは青く広がる空と、外周に深い森の見えるだだっ広い平原だった。


「凄い・・・!」


エルは感嘆で声を漏らす。こんな芸当が無詠唱でできる魔法使いなど、この世の隅々まで探しても片手で数えられる人数が居るかどうかだ。


「空間操作と幻覚の合わせ技だが・・・まぁ、細かいことは気にするな。」


地味に今ので体内の魔力のうちの4割くらいが持っていかれたグレイア。細かいことは気にするなと言っているものの、心の中では焦りに焦っている。


(カッコつけたのは失敗だったか。わざわざ魔法を使う必要性はなかった・・・)


しかし幸いなのは、興奮しきっているエルが彼の心の内を覗いていなかったというところだろう。無論、彼の面子は保たれた。


「・・・さて。魔法に関してだが、基本的な説明だけして、あとは大雑把にやるぞ。実技で教えた方が圧倒的に早い。」

「わかりました。」

「いい返事だ。まずは魔法の概念みたいなものについてだな。」


グレイアは右手のひらを上に向けると、火の玉が出る魔法を使う。


「「トーチ」」


彼の詠唱とともに出現した火の玉は空中で固定され、平原に吹く風によってゆらゆらと揺れている。


「これが魔法・・・この魔法自体は一般用途で使われることは殆ど無いが、魔法に触れたことの無い初心者が始めて発動するための魔法としては良いモノだ。」


グレイアは出現した火の玉を握り潰して消した。


「多くの魔法には2つの発動方法がある。1つ目は用意された術式をそのまま発動する方法。2つ目は発動者の想像力に依存し、思い描いた魔法を脳内で組み立てて発動する方法。」

「・・・それぞれにいい所とかあるんですか?」


エルも大人しく聞いているわけではなく、グレイアの説明に質問を投げかける。


「前者は安定して、かつ決まった魔法を確実に出すことができる。後者はイメージの固定化や諸々の観点から見ても難易度が高いが・・・その分、術式にしたら複雑になってしまう魔法も術者の技量によっては比較的簡単に発動できる。」

「この空間を出した時みたいにですか?」

「ああ。その通り。」


エルの物分りがよいからか、グレイアは淡々と説明ができて気分がいいようだ。心做しか声色も明るくなっている。


「だから2つの発動方法を使い分けて戦う・・・ってのが戦闘時の常識として扱われるな。」

「ご主人様は違うんですか?」

「俺はその場のノリで戦うタイプだ。想像力も豊かな方らしいし、術式依存の魔法は日常生活を除けばあまり使わないかもな。」


彼自身、元の性格が自由奔放に振り切っているので、戦い方もそれに付随して変わったりするようだ。


「んじゃま・・・今の魔法をやってみるか。」

「早速ですか?」

「ああ。」


グレイアは右手をエルにかざし、魔法の準備をする。


「・・・少しの間、お前の体を乗っ取るぞ。」

「え?」


「「エンティティ・ポゼッション」」


彼が唱えた魔法は「対象の体を乗っ取って操る魔法」。自分より魔力量・魔法技能共に劣っている相手にしか使えない、そのくせ失敗するとバレるという、戦闘で使うにはかなり使い勝手の悪い魔法だ。

しかし、「魔法の使用感を覚えさせること」においては驚異的な利便性を発揮する。


「「トーチ」」


エルの体を乗っ取ったグレイアは、右手の上で魔法を発動させる。乗っ取りの魔法を使っている最中でも、エルの体の感覚は健在だ。彼が魔法を使う時に使用した体の感覚は、彼女の体験として体に記憶される。


