4話
(ご主人様は誰が来たか知っている風だったけど・・・どんな人なんだろ・・・?)
エルはそんなことを考えながら玄関の鍵を外し、ドアを開ける。
「・・・ニア、この子なの?」
「はい。昨日閲覧された情報ライブラリの内容から察するに。」
するとそこには威厳のある雰囲気の2人の女性が。2人の女性はエルを見るなりヒソヒソと話し始めた。すると後ろからグレイアが現れる。
「・・・いらっしゃい。ギルドマスターさんよ。」
驚きの言葉とともに、後ろからグレイアが歩いてきた。そして彼が現れた途端、猫耳の方・・・彼が「ギルドマスター」と呼んだ金髪猫耳で、すこしだけ身長が高めの女性は雰囲気をまるっきり変え、威厳など全くない態度で彼と接し始めた。
「久しぶりですね・・・その呼び方やめてって何度言えば分かるんです?」
「そうですよマスター。恥ずかしがってるなら他に言いようがあるでしょう?」
もう片方の女性・・・ギルドマスターが「ニア」と呼んだ黒髪ロングで背丈が高めの女性も、彼に大して砕けた態度で接し始めた。
「・・・話したいなら早く入ってくれ。客人を立ち話させる趣味はない。」
「照れ隠しも程々に・・・ですよ。ましてや妻を客人呼ばわりですか。」
そしてグレイアは先程までの余裕のなさが嘘であるかのような態度で2人に接している。その上、いつの間にか昨日の服装に加えて黒のアウタージャケットまで着ている。
「はあ・・・いつものですか。ニア、行こう。」
「はーい。」
エルは奴隷と言えども、基本教育はしっかりされているし、今までの主から得た情報も色々とある。
・・・殆どは盗み聞きしたものであるが。
それでも、ギルドマスターという肩書きからは想像もつかない「他人への敬語」を、しかもそれは自身の主に向けられた言葉であると言う事実に、エルの頭はショートしかかっている。
「リビングだ。エル、行くぞ。」
「あっ・・・はいっ。」
まだ不調気味な声色のグレイアに呼びかけられ、エルは彼のぴったり後ろをついて行った。
・・・
「・・・で、なんの用なんだ?」
リビングに移動し、2人を椅子に座らせたグレイアは、後ろにエルを立たせながら2人に問う。心做しか、2人に対する彼の態度は素っ気ないように見える。
(・・・お2人はご主人様の知り合いのはず。なら、どうしてご主人様はこんなに素っ気ない態度をとっているのだろう?)
少なくとも、エルの観察眼・・・特に「他人の顔色を伺う能力」に関しては並の奴隷より優れていると言える。そのため彼女の「客に対して素っ気ない」という認識は間違っていない。
「要件は後で伝えるとしてですね・・・・・グレイア、また悪夢でも見ましたか。」
まるで子を心配する母のような・・・尽くすタイプの彼女のような・・・優しい声色でグレイアに話しかけるギルドマスターの姿に、エルはまた目を丸くした。
「悪いな。もう少ししたら治るから、少しだけ我慢してくれ。」
ギルドマスター・・・もとい「ティア」の言葉を聞いたグレイアは、ぎゅっと目頭を抑えながら彼女の質問を突っぱねる。
「そうですか。では、私が今回ノーザンに来訪した理由ですが・・・」
ティアはグレイアの言葉のまま、あっさりと本題に入ってしまった。それを疑問に思ったエルは自身の自己証明を使用しようか悩む。
(・・・他人の心を読むのは好きじゃないけど・・・でも、心の内を知らないでイメージを決めつけるのは嫌かな。)
自身の考えを確定的なものとしたエルは、自己証明の一つを使用し、聴覚・触覚・味覚を犠牲にしてグレイアの心を読む。
『・・・』
意外や意外。彼は何も考えていなかった。まるで意図的に思考を除去しているかのような、きれいさっぱり思考が存在しない・・・言わば、完全な「虚無」の状態だと言ってもいいだろう。
いままで幾人かの主に使えてきたエルでも、思考が読み取れないなんて出来事は初めてであった。
「・・・」
少し困惑しつつも、彼女はそのままティアの心を読む。
『本来なら無理にでも・・・いえ、今は私も立場がありますし。今日は確認のためと決めていますから・・・』
ティアの思考はなんというか・・・獣人なのもあって欲を抑えているのが全面的に見えてしまう。ギルドマスターという立ち位置ゆえに、禁欲が当たり前となっているであろう彼女。エルは彼女のグレイアへの対応といい、彼の素っ気なさといい、そこで何かを察したようだった。
(心配かけないようにしてるのかな・・・?)
