5話

「・・・美味しかったか?」


グレイアはそう言いながらテーブルの上に並べられた皿を片付ける。

ティア達が帰った後、グレイアとエルは昼食を食べていた。献立はよくわからん肉のカツにサラダ、近所のベーカリーで買った食パンだ。


「はい!美味しかったです!」


エルは元気な返事をした。自身が奴隷であることを忘れているかのように。


「そりゃよかった。んじゃ少し待ってな。食器片づけるから。」


慣れすぎて職人みたいな速度で食器を魔法洗浄するグレイア。エルはそれを眺めつつ、彼に一つの質問をする。


「どうして・・・あのお二人と一緒に暮らさないんですか?」


当然の疑問である。あれだけ精神すり減らしてまで、両想いであるとわかっている人と別居する意味がわからない。


「ああ、俺とあいつらは忙しいからな。互いに1組織のトップだし、とくに向こうは仕事が多くて暇な時間がほとんどない。」

「そういうものですか・・・」

「組織としてのしがらみがある以上、俺が向こうに軽々と顔を出せないのもひとつだがな。」


初めて見る関係にエルは納得が行かないようだ。ただ、何となく「それでもこの人たちは大丈夫なのだろう」というのが彼の態度から察せる。


「・・・よし。んじゃやるか。」


グレイアが伸びをしながらエルに近づく。


「ん、こっち向いて直立。」

「あっ・・・はい。」


手振りをして指示をするグレイアの命令に従い、エルは椅子から立ち上がって姿勢よく彼の方を向く。


「よし・・・今から奴隷紋を取っ払うから待ってな。そしたら次は楽しいことができるから。」

「奴隷紋を・・・?」


奴隷紋とは、簡単に言えば「奴隷を奴隷たらしめる常時発動型の魔法刻印」である。奴隷紋が刻み込まれた人間は、奴隷紋から血中の魔素が空中へと放出され、体内の魔力が一定になるまでどんどん減っていく。

単に魔法を使わせないという効力に加え、無意識的に身体強化魔法が使える人間を弱体化させることのできる便利な魔法刻印である。

ただ、この世界では本来必要である要素を無理矢理に体内から排除するため、奴隷紋の刻まれた人間は寿命が短くなってしまう。奴隷として使い潰すだけなら問題にならないデメリットだが、今現在の彼にとっては非常に邪魔くさいデメリットだ。


「奴隷紋はあるだけ邪魔だからな。処理できるなら処理しておきたいんだ。」


グレイアはそう話しながら、目の前にUIを展開する。


「少し頭に触れるぞ。」

「・・・はい。」


エルの頭の上に左手を載せるグレイア。そのまま彼は右手でUIを操作し、色々と項目を閲覧していく。


「接触から検索かけて・・・」


意味不明な単語が混じる独り言をぶつぶつと呟きながら、グレイアは淡々とUIを操作する。


「あった・・・これか。」


彼の広げたUIには一覧表示で色々な項目が表示されており、所々チェックマークが入っている箇所もある。その中には彼の目当てであった「m_slavestamp」の文字が。


「・・・よし。」


グレイアは文字の隣にあったチェックマークをタップして解除し、手で空を切ってUIを閉じる。


「どうだ?体に何か変わったことは?」

「今は特に・・・何も無いと思います。」

「ならよし。もし体調に変化があったら教えろよ。」

「はい。わかりました。」


エルはそう答えたが・・・よく考えればおかしい部分があった。


「でも・・・奴隷紋って確か、普通は消せないはずじゃあ・・・」


彼女の言うとおり本来、奴隷紋というのは体に刻み込まれたまま解除できない代物ののはず。それこそ、奴隷紋が刻み込まれた部分の皮膚・・・どころか肉まで切除すれば解除出来るかもしれないが、グレイアは少し指を動かしただけで奴隷紋を外してのけた。


「それに関しては・・・近いうちにわかる。」


彼はその一言のみ発し、まるでこの話題から彼女を遠ざけているように会話を切った。


「そう・・・ですか。」


エルは納得が行っていないようだが、彼の能力が自身を助けてくれたのは事実なので、エルは考えるのをやめた。


「・・・あとは自己証明だが、それは追々で・・・それとも、もう自覚してるか?」

「はい。2つ自覚してます。」


自己証明は一人一人に宿る能力・・・であり、それがいつから効力を発揮するのか。それは個人差もあるが、基本的に10~12歳になると唐突に自覚・理解し、能力が使えるようになる。