「解除・・・。どうだ、なにか感じたか?」


グレイアは魔法を解除し、エルに感想を聞いてみる。


「はい・・・なんというか・・・体がロウソクそのものになったような感覚でした・・・」

「ん・・・いい例えだな。」


エルの語彙力と理解力は高く、知識が無いなりにしっかりと自身の置かれた状況を把握していた。


「そうですか・・・?」


エルは照れくさそうな様子で頭をかく。実際、グレイアも彼女をしっかりと評価していた。


「ああ。体をロウソクと例える・・・あとはその「火」の形を自由に変えてみたり、はたまたそれ以外の物を出してみたり。そう想像するのが、何かを生成する魔法のコツかもな。」

「なるほど・・・ロウソクから出ている糸を手のひら以外の場所でも出せるように想像すればいいんですか?」

「ん。それなら試しに・・・リンゴの形をした炎を指の先から出してみる・・・なんてのはどうだ?」

「わかりました。やってみます!」


すっかり魔法が楽しくなったエルは、グレイアの言う「リンゴの形をした炎を指先から出してみる」というのを実行しようと試行し始めた。


「ん・・・んん・・・?」


右手の人差し指を目の前に置き、体の魔力を頑張って操作するエル。そしてそれを暖かい眼差しで見守るグレイア。これはもう師弟と呼称しても差し支えないだろう。


「・・・「トーチ」」


エルがそう唱えた瞬間、小さな爆発とともに、歪だが確実にリンゴの形をした炎がエルの指先に生成された。


「できた・・・できました・・・!」


生成された炎は瞬く間に消えてしまったが、エルはそんなことお構いなしにガッツポーズを決めて喜んでいる。そしてその様子を見ていたグレイアも嬉しそうに微笑んだ。


「うん。初めてならこれで上々・・・なんなら、形ある炎を出せたってだけでも飛びぬけて凄いって言えるな。」

「ほんとですか・・・!」

「経験上はな。少なくとも、今の所のお前は十分に優秀だ。」


彼が今まで関わってきた人は皆、暴走したり気絶したり性格が豹変したり、はたまた単に魔力が存在しなかったりと・・・とにかく十人十色が天元突破していて気が狂ってしまうほどだった。