起き抜けのグレイアのあの行動・・・「心配してるなら近くにいてくれ」という言葉・・・どうしても、エルからの彼は余裕がないように見えた。
そして先ほどの言葉。「もう少ししたら治るから・・・」という台詞に、ティアは何か不満げながらも、その言葉の意味を察しているようだった。
「それで、今年も新人冒険者の研修は予定通りに行いますので・・・」
エル自身、グレイアら3人が話している内容はよくわからない。ただ気がかりなのは、先ほどからずっとエルのことを横目でチラチラ見ている黒髪の女性・・・ニアだ。
(この人・・・私のことを見て何を・・・?)
よく知らない大人からの目線というのは子供を・・・というか弱い立場の人間を須らく畏縮させるもので、エルは思考を読むという行動が思いつかないほど怖がってしまっている。
すると、エルの状態をを認識していないはずのグレイアが口を開いた。
「いい加減にしとけよニア。怖がってるだろ。」
まるで部下を注意するような口調で。その姿に似つかわしくない、威厳のある口ぶりで言葉を発したグレイアに、エルは驚く。
「わかりましたよマスター。今日は機嫌が悪いですねぇ・・・」
「その一言を人は蛇足ってんだよ。」
「話がずれますよマスター。」
「誰のせいだと思って───」
「わざわざ反応したマスターのせいですが?」
しかし手玉にとられてしまう。どうやらニアはティアと違い、彼の素っ気ない態度にご立腹なようだ。
・・・そして、そこへティアが口を挟む。
「もういいですか、二人とも。」
ティアは冷静沈着にそう言っているように聞こえたが・・・前言撤回。彼女も不満を顕にした。
「・・・」
対象は違えど、エルは再度客人に畏縮してしまう。
対してティアはというと、圧を帯びた目でグレイアを睨み、右手の人差し指で机をトントンと叩いている。
「グレイア、私はもうそろそろ我慢の限界なんです。いい加減にしないと襲いますよ?」
ティアがそう呟くと、グレイアの体がビクンと跳ねる。
しかしエルには「襲う」の真意が理解できなかったが、いわゆる「卑猥な行動の隠語」だと言うのは、先程の読心と彼女の雰囲気から察することができた。同時に自身の主がピンチだということも。
「いや・・・でも・・・」
グレイアが言い訳を言おうとした瞬間、ティアが指を鳴らし、魔法を発動する。
「「
それを聞いたグレイアが焦りながら瞬間移動でその場を離れようとするが間に合わず、彼は周りに生成された茨に捕縛されてしまう。
「あだっ・・・」
そのまま地面に落下し、頭を思いっきりぶつけてしまった。
しかしティアはそれを気にする様子もなく、ニアの方を向いて笑顔で口を開く。
「ニア、彼女の面倒を見ておいて。」
「わかった。」
貼り付けたような笑顔のままの彼女がグレイアを淡々とドナドナしていく様に、エルは棒立ちのまま唖然としてしまう。
「ご主人様・・・?」
エルにとって、この状況での困惑は当然・・・しかしティア・ニア両名にとって、この状況は予想の範疇だった。
「ふぅ・・・まったく手間のかかるマスターですねぇ。」
ニアがそう呟きながらため息をついた。そしてそのままエルを
「ん〜。マスターってば、いい趣味してますねー。」
突然すぎる展開に、エルは緊張も相まってカチコチに固まってしまう。
「身元の特定とか、マスター以前の主からの扱いとか・・・色々と知りたいですが・・・」
ニアはエルの頭をポンポンと優しく叩きながら思考をめぐらせ、要らない独り言を呟く。
「わ・・・わたし・・・を・・・どうする・・・つもり・・・です・・・か・・・?」
