赤の魔女の辛口結婚指南≪赤の魔女は恋をしない2≫

チャイムン

第1話:恋に師匠なし

 リャドの町から徒歩で1時間ほど森に入ったところに、魔女デーティアの家があった。


 デーティアは普通の魔女のように、黒や灰色のフード付きマントを纏っておらず、裏地が漆黒の深紅のフード付きマントを愛用していた。


 フードから覗く、肩で乱雑に切った髪はくるくる渦巻く赤毛だ。瞳は猫のような吊り気味の緑。長身で美しい10代後半の少女に見えるが、年齢は100近い。正確には今年97歳だ。

 母親がエルフ、父親が人間だからだ。


 自宅には小さな菜園や薬草園があり、卵用の鶏や乳用のヤギを飼育し、ほぼ自給自足の生活をしていた。

 町で年に数回ある祭りには、育てたヤギや鶏、ハーブを提供している。町の衆ともうまくやっている。

 町の医者や産婆、教会の司祭とも良い関係を築いている。


 デーティアの魔女の生業もうまくいっている。

 庭や森で採取した植物でハーブティーや薬や薬草茶そしてちょっとした化粧品や小物を作って売っていた。


 顧客は主にリャドの町だが、王都とも取引があり、実は王室にも納品している。

 というのは、デーティアは先代国王の娘で現国王の腹違いの姉なのだ。これは王家とデーティアの秘密だ。


 25年前、デーティアは現皇太子ジルリアを保護し、当時の王太子の座をめぐった醜聞を収める一助になった。王太子と第二王子は廃嫡され、ほどなく死亡した。ジルリアは王太子の座に就いた。事件の被害者である前王太子妃フィリパはデーティアに深く感謝しており、定期的にデーティアと手紙のやり取りをしている。

 年に何度か王宮に招待されるが、それは断っている。

 ただジルリアが小さな頃は彼とフィリパ可愛さに何度か非公式に会いに行ったことはある。


 元来気ままで身勝手で自分本位なデーティアである。ジルリアが6歳をすぎると、訪問は間遠くなり、せいぜい年に1度、それもフィリパに会うのが目的になった。


「男の子の可愛い時期はあっと言う間に過ぎるねえ」

 デーティアは思った。


 あれから25年が過ぎ、王太子ジルリアは妃選びを始めたとフィリパは手紙に書いて来た。


 普通、王族の結婚は早く、幼いうちから婚約者がいるものだ。

 しかし、父親がそれで手痛い失敗をして、ついには命を落とした経緯があるため、ジルリアはちゃんとした大人になってから、しかも自分の望みで妃を決めて欲しいとの祖父である国王と母フィリパの意向であった。


 もちろん、伯爵以上の高位の貴族令嬢に限定されるし、幼い時から厳選した令嬢数人と定期的に交流させていた。

 国王とフィリパはソムラニア侯爵令嬢ジャンヌを選んでくれればいいと望んでいた。


 ジャンヌは今年17歳。髪も瞳も明るい褐色で勤勉で慎ましく淑やかな娘だ。14歳から慈善事業に身を入れている。身分も問題ない。今では若い頃のフィリパのように"淑女の鑑"と名高い。


 しかしあくまで自分の望む相手を選んで欲しいと思っているので無理強いはできない。


 当のジルリアはどうかと言うと、ジャンヌは幼い頃から知っているものの、いや、だからこそ祖父と母が望んだ結婚相手を意識してしまい、控えめながら反抗していた。


 これまで礼儀作法や教養、そしてジルリアの希望で妃候補を5人に絞った。


 現在有力なのはこの"淑女の鑑"ジャンヌ・ソムラニア侯爵令嬢の他に、ジルリア曰く"慈愛の化身"フェリシア・サバレーナ侯爵令嬢、"天使の如く無邪気な"アニータ・カンダリア伯爵令嬢の3人だ。