自覚・理解のプロセスは不明であるものの、この現象は一般に「自己証明の自覚」と呼ばれる。


「ならそれの説明をしてくれ。固有武器も出していいから、それも説明してくれると嬉しい。」


固有武器は自己証明と同じようなものだが、相違点はそれが武器であることと、物心ついた時点で訓練さえすれば使えるようになること。固有武器は各個人の精神性を投影した武器が生成できるため、使い手との相性はもちろん良好。つまり、この世界では需要があまりない武器関連の産業はかなり貧弱だ。


「はい。わかりました。まずは1つ目の自己証明の説明をします。」

「ああ。」


自己証明の自覚によって得られる知識は、まるでオタクが好きなものを語っている時の脳内のように、自分が説明したいことが次々と喉の辺りまで湧き出てくる。

そのため、本人がその気になればではあるものの、自身の自己証明の内容を事細かに相手に伝えることも可能なのだ。


「・・・1つ目は読心術です。エルフである私が感じる7感のうち、任意の3つの感覚を遮断することで相手の考えていることを覗き見ることができる。という能力です。」

「ついさっき・・・でもないか。俺とあいつが話してる時、その能力使ってただろ。」

「気付いていたのですか。」

「俺も似たようなのを持ってるからな。丸わかりだ。」


グレイアのものは「幾つかの感覚を代償に、対象の感情を読み取る能力」のだが、それはまた別の話。


「次に、2つ目は私の血液を操る能力です。単純に私の血液を操ることができまして、重力に逆らって操ることも可能なようです。」

「これは血液が体から出ていくこと自体がデメリットになってるっぽいな。」

「恐らく。ですが、1度外に出してしまった血液であっても、固まらなければ体内に戻すことができました。」

「空気に触れた状態の血液を体内に戻すことは推奨しない。最悪、病気になって死ぬ可能性すらある。」


グレイアはそう忠告し、3つめの自己証明に関する質問する。


「で、3つ目はどうなんだ?」

「自覚はしていないのですが、どうやら存在はするみたいです。何やら体液に関する能力のようで。」

「よし。わかった。」


自己証明は本人が自覚していなくとも、存在するか、そしてその内容がどのようなものであるかを専用の魔法によって知ることができる。ただし、その設備がかなり大規模なものなので、グレイアは面倒くさがってやろうとしていない。

だが彼はそれを聞き、これが例の「ピーキーな能力」であると理解した。


「よし。あとは武器だが・・・出せるか?」

「・・・久しぶりなので難しいかもしれませんが、やってみます。」

「おう。頑張れ。」


エルは右手を握り込む形に変えて力を込めたり緩めたりし始めた。

固有武器は暫く生成していないと生成の仕方を体が忘れてしまうことがある。その場合は他人によるアシストがあれば直ぐに生成出来るようになれるのだが・・・


「・・・っ!」


5分ほど経ってようやく、エルの手に握り込まれる形で、歪な形で片刃の短剣が生成された。


「短剣・・・まぁ長さ的にナイフの範疇か。とりあえず、触るぞ。」


グレイアが興味津々な様子で、エルの持っている短剣の刃を指で弾いてみる。

すると刃は急に赤黒い炎を纏い、その一部が彼の手に引火してしまう。


「ご主人様!」


エルは驚きのあまり叫び、彼を心配して炎を引っ込めようとするが上手くいかない。対するグレイアはというと、燃え盛っている右手を眺めながら平然と情報を集めている。


「熱くない・・・が、皮膚は爛れていく。炎が燃え広がる範囲も狭い・・・な。今は手だけ燃えてるが、体の部位ごとに燃える範囲は広がるのか?」


暫くすると、彼の右手が完全に燃え落ち、彼の右手の骨が露出してしまった。


「ご主人・・・様?」


人の右手の肉が焼け落ちてしまう光景など、まだ12歳の少女にとってはショッキングにも程がある光景だった。エルはグレイアの右手に視線を向けたまま唖然としてしまう。


「ここまで行っても痛みはない。神経を麻痺させる炎か?」


グレイアが満足そうに言葉を発した瞬間、彼の手が凄まじい速度で再生を始めた。落下して散り散りとなった骨を虚空から再生成し、肉を手首から増殖させて手を構成し、何事も無かったかのように綺麗な手へと再生していく。


「・・・?」


始めて見る「再生」の能力。それはとてもグロテスクなものだったが、どこか美しさも感じる能力だった。


「さてと。エル。お前にひとつ、質問をしようか・・・」

「・・・!」


この流れで来る質問だ。一体何が来るのだろうかと、エルは息を呑む。


「魔法を・・・使ってみたくないか・・・?」


意外や意外。それは単なる「魔法の道彼の趣味」への誘いだった。

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