何度も言うが、彼女はまだこの家に来て1日と経っていない。そのくせ怒涛の展開に見舞われ、もう彼女の思考回路はパンクしているのである。
「んー・・・そうですね。まずは安心してもらうためにー・・・私のことはマスターの分身・・・というか、お姉さんのようなものだと思ってください〜。」
「・・・どういう・・・ことですか・・・?」
今までの短期間でグレイアがエルに見せた一面は「優しさ」と「弱さ」のみ。対して、こののほほんとした態度の女性はエルでは想像もできないほど長い期間をグレイアと共にしてきたはずだ。
「あの人・・・マスターの明るい人格はですねぇ、無くはないんですけど・・・殆どが造られたものなのでぇ・・・最近は心の底から本気で喜んだりすることは少ないですねぇ。」
「・・・どうしてですか?」
「まぁ・・・端的に言うなら、あの人はちょっと壊れちゃってんですよ。色々あったのでね。」
とてもアバウトな答え。しかし、冒険者ギルドのギルドマスターの付き人の言葉である。多少わかりにくくとも、とにかくスケールがデカいというのは察しやすいだろう。
「今日の朝・・・ですかねぇ。エルちゃん?に、マスターは突然、本当に突然抱きつきませんでしたかぁ?」
「・・・あぁ・・・はい。」
ニアはエルが肯定したのを聞くと、少しだけため息をついてエルに謝罪する。
「ごめんなさいねー。どうしても精神力が不安定なのでぇ、マスターは稀に異常に人肌が恋しくなる時があるんですよぉ。まぁ、これもそれも全てティアちゃんのせいですけど。」
ニアがおちゃらけた態度でそう説明した直後、2人の脳内に声が走る。
『ニ・・・アっ!』
その声はグレイアのものだが・・・なんだが様子がおかしい。
『余計なことを言うな・・・あっ!?・・・ティア・・・ちょっと待っ・・・て・・・っ』
意識を集中して聞いてみれば、彼の息は荒いうえ、なにか快感に抗っているようにも聞こえる。
「・・・あーらら。」
ニアが呆れたような声色で声を漏らした。
「・・・」
エルはある程度の状況を察したようで、ちょっと赤面している。
「しばらく待ちましょうか。今回は時間もあまりないですし、一日中ベッドの上・・・なんてことはないでしょうから。」
ニアはいつもの事だと言わんばかりに落ち着いた様子でそう話し、ついでにエルをぎゅっと抱き締めた。
・・・
「ギルドと協会は違いますのでぇ・・・それぞれ似て非なるものだと思ってもらえれば───」
1時間ほど経った後、静かな音を立ててグレイアの寝室の扉が開く。
「ふぅ・・・待たせたわ。」
肌がツルツルになったティアが2人の方へ歩いてくる。表情は明るめで、汗をめっちゃかいている。
「・・・目的も果たしたし帰る?もうあの人はぐっすり眠っちゃったけど。」
「そう・・・ですねぇ。帰りましょう。」
ニアは名残惜しそうに返事をし、エルを膝から降ろす。
「あの人は少ししたら起きてくるからね。かわいい寝顔が見たかったら部屋に入ってみるのもいいかも。」
「・・・まだ1日と経っていないようですがねぇ。」
「えぇ?ホントに?」
にしては従順だなとティアは驚いた。しかし、その理由をニアは聞いていたようだ。
「赤ん坊のころから奴隷だったようで。それも・・・まぁ、そこそこ劣悪な環境だったらしく。」
地味に時間はあったので、ニアとエルの二人は雑談をしていた。その際に、過去の話やグレイアに関することを色々と話していたのだ。
「ふぅん。じゃあ、ここならちゃんと幸せな生活ってのを知れるわ。」
ティアは優しく微笑みながら呟いた。ニアもそれに同意する。
「多少は不器用ですし、所々頭のネジが外れてるのでフォローも色々と必要ですが・・・まぁ、嫌な経験は殆どしないでしょうね~。たまにぶっ倒れたりしますけど。」