 もちろん他にも2人のまだ婚約者のいない伯爵以上の令嬢が候補として挙げられている。しかしこの2人はすっかり腰が引けてしまって、名ばかりの候補者となっている。


 このあとの1ヶ月で何度かお茶会や小さなパーティーを開き、よりジルリアと妃候補の交流を深める予定だそうだ。


 冬至のパーティーでその令嬢達を招待し、ジルリアは候補5人全員と踊り婚約者を決めなくてはならない。

 もちろんジルリアの意思が一番重要視されるのだが、制限された状況にジルリアは反抗しているらしい。


「25にもなって反抗期かい。ジルリアもまだまだひよっこだねぇ」

 読みながらデーティアは笑った。


 しかし、手紙の後半にデーティアは頭を抱えた。


 ジルリアが過ちをおかさないよう指導するために王宮に来て欲しいと言うのだ。


 フィリパが観察したところ、フェリシアとアニータには二心あるらしい。後ろにいる親達も油断ならない。


「ジルリアは世間知らずで、今はジャンヌの真価に気づきていません。いえ、気づきたくないのでしょう。フェリシアの慈愛がどうの、アニータの無邪気さがどうのと言って、ジャンヌを軽んじています。どうか王城に来て、ジルリアの目を覚まさせていただきたいのです。

 7日後迎えをやりますので、どうかおいでください」


 迎えだって!?


 デーティアはぎょっとした。

 王家から正式な迎えが来るなんてとんでもない。

 今までの訪問は、デーティアが移動魔法で誰にも見られずに行っていたのだ。


 珍しくフィリパは本気で強硬手段に出たらしい。


 そりゃそうだよね。一人息子の結婚だもの。

 デーティアため息を吐き、王城へ飛んだ。


 ******


「あたしは色恋にはからっきし役に立たないんだよ」

 魔女デーティアは珍しく狼狽えていた。

「前にあんたに話しただろ?魔女になる時に子宮の機能を捧げたんだ。あたしの人生には色も恋もない。男は必要じゃないし子供は産めない」

 デーティアの言葉をフィリパは黙って聞いていた。

「こんなあたしが結婚について何か役に立つと思うなんて、とんだお門違いだよ」


「伯母上には」

 フィリパは静かに言った。

「ジルリアの結婚相手の候補になりすまして、ジルリアに真実を示して欲しいのです」

「なんだって?山出しの魔女のあたしがそんなことできるわけないだろう?」

 フィリパはにっこり笑った。

「伯母上は淑女の礼儀をご存じですわ。わざとそんなぞんざいな態度をとっていらっしゃるのはわかっています」

 デーティアはため息をついた。

 母の力は偉大だ。


「わかったよ」

 デーティアは投げやりになって言った。

「どんなことになっても責任はとらないよ。あと…」

 デーティアはニヤっと笑って続けた。

「あたし流のやり方ですすめさせてもらうからね」

 フィリパは優雅に微笑んで答えた。

「全て伯母上にお任せ致します」


 1か月後の当時のパーティーで、ジルリアは妃を選定する。

 それまで城に詰めて、様々な調査をして工作しなくてならない。

 ついでにドレス作りや、いくつかのお茶会にしてジルリアの妃の有力候補であることを見せつけなくてはならないらしい。


 ああ、頭が痛いね。


 一旦家に戻り、久しぶりに時間停止の魔法をかけ封印をほどこした。

 そしてリャドの町に商品を届ける。


「ちょっと留守にするからね。1ヶ月くらい」

 冬至の祭りは出られないので、予め町の食堂"青い雌鶏亭"のハンナにヤギを2頭預ける。

 いつもハンナに料理してもらい、町の衆に振舞うのだ。

「冬至の祭りに出られないのは残念だけど、春呼びの祭りは絶対に参加するよ」

 ハンナに告げたが、自分にも誓った。


 王家からの正式の迎えをよこすなんて脅しをかけるなんて、フィリパも強かだ。

 デーティアが絶対避けたいことだとわかっているのだ。

 そして他ならぬフィリパとジルリアの為には、骨を折るだろうこともわかっているのだ。

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