それに比べて優秀すぎる彼女。因みに、普通はちらちらと揺れる炎を生成できるか否かくらいなので、グレイアの評価は別に特別過大というわけではない。


「それと・・・体をロウソクに例えるってのも良い案なんだが、実はもっと汎用性の高いやり方がある。」

「ご主人様のやり方ですか?」

「俺なり・・・と言うより、ちょっとばかし上級者向けの方法だ。」


そう話しつつ、グレイアは結界をナイフの形にして生成する。


「自身の想像する事象を頭の中で組み立てて発動させる・・・自分の見えている情報と現実世界の間に「自分だけの世界」を作るんだ。」


言ってしまえば自分の視界にフィルターを挟むということであり、我々が生きる現代の言葉を使って例えるのであれば、AR拡張現実を自分の脳内で表現するようなもの。

子供の頃、電車や車の窓から見えた景色を使って、某ジャンプマンのようなキャラクターを使ったアクションを妄想したことがある人も居るだろう。要はそれである。


「自分だけの世界ですか・・・?」

「そうだ。もしもこんなことができたら・・・って想像を超常現象で実現させるのが魔法の根幹だからな。」

「なるほど・・・?」

「だから、その想像通りの事柄を起こすための補佐が詠唱であり、例えるなら名付け。自分が今から起こす現象や攻撃に名前を付けるようなものだ。」


グレイアはさっき生成したナイフを砕いて消失させ、右手を無造作に空中へかざす。


「そうだな・・・なんかイイ感じのを・・・」


そのまま掌に魔力を集中させ、魔法を発動する準備が整った。


「「フレア」」


彼の詠唱と共に、右手から炎が吹き出して空中に霧散していく。

まるで火炎放射のよう・・・しかしこちら側の世界の火炎放射とは異なり、液体燃料ではなく可燃性に変質させた魔力を放出して着火している。


「とまぁ、こんな感じでな。これならわかりやすいだろ?」


そう話すグレイアの右手からは、魔法の余韻でじわじわと煙が湧き出ている。


「ああそれと、ひとつ忠告をしておく。」

「なんですか?」


グレイアは少しだけ真面目な表情になると、右手の煙をぎゅっと握りつぶしてから話始めた。


「今のお前は気にする必要のない事だが、体内の魔力も無限じゃない。いくら魔法に長けた種族とはいえ、限度はあるものだ。」

「体内の魔力・・・それが尽きたらどうなるんですか?」

「魔力欠乏症という病気・・・まぁ、どっちかと言えば中毒症状に近いものが現れる。」

「なるほど。」

「今は大丈夫だろうが、とりあえず頭の片隅に置いておけ。いざって時に「魔力が尽きました」なんて事態になったら大変だからな。」


何やら聞くべきでない過去がありそうだが、それはそれとしてエルは首を縦に降った。


「わかりました・・・頭の片隅に置いておきます。」

「おう。それじゃあ魔法発動の続きだな。」


エルはグレイアと同じように、右手を無造作に空中へと向ける。そして魔力を手に集中させ、自身の脳内でイメージを固める。


「・・・力強い炎を纏ってて、目にも留まらない速さで飛んでいく矢。」


ある種の詠唱と言える文言をエルは口にした。それはつまり、魔法を放つ準備が整ったということを表す。


「「フレイム・アロー」」


グレイアと同じような詠唱と共に、エルの掌から炎で構成された矢が発射された。それはグレイアが放った矢よりも明らかに速く飛翔し、瞬く間に補足できなくなった。


「・・・」


それを見たグレイアは目を閉じて少し考える素振りを見せると、少しだけ嬉しそうな様子で口を開く。


「・・・なんとなく、お前は俺と同じような戦い方をするようになる気がするな。」

「はい・・・?」


突然の言葉にエルは困惑する。しかし、グレイアは確実な根拠を以てそう言ったようだ。


「魔力の使い方と魔法という概念への理解の速さが俺と似てる。理解の仕方は違うものの、これなら前線から後衛までそつなくこなせるようになるかもしれない。」

「・・・つまり?」

「教えがいがあるってことだ。」

「なるほど。」


彼は戦闘のスペシャリストだ。自分と同じ戦い方をする可能性のある相手に講義をすることほど楽しいものは無い。


「そうと決まれば・・身体強化だな。」

「身体強化・・・」

「前線張るんだったら基礎中の基礎だ。正直な所、その辺の剣術とかより優位性は高い。」

「剣術・・・は見て覚えるので問題ないです。」

「そうか。なら近いうちに機会がある。」


エルやその他の奴隷達は、仕事を教えられるのではなく見て覚えることが多い。さながら教育の仕方を知らないクソ上司やクソ教師に匹敵するが、奴隷は人間では無いらしいので許容されている。


「結界を張って・・・「身体強化・筋力特化ストレングス」と。」


グレイアは結界を張ると、左拳に魔法を付与して結界を殴りつけた。

決壊はガラスが割れたかのような音と割れ方で辺りへ飛び散り、魔力の残滓だけが辺りに漂う。


「わぁ・・・綺麗に割れました。」

「これが身体強化。今のはパワー系のイメージだな。概念的に説明するなら・・・」


グレイアがそこまで言いかけた時、どこからともなく「チリン」という音が3回ほど聞こえてきた。


「・・・はぁ。」


その音が聞こえたと同時にグレイアは顔を顰め、ため息をついてから面倒くさそうに指を鳴らす。


「あんのクソガキ共・・・また脈絡もなく遊びに来やがって・・・」


彼がそう話す間に、先程まで展開されていた魔法は全て消えてしまった。青空も平原も綺麗さっぱり消え失せ、もとの部屋に戻ってきたような感覚だ。


「エル、今から子供が来るから、そこの低い棚の下から2段目にあるお菓子をバスケットごと机の上に出しといて。あとは冷蔵庫にあるお茶と・・・コップはそこの食器棚にある。透明なガラスのやつな。ふたつ出して。」