「それは本当に稀でしょ。」
色々と余分な部分があるニアの台詞が、人格がほぼ同じというグレイアの面影を覗かせる。
「おっと・・・噂をすればですねぇ。」
ニアがそう呟きながらグレイアの部屋の方に目をやる。すると、グレイアがだるそうに扉を開け、部屋から出てきた。
「今回は速いですね。グレイア。」
「お前なぁ・・・」
ふらふらとした足取りを見るに、どうやら短時間で相当絞られたようだ。しかし満更でもないような表情をしている。ティアはその様子を見るなり、安心したような様子でニアの手を引く。
「帰ろう。まだ仕事が残ってるし。」
「・・・そうですね。戻りましょう。」
そしてティアはグレイアの前まで近づき、青年の姿ではあるものの未だに身長が170cm弱しかないグレイアの口に人差し指を当てる。
「わかってますね?やるべきことは。」
グレイアはティアの指を「恥ずかしいからやめろ」と言わんばかりの表情で退け、不満気に返答する。
「・・・ギルドと基地に顔を出すんだろ。やるよ。2,3日以内には。」
「本当ですね。信じてますよ。」
ティアはやっと満足げな表情を見せ、玄関へと歩いていく。
「またそのうち来ます。1ヶ月しないくらいには。」
「わかった。」
「あと、たまにはゼロの皆にも会ってあげてくださいよ?」
「わかってるって。」
「風邪・・・ひかないようにしてくださいね?」
「心配しすぎだ・・・」
別れが近づくにつれて心配が表に出てくるティア。創作でしか見ないレベルで優しい姉みたいな言動をしている。
「では・・・また。」
「あぁ。じゃあな。」
別れの言葉を言う二人。いつの間にかニアは消えている。どうやら瞬間移動で先に外に出てしまったようだ。
玄関の扉を開いたティアは横で待機していたニアを肘で小突き、手を引いて歩き出した。
「・・・」
グレイアはその様子をしばらく眺め、二人が離れていったのを確認してから玄関の扉を閉めた。
「ご主人様・・・」
エルは心配そうにグレイアを見つめる。彼女がニアから聞いた情報が正しければ、彼はとても精神が不安定なはずだから。
「・・・よし。」
しかしグレイアは、まるで何事もなかったかのような表情でエルに近づき、彼女の肩を叩いて一言の命令をした。
「まだやることが沢山ある。協力してくれるよな?」
否、頼み事に近いその言葉は、とても奴隷の主とは思えない言葉だった。
「はい。喜んで。」
エルはしっかりとした声で返事をし、グレイアの後ろにぴったりくっついてリビングへと歩いて行った。
──────────────
オマケ
ティアとグレイアの関係性について。
過去に他人からの愛を受けていたが、それを第三者に壊された孤児と転生者。
簡単に説明すればこの通りであり、言わば「共依存」の関係と言える。
まだ精神的に未熟な時代に大切な存在を奪われた過去がある2人は、それ故に絶対的な安心感を求める。
2人は不老不死に近く、滅多なことでは死なない。であればこそ、今まで奪われてきた分の愛を注ぐに相応しく、他人の付け入る隙など無い。
だが問題は、いつまで経ってもその「愛」が満たされないことだろう。失った過去が災いして、互いを補給するだけでは足りないのだ。
見方を変えれば問題は無いのかもしれない。言い換えれば純愛だし、むしろ好意的な意見も多いだろう。
だが、暴力が跋扈するこの世界において、1つしか依存先が存在しないというのは非常に危険だ。
例えそれが、半永久的に失われないモノだったとしても。
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