2話

「・・・」


冬の日の昼下がり、奴隷の少女・・・エルはテーブルの上に並べられた食事を黙々と食べている。


(・・・成長期か。にしてもめっちゃ食うが。)


エルの正面に座っているグレイアは、彼女が黙々と食事する姿を微笑みながら見つめている。


(とりあえず、食事取らせたら自己証明の内容確認と空き部屋の整理と・・・あとは家具とかも新調したいな。これは別に後でもいいけど。)


普通の奴隷所持者なら奴隷の待遇などテキトーに済ますものを、彼は真面目に部屋の内装なんかを考えている。

よくあるパターン・・・と言えばそれで済むが、言うて訳アリの奴隷を引き取る物好きなんて往々にしてそんな思考回路を持っているものだろう。言ってしまえば「変態」だ。


「・・・?・・・???」


食事していたエルの手が突然止まる。目線の先は主であるグレイア・・・だが、彼の姿はさっきまでとは全く違った。


「・・・ん?・・・ああ。こっちの方が動きやすいから小さくなったんだ。姿が変わる自己証明なんて、あんまし見ないだろ?」


彼はそう言いながら微笑んだ。だがエルは当然ながら困惑したままだ。グレイアの姿は先程の青年姿とは違って、どこからどう見ても10歳程度の少女である。傍から見たら普通に奇っ怪な現象だ。


「・・・まぁ、そんな目を丸くしたままにするのもいいんだが。腹空いてるなら早く食わないと飯が冷めるぞ。」


グレイアの言葉にエルははっとし、再び料理を喰らい始めた。


(いきなり量食ったら吐く可能性もあるが・・・まぁ、その時はその時だな。)


彼は頬杖をついた状態でそんなことを考えつつ、自分にしか見えないUIを展開する。

そこには整理されたデスクトップのようなGUIが広がっており、「倉庫」や「情報」などの名前がついたアイコンが並べられている。


(服に関しては魔力糸を作れば解決できるとして・・・問題は家具だな。素材は生成出来ないこともないが、今はアレがないから森に取りに行くしかない。)


彼は指を動かし、浮かんでいるGUIの「倉庫」のアイコンをタップする。

するとバイナリソフトのようなウィンドウがGUIの中に出現し、そこには「ルート」と表示されている。


(ルートから素材に行って・・・木材。この家建ててから一切採ってきてないからなぁ・・・・・っと。案の定か。)


彼が木材のフォルダを開くと、中には木材の一覧と「0」の表示があった。


「・・・あらら。」


グレイアはそう言い、ため息をつく。それと同時に、エルが彼の肩を叩いた。

どうやら食べ終わったようだ。


「あの・・・食べ終わり・・・ました・・・」


その声にグレイアが振り向くと、彼女は律儀に食器を重ねて手に持っていた。どうやら次の命令を待っているようだ。


(・・・どうすっかな。まだ家具の準備はできそうにないし・・・)


彼は少し考えたあと、エルの服を作るのを優先することにした。


「ん・・・じゃあ、そこの部屋入ってて。俺の部屋だから。入ったら服脱いで待ってな。」


少し誤解を招く言い方に勘違いしたエルは、絶望しながらグレイアに皿を手渡して返事する。


「わかり・・・ました・・・」


エルの瞳からハイライトが消えたことに気づいたグレイアは、重い足取りで自分の部屋へ向かっていく彼女を見て「まずった」と気づく。


(やっべ・・・あの言い方じゃ「ご奉仕」だと勘違いした・・・よなぁ。)


グレイアはそんなことを考えつつ、皿を浮かしてひとつずつ清掃魔法をかけていく。


(まぁ・・・でも・・・勘違いしてようが関係ないか。獣人じゃないから無理に性処理を覚えさせる必要もないし。)


彼女は12歳程度であるはずだ。その歳で色々な人間のもとを回されているなら、普通に玩具として使われていても違和感は無い。

彼からすれば、そう考えることすらあまり好きではないが。


(うん・・・調理器具も新調か。料理したら味噌汁とか卵焼きとかも作りたくなってきたから今度買いに行かなきゃな。)


彼はキッチンの棚に皿を戻し、壁に掛けられているボロくなった調理器具を一瞥する。前に新調してからもう5年くらい使っている。


「ん・・・よし。」


彼は部屋を一通り見回し、何かやり忘れたことがないか確認すると、体を青年の姿に変えながらエルの待つ部屋へ歩いて行った。


「あっ・・・ご主人様・・・」


ドアを開けたグレイアに気づき、エルが自慰行為をやめる。


「先に濡らしておきました・・・それとも、ご主人様が前戯をなさった方がよろしかったでしょうか?」


もう慣れたと言わんばかりの様子に、グレイアは頭を抱える。


(あー・・・健全になるように矯正する必要もあるのか・・・)


彼の価値観は常識を外れたものであるが、決して非常識ではない。ましてや、まだ齢12程度の少女が一糸まとわぬ姿で陰部を濡らして待ち人をしているなど、普通は異常なのだ。


