第2話:恋は思案の外

 諦め顔でデーティアはお茶会の席に臨んだ。

 念のためその前の1週間は礼儀作法やマナーの講義を受けていた。その間に採寸や仮縫いが行われ、ドレスが何着も仕立て上がった。


 デーティアの赤い髪の色に合わせて、淡いオレンジ色が基調だ。

 名目ではデーティアは国王の遠縁になっているので、国王と同じ髪の色が目立つように、ヘアアクセサリーにはクラウン(後頭部の上部)から紗のヴェールが流れ落ちるものを着用している。後ろからは分かりにくいが、前からは赤い巻き毛が目立つ。


 公に"婚約者候補"とは言わないが、こうして婚約者候補達と前王太子妃の親睦のお茶会に出席させることで匂・わ・せ・ている。

 しかも席は前王太子妃フィリパの隣だ。席順でフィリパに次ぐ高位と示している。


 フィリパは最初に「国王の遠縁のティアです」と紹介した。敢えて家の名前は出さない。

「わたくしのお気に入りなのよ」と優雅に笑うに留めた。


 フィリパの意図は、婚約者候補達を探って欲しいということだ。


 言葉や態度の端々でフィリパは、"慈愛の化身"フェリシア・サバレーナ侯爵令嬢と"天使の如く無邪気な"アニータ・カンダリア伯爵令嬢に、嘘を感いているらしい。

 それを暴いて欲しいのだ。


 デーティアは薫り高い紅茶を注いでくれたメイドに微笑んで礼を言う。

 するとアニータが

「まあ、使用人に礼を言うなんて」

 と笑った。

 デーティアは紅茶を飲み

「とてもおいしいわ」

 とメイドに微笑みかけ、アニータの言葉を無視した。

「使用人に言葉をかけても私は無視なさるんですね」

 アニータははらはらと涙をこぼした。


「今日はこんなに肌寒いのに、どこかで虫の羽音がしてうるさいですわね」

 優雅に微笑んでお茶受けのサンドウィッチに手を伸ばす。


 デーティアは一応、王家の親戚で身分は明かしていないものの、ここではフィリパに次ぐ高位者となっている。

 自分より身分が高い者の言動を腐す言動は無作法だ。いや、目下の者に対しても無作法で下品な行為だ。

 親切に聞こえないふりをしてやったのに、噛み付いてきた上にこの国で第一位の女性であるフィリパ主催のお茶会の席で感情を露わにして泣くなんて、この時点で王太子妃候補失格である。


「まあ、アニータ様、こんな席で泣くなんてお行儀が悪いですわよ」

 デーティアが無視を続けると、優しい口調でフェリシアが言う。

「ティア様にはわたくし達の言葉など、虫ほどにしか感じないのですから無駄なことですわ。さ、涙をお拭きになって」

 フェリシアはハンカチを渡そうとした。

 渡す寸前にハンカチはアニータのティーカップに落下した。

「あら!わたくしとしたことが!」

 慌てた風でフェリシアはハンカチを拾ったが、その拍子にティーカップが倒れ、紅茶がアニータのドレスを汚す。


「ごめんなさい、アニータ様!」

 フェリシアはしおらしく謝る。アニータの顔が紅潮する。

 次いで思い出したように涙がはらはらこぼれる。

「私のドレスが」


 あーあ。やっていられないね。

 デーティアは横目でそのやりとりを見て呆れる。

 チラっとフィリパを見ると「こんなのいつものことよ」と目顔で言う。


 他の候補の2人の令嬢は固い表情で身動きしない。


 すっかり怯え切っているね。

 こんなやり取りを見たら、関わり合いたくないよね。きっと自分から断りたいところを、王家の要請だからできないだけなんだろうね。

 デーティアは同情した。


 そこにジャンヌが割って入る。

「紅茶は染みになりますわ。誰か、アニータ嬢を控室へお連れして手当をしてさしあげて」

 するとアニータが

「どうして私をのけものになさるんですか」

 と噛みついた。


 親切さえも毒に変えるアニータのどこが"天使の如く無邪気な"と形容できるんだろう?

 わざと紅茶をぶっかけたフェリシアを"慈愛の化身"?

 ジルリア、あんた、ばかなのかい?

 デーティアは心の中でジルリアを引っ叩いた。


 この王家の家系の男は女にだらしないのかもしれない。

 あたしの父親もジルリアの父親もろくでなしだったものね。


 デーティアはフィリパの気苦労に同情した。


 結局、アニータはメイド達が控室に連れて行った。


 その後はフェリシアの独断場で、自分がどれだけ慈善事業をしているかを滔滔と述べた。


 デーティアは心の中で嘲笑った。

 ほとんどフィリパとジャンヌがやっていると報告が上がっていることじゃないか。

 本人の前でよく恥ずかしげもなく言えるもんだ。


 こういうところがフィリパの懸念なんだね。


 デーティアはうんざりしてフィリパに申し出た。

「意地悪してしまったし、アニータ様の様子を見てきますわ」


 席を立って控えの間に行くと、アニータの姿はなかった。

 狼狽えているメイド達に尋ねると、気まずそうに眼を泳がしているばかりだ。


 控えの間を出ると声が聞こえた。庭園に面した回廊の方だ。

 デーティアが近づくとそこにはアニータとジルリアが居た。


「何があったのだ?正直に言ってごらん」

 優しく諭すジルリア。

「お茶会に出ているはずなのに、こんなところで泣いているなんて」


 デーティアはジルリアに内緒で王宮にいるので、さっと魔法で姿を隠して見守った。


 ジルリアはしゃがんで泣いているアニータを優しく起こした。


 あのねえ、ジルリア、5つや6つの子供じゃないんだから、こんなところにしゃがみ込んで泣いていることをおかしいと思いなさいよ。

 デーティアは苦々しく思った。


 アニータを立ち上がらせたジルリアは、アニータのドレスの染みを見つけた。

「どうした?」

 アニータはしゃくりあげながら切れ切れに言う。

「フェリシア様が…ジャンヌ様が…」


 あの娘、よりにもよってジャンヌにも罪を被せやがった!


「泣くな、アニータ。フェリシアもジャンヌもわざとではないのだろう?」

「はい。でもジャンヌ様が私を追い出して…」

 なんて娘っこだ!

 デーティアは腹を立てた。

「追い出したとは…いや、その染みをそのままにしておけないからだろう」

 おや、ジルリア、けっこう公平な見方ができるじゃないか。

 デーティアは感心した。


「こんな紅茶の染みはとれないわ。帰らなきゃ」

 泣くアニータにジルリアは


「ドレスを用意させよう。母上が誰かに贈る予定で仕立てたものが何着もあるはずだ」

 ばかジルリア。あれはあたし用だから、その娘が来たら裾を引きずるよ。

 デーティアは魔法で染みを消した。


 まったくメイドも魔導士もいるし、自分もけっこうな魔力持ちなんだからこれくらい簡単だろうに。ばかな男に育っちまったね。

 デーティアは呆れた。


「まあ、王太子殿下!染みを消してくださったのですね!」

 言葉とは裏腹に残念さが滲んでいる。ドレスが欲しかったのだろう。

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