「あっ・・・はい!承知しました!」


久しぶりの使用人としての業務。エルはテキパキと作業にとりかかり、グレイアはそそくさと玄関に向かう。

いつもの青年姿に戻り、扉に手をかけて先程からずっとコンコンと扉を叩き続けている相手を迎える。


「わかってっから焦るなよ・・・」


グレイアがそう言いながら扉を開けると、そこには狼獣人の少年と少女が立っていた。年端もいかない容姿をしていて、こちらの世界で例えるなら小学5,6年生くらいだろうか。


「こんにちは。お兄さん。」

「こんにちはー!」


扉を開けたグレイアを見るなり、少女は礼儀正しく、少年は元気に挨拶する。


「今日は何の用だ?」


「えっと・・・」

「歴史と近接戦闘学教えて!あと宿題も!」


少女が説明しようとするが、少年は我先にと要件を被せる。グレイアは2人の身長に合わせてしゃがみこむと、少年の頬を両端からむにゅりと掴み、喋れないようにしてから少女に問う。


「はへへ!ひゃへれはい!」

「へーへー。で?お前も同じ要件?このアホは毎度毎度セリフを被せてくるが。」

「あっ・・・はい!私もわからなくて・・・」

「そうか。なら入りな。」


グレイアは優しく微笑むと、少年の頬から手を離して立ち上がる。少年はやり返しとばかりにグレイアの腰あたりをポカポカと殴るが、そんなもの効く訳もない。


「むぅ・・・グレイア兄ちゃんって強いから叩いても痛がらないのつまんない。でも魔法と戦いの説明は面白いから楽しいよね。」

「うん・・・そうだね。」


子供達の純粋さに当てられ、グレイアは頬を綻ばせる。


「んな事言うから断れねぇの。反省しろ。」

「えへへ~。姉ちゃんだってグレイア兄ちゃんのこと好きって言ってるもんね!」


言われて嬉しい言葉ではあるものの、隣の少女の顔が真っ赤になっているのが見えたグレイアは苦笑いしながら少年に注意する。


「そうか。だが軽々と言うもんじゃあないぞ。」

「え~?なんで~?」

「お前の姉貴が茹で上がるからな。」

「・・・姉ちゃんは食べ物じゃないよ?」


グレイアは2人を招き入れて扉を閉めると、本棚からいくつかの本をテレポートさせてきた。


「うし。菓子を食いたきゃ手ぇ洗いな。だが、互いを急かすんじゃないぞ。」

「わかった!」

「はいっ。」


2人は洗面所へ走っていき、グレイアはリビングへ向かう。


「あぁ・・・まぁ・・・ついでみたいな感じかぁ・・・」


何気、子供には甘いグレイアであった。



─────


オマケ


グレイアの家とご近所について。

彼の家は色んなものを常備しており、近所の人間・・・老若男女問わず、いつ誰が来ても大丈夫なようにしてある。そのため保存魔法をかけた棚がいくつか設置してあり、その中でお菓子から紅茶、特製の冷蔵庫の中にはジュース、冷凍庫の中にはアイスであったりと、客人をもてなすことは十二分に可能。

そして彼の持っている「子供にはそこそこ優しくて面倒見もよく、知識も豊富でちゃんと強い青年」という近所からの評判により、近所の子供が彼の家に入り浸ったりしている。

それに加え、その知識と経験の豊富さからママ達からの信頼も厚く、よく相談を受けたり井戸端会議に混ざったりしている。相談はちゃんと聞いて真摯に答えるが、井戸端会議は半分くらい聞いてない。テキトーに相槌を打ちつつ、読んでいる途中の本のこととかを考えている。

ついでにパパ達(主に冒険者)からはよく酒の席に誘われる。出席率は1割を切っており、彼らからは「戦闘力の探求に勤しんでいる」と思われていると同時に評価と信頼も上がっている。尚、本人はその間に家で爆睡している模様。

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