第3話:秋のアラと娘の粗は見えぬ

 デーティアは控えの間に戻り、メイドにアニータを連れ戻させた。


「アニータ様、染みもなくなりましたしお茶会に戻りなさい」

 デーティアは命じた。

 アニータは真っ赤になって怒った。

「あんたが邪魔したのね」

「わたくしはよかれと思って染みを消してさしあげましたのに、ひどいですわ」

 泣き真似をして回廊へ飛び出す振りをすると、アニータはデーティアのドレスを掴んで引き止めた。

 ジルリアに自分と同じように同情されるのが嫌なのだろう。


「戻ればいいんでしょう!」

 アニータはデーティアのドレスをひっぱってお茶会の間へ入った。


 入ったところでデーティアは、ドレスを掴んでいたアニータの手を扇で軽くたたいて放させた。


「きゃっ」と大袈裟な声を上げてアニータは

「ひどいわ!叩くなんて!私が何をしたっていうの!?」と叫んだが

「あなたがわたくしのドレスを掴んでいたからです」と言って、すっかり皺になった部分をみせた。


 アニータは怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。


 白けた雰囲気の中

「さ、そろそろお開きにしましょう。ティアのドレスはたくさん作りましたからね。そんな皺、気にしなくていいわ」

 フィリパの一声でお茶会はお開きになった。


 ******


 お茶会の後、デーティアはフィリパの居室で事の顛末をはなした。


「何が"慈愛の化身"だ。甘い毒じゃないか。しかも愚かだよ。他人の行いを自分のものにする手管が甘いね」とフェリシアを評した。

「"天使の如く無邪気な令嬢"?子供っぽくて野放図で、しかもそれが自分を演出する計算なんだからね」アニータを評す。

「エレンとジュリアは気後れして、王太子候補から外れたがっているね。2人とも15歳だろ?さっさと外してやりなよ。可哀想だ」

「では伯母上はジャンヌに賛成なのですね」

 フィリパが尋ねる。

「王太子妃の資質はジャンヌが抜きんでているね。他の令嬢とは比べ物にならない。なんでジルリアはジャンヌをいやがっているんだい?」

 デーティアは続ける。

「ジルリアはアニータにもフェリシアにも妄信に近いかと思ったけれど、あの2人の言うままにジャンヌが悪い娘だとは考えてはいないようだし。まったく面喰うよ。別に魔法にかけられているわけでもないのに」


 フィリパは静かに答えた。

「国王陛下とわたくしがジャンヌを強く望んでいるのが気に入らないのでしょう」


「まったく、早い結婚も遅い結婚も問題なんだねえ」

 デーティアは呆れた。


 そこへ王太子ジルリアの先触れがやってきた。

「フィリパ母后殿下へのお目通りをご希望です」

「すぐに通して」

 フィリパは鷹揚に答えた。


 王室の生活は堅苦しいね。親に会うのにも一苦労だ。

 デーティアはげんなりした。


 入室したジルリアにデーティアは手をひらひらさせた。

 ジルリアはぎょっとした。

「いらっしゃい、ジルリア。今日は先触れをだすなんてどうしたのですか?」

 フィリパは尋ねた。

「母上、ご機嫌がよろしいようでなによりです。正式にお尋ねしたいことがあったのです」

 そしてデーティアに

「大伯母上のご機嫌もよろしく…」

「よろしくないさ」

 デーティアは遮った。


「あんたの"正式なお尋ね"とやらを当ててあげようか」

 ニヤニヤ笑ってデーティアは言う。

「お茶会で汚されたアニータのドレスを国費で作りたいんだろう?ダメだよ」

 図星をつかれたジルリアは、怯むが食らい付いて来た。

「しかし大伯母上、あのドレスには紅茶の染みがつけられたのです。母上のお茶会でついたものなのですから」

 デーティアはくすくす笑った。

「フェリシアが"うっかり"こぼしちまったんだから、あんたが代わりを用意する必要はないよ。それに」

 デーティアは人の悪い笑顔で続ける。

「染みはあたしが綺麗にしてあげたよ。あのドレスは新品同様さ。ついでにもうあの子にはどんな染みもつかないようにしてあげたよ」


 ジルリアは目を瞠って

「大伯母上も茶会にいたのですか?まさか回廊も見ていたのですか!?」

「ああ、居たよ。あんた、あの手で何回騙されたんだい?何を貢いだか興味があるねえ」

 ぐっと詰まるジルリアに、涼しい顔でフィリパが応えた。

「伯母上は国王の遠縁のティアとして紹介しました。みなさん今頃はジャンヌ対策だけではなく、ティア対策も考えているでしょうね」

 誰がとは言わない。


「これから催される妃選びの席に出席して判じていただくことにしました」

 フィリパが言い渡すと、ジルリアは少し赤くなった。怒ったらしい。

 短気は王家の家系だね。

 あたしは短気をおさえこまなくていい気楽な立場だけど、王族はさぞかし気鬱だろう。この辺が「慈愛」とか「無邪気」に惹かれる所以かもしれないね。

 デーティアは分析した。


 つまりジャンヌをすんなり受け入れられないのは、少々の近親憎悪があるらしい。

 自分と同じような環境で育ち、同じように公の場で感情を露わにしないジャンヌに自分を重ねているのだ。


「母上、大伯母上」

 厳しい声でジルリアが言う。


「私の婚姻は政治です。政治は男の仕事です。女性が口を挟まないでいただきたい」


 おやおや、言うね。

 あっちこっち目移りして、しかも正体を見定められないくせに。


「口出しはしませんよ。あくまであなたが決めることです」

 フィリパは静かに言った。そして

「口出しと評価は違います。あなたが誰を選らぶかは確かに政治ですもの。公正な目で国の利益になる方を選ぶと、母は信じています」

 にっこり微笑むフィリパに何も言えないジルリア。


 しかしジルリアの言にむかっ腹を立てたデーティアは

「ちゃんと見定められるように手伝いに呼ばれたんだよ、あたしは」

 苛立ちを隠さずに言う。

「だからちゃんと役目を果たさせてもらうよ。政治には興味はないけどあんたは可愛いからね」

 と言ってニヤニヤして見せた。


「次のパーティーでは候補者全員と踊る必要がありますからね。叔母上、いえ、ティアも参加しますよ」

 フィリパの言葉に顔色が青ざめるジルリア。


 自分の愚かさはわかっているんだね。さっさと降参しちまえばいいものを。

 デーティアは呆れ顔になった。


 ******


 妃選びの親睦会の舞踏会は華やかに幕を上げた。

 婚約者候補の令嬢が招待され、王子ジルリアは今宵全員と踊ることになっていた。

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