第六話:宇宙猫とお姫様③


 おかしい。

 四人の誘拐犯は誰もがそんな違和感を感じていた。


「何だったんだこんな時に道路工事ばっかり……」


「パトカーも走っていたな、気付かれたのか?」


「いや、そんな様子じゃなかったな。だが、道を変えたのは迂闊だったか?」


「追われている様子はないし、大丈夫だろう。それにしても今頃はもう別の車に乗り換えている予定だったってのに」


「まあ、こういうのにトラブルはつきものだ。全部が全部、予定通りに進むものじゃないってのは思ってはいたが……」


 それにしたって「これはないだろう」という運の悪さだ。

 犯人の一人である杉山という男は誘拐までの流れが出来過ぎるほどに上手くいった反動だろうか、とすら考えた。


「まるで狐に化かされた気分だ」


 行く先々に現れる都合よく現れる邪魔物の存在に一人が口を零した。

 これでも下調べは念入りにしたはずなのだ、それなのに急に現れた道路工事やら何やらがいつの間にかに現れて道を変える羽目になってこの有様……そんなことを言いたくもなると杉山も思った。


(……あれは本物だったのだろうか。確かに遠めに見える道路の工事をしている機械や作業員、看板などは偽物とも思えないがとはいえ前日まで影も形もなかったのに急に現れて見逃していた……と?)


 あり得ない、とは思うものの……では、それでは杉山たちが見た光景は何だったのかという話になる。

 どう考えても腑に落ちず、だからこそこの体験を言葉に表すなら狐に化かされたと称するのが一番良いだろう。


 いや、あるいは。


(……そんなことはどうでもいいか。さっきのが何だったのであれ、今は仕事の方が大事だ。引き渡せばそれだけで前金の十倍が手に入るんだ)


 杉山は気分を切り替えた。

 一番の難所であった誘拐の実行もスムーズに済み、あとは引き渡して報酬を受け取ればそれで終わりなのだ、水を差された気分になったが受け取った分け前で何をするか思案に暮れようとし、


「うおっ!? なんだ、急に……っ! おい、いきなりブレーキなんて――」


 不意にかかった慣性にそれは阻害された。


「どういう……ことだ?」


 不意に急停車した運転手の仲間に抗議の声を上げようとして、様子がおかしいことに杉山は気付いた。

 どこか呆然とした様子の仲間の視線を辿るように周囲の様子を伺い――気付いた。


「おい、ここは……だ?」


「し、知らねぇよ!」


「運転してたお前が知らないってことは無いだろ」


「本当にわからないんだって! お前だって見てただろう!? 俺は確か第四学区方面に向かっていたはずなんだ、大通りを走ってて……」


 確かに、と杉山は内心で同意した。

 いくら少し別のことに意識が逸れていたとはいえ、杉山たちの車は人通りの多い道を通っていたはずだ。


 だというのに。


「じゃあ、これは何だよ?」


「だから、わかんねぇって?!」


 今、杉山たちが居るところはまるで人気のない見知らぬ場所だった。

 明らかに向かっていた第四学区方面とは雰囲気が違う。


(確かに俺たちは向かっていはず……いや、本当にそうか?)


 そこでふと杉山は思い出した。


 自分たちは何度道を変えただろうか、何度道を曲がったのか……本当に向かっていたのだろうか。


「……本当に狐にでも化かされたのか? 蓬莱院のお嬢様に手を出したから」


「馬鹿なこと言うなよ」


「すまん」


「くそっ、それにしてもここは何処なんだ? この辺の地理には疎いからな、大まかにでも場所がわからないと動きようがないぞ」


「……仕方ない、少し辺りを確認してくる。標識なり何なりを見つけられれば――」


 そう言って仲間の一人がドアを開け、杉山もそれを追って車の外に出ることにした。


(何とも薄気味悪い感覚、まるで別の世界に取り込まれたような……そんな気分だ)


 そんなことを考えながら外を出た瞬間――


 目の前には男が一人現れていた。


「……は?」


 キャップを深く被り、顔は良く見えないが背格好から察するに恐らく中高生ぐらいだろうか、を両手にしている男だ。


 それがドアを開けて出た瞬間に目の前に現れたのだ。


(馬鹿ないつの間に……っ!?)


 一応、外に出る前に確認はしたはずだった。

 人一人が知覚に居れば見逃すはずがない、なのに杉山は気付けなかった。


「ドアを開けてくれてありがとう」


「っ!? ぐあっ……て、てめえ!」


 混乱し咄嗟に二の句を繋げない杉山を尻目に蒼手袋の男は何かを投げつけてきた。

 握り締めていた掌の中にあったものでそれは液体であった。



 何かの容器に入った液体、というわけではない。

 奇妙なことに蒼手袋の男は



 避けることも出来ずにそれを顔にかけられた杉山は両眼を開けることが出来ず、無防備になったところを突き飛ばされた。

 妙に目に染みるし、毒か何かかと思ったが一部が口の中に入ったその味とシュワシュワとした感覚に杉山はこれが炭酸飲料のジュースであることに気付いた。


「ふ、ふざけやがって……このっ! ……なんだ、これ!?」


 いきなりの事態に混乱していた杉山であったが、何はともあれが襲撃であることに理解が及ぶと顔を擦って視界を確保しようとして……気付いた。


 

 ただの液体であるはずのそれは妙に粘度があるというか、顔にへばりついて取れないのだ。


「くそっ、くそっくそっ! なんだこれ……!」


 状況は加速する。

 杉山がもがいて何度も擦って液体をどうにかしようとしている間にも上がる悲鳴、それと何故か響く猫の鳴き声。


 ドアを開け放つ音とそして微かに聞こえた女の声、状況を考えればそれは蓬莱院リオ以外にあり得ない。

 逃がす訳にはいかないと立ち上がり、杉山は音を頼りに追おうとするも――不意に離れていく下手人の足音は消えてしまい、ようやく見えるようになった目を見開いたときにはもう、蒼手袋の男も蓬莱院リオの姿もどこにもなかった。



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