「ご主人様・・・どうなさいましたか?」


頭を抱えている様子のグレイアに困惑したエルは、彼の傍に近寄り、顔を見上げる。


「・・・体の内側まで確認する必要がありそうだ。」


彼はそう呟くと、エルの頭に右手を置き、魔法を発動させた。


「「眠れ」」


短い詠唱と共に発動した魔法は、エルの瞼を落とし、彼女を眠りの世界へと誘った。


「・・・よし。N、エルの体を調査して異常を見つけるんだ。」


倒れるエルを受け止めたグレイアは、彼女をそのままベッドに寝かせる。


『外装モジュールの使用権限を要請します。』


Nはグレイアにとある許可を求めた。それは彼の頭脳であるNが物理的に外に出ることを許可する権限である。


「許可する。それも関連する権限全てだ。」

『了解しました。作業に取り掛かります。』


Nがそう言うと、グレイアの体から粒子が飛び出し、一つの面に淡く光る皿状の丸い突起が付いた箱のようなものを形成する。


「・・・外装モジュール、オンライン。調査プロセスを起動し、身体スキャンを開始します。」


箱型のNはそう報告し、エルに向けて皿状の突起から扇形のレーザー光を照射する。


「残り時間の報告を。」

「はい。スキャンに10秒程度、異常箇所の修正に30秒程度かかるでしょう。」

「把握。スキャン終了時には異常箇所の詳細を報告するように。」

「了解しました。継続します。」


Nはそのまま作業を続け、異常箇所の報告をする。


「異常箇所を3ヶ所発見しました。」

「詳細は?」

「はい。異常箇所は免疫力の低下、心的トラウマによる精神障害、生殖器の破損です。」

「・・・精神障害の治療法は?」

「はい。トラウマに該当する記憶の削除です。」

「把握した。少し待て。」

「了解しました。」


グレイアはNの作業を止め、2つ目の異常箇所の対応について考え始める。

記憶に関する治療は初めてでは無いが、ひとりの人間を構成する根本の概念を改変することは、たとえ上位存在であってもそれ相応に慎重になるものだ。


(合理性を求めるのならこの場で治してしまうのが最善なのだろうが、記憶の改ざんは1歩間違えれば精神崩壊を招きかねない。)


彼は少しの間考えた後、Nに命令を行う。


「免疫力の低下と生殖機能の破損のみ治療しろ。精神障害は治さないままでいい。」

「了解しました。しかし、情報ライブラリには精神障害は日常生活にも影響を及ぼすと記載されていますが・・・」

「把握してる。だから俺が対処する・・・しばらくは先送りになるだろうが。」

「了解しました。作業を再開します。」


Nがそう宣言すると、Nの体から謎の管が2本生えてきて、エルの首元と子宮がある辺りに注射のように刺さった。


「・・・治療シークエンス開始。全権限解放により、プロトコル1を優先・・・即効性を重視。魔法のみを使用します。」


すると2本の管のそれぞれで別の魔法が発動し、エルを治療していく。


「治療シークエンス・・・70・・・80・・・90・・・最終チェックに入ります。調査プロセス起動・・・治療シークエンス完了。個体名、エルヴァの異常箇所は心的外傷による精神障害のみ。マスター、次の命令を。」

「特になし。戻れ。」

「了解しました。外装モジュール、オフライン・・・全権限を返却します。」


───違和感。

彼女を治療していく過程で生じた、ひとつの違和感が彼の思考に現れる。


(・・・例え重度のPTSDだったとして、あまりにも症状が綺麗すぎやしないか。)


別の言葉を使えば「わかりやすすぎる」と言った方が良いだろう。

彼の思う「鬱」や「PTSD」の人々。今まで数々の心的外傷者に触れてきた彼にとって、あまりにもわかりやすすぎる違和感に気づくのは道端に落ちたゴミ袋を見つけるが如く、非常に簡単なものだった。


(わかりやすい反応・・・日常で伝えてしまうような指示に過剰な反応を示し、それによって何らかの記憶のトリガーを引かせる。)


そして彼の脳内に浮かんだのは、先程のエルヴァの顔である。

普通の人間であれば、シチュエーションや人の声色から考えれば、服を脱いで待っていろ・・・という指示が性的暴行への誘導を示すという予測をする者は少ないだろう。

仮に彼女がその一部に入っていたとして、奴隷の頃に経験したであろう経験と差し引いたとしても、良く考えてみれば過剰な反応にも思えた。


(・・・まあ、俺はできることをやるだけだ。できる限りこいつが幸せになるように。)


そして、彼が過去に体験したような筆舌に尽くし難いほど辛い経験をしないように。


(つっても、思い詰めすぎなきがするけど。)


なるべく楽観的になるように。

そう意識しながら、彼はエルのために魔道具の制作を始めるのだった。




───────


オマケ


魔法技術について。

この世界では詠唱の優位性が高い。短くとも詠唱をすれば、魔法発動時の魔力消費量を実感できるほどに減らすことができる。詠唱の時間というデメリットがあるものの、それを差し置いても「戦闘中では補給が困難なリソース」を削減できるというメリットが圧倒的に優位となる。

仮に無詠唱によって予備動作なしに魔法を発動したとしても、多人数が相手の場合は探知役に魔力の動きを探知されるので普通にバレる。(この世界の戦闘において、チームメンバーに探知役を置くことは基本中の基本。なぜなら、ひとりで常時発動型の魔法を複数発動することが不可能に近いからだ。)

魔力の動きを探知されずに魔法を発動するのは至難の業で、例えるなら息をせずに楽器を吹いて奏でるようなもの。

なのでこの世界における無詠唱魔法は「難易度とコストが高いクセに戦闘においてはそこまで優位性を得られない微妙な代物」と認識されている。

もし無詠唱魔法を得意顔で使っている魔法使いが居るとすれば、周りからは「やべぇ変態だ・・・」と思われることだろう。物珍しさでパーティーにスカウトされるかもしれない。

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