第六話:宇宙猫とお姫様②


(えっ、猫……なんで?)


 リオは混乱していた。

 何故か当たり前のように彼女の目の前に現れた青みがかった白い子猫。

 誘拐犯のペットだろうかとも一瞬思ったが、仮にペットを飼っていたとしても誘拐事件を起こす時に連れてくるのはおかしなことだ。

 普通に考えてあり得ない。

 なら、考えるとしたら勝手に忍び込んだぐらいなのだが……。


「……にゃあ」


 まるで犯人たちに気付かれないように、声を潜めるように小さく鳴いた子猫は尻尾をくるりと動かしてリオの口元に当てた。

 人間だったら「しーっ」とでもするかのような所作だ。

 どのみち、口はガムテープで塞がれていたのだが、目の前の子猫の動作に奇妙なまでに意思を感じリオの頭は冷えた。


「くそっ! またかよ!」


「なんでこの道も工事を……聞いてないぞ、こんなの!」


「うるせえ、怒鳴るな! 騒いでも仕方ねえだろ。今のところ上手くいっているんだ、おい他の道は――」


「えっと、こっちがダメなら大きく迂回していくしか――」


 聞こえて来る犯人たちの声には何故だか苛立ちが混じっていた。

 状況はわからないが彼らの思い通りに上手くいっていない事だけは確かだ、それに対し痛快な気分になるが、とはいえ変に注目を集めてしまうのはマズいだろう。



 恐怖に飲まれてパニックになりそうだったリオは、努めて息を殺しとにかくジッとこらえた。



 その様子を眺め、白い子猫は「にゃあ」と小さく鳴いた。



                   ◆



「おい、次は?!」


「つ、次は右に曲がって……それから五百メートル進んで、次に左。それから――うぷっ」


「おい、本当に大丈夫か!?」


「だ、大丈夫……ギリギリ持つから!」



 蓬莱院リオを助けるために動く二人は黒いミニバンを捕捉しながら追い続けていた。

 自転車だからこそ行ける道を使ってショートカットしたからこそ追いつけただけで、本来であれば自転車と車であれば追跡し続けるのは不可能、振り切られてしまうのも時間の問題であったはずだったのだが、



 彼らには少しだけ特別な力があった。

 夏休みに入る前に友人から貰った――がそれを可能としていた。



 ――真白な刻限アリツェ・イム・ヴンダーラント



 有栖川紫苑の魔法。

 それは夢幻を操り見せる力。


 誘拐犯たちは今行く先々で道路工事が行われていることに

 そのせいで進路を何度も変える羽目になり上手く進むことが出来ず、そして紫苑たちの望む目的地へと何も知らずに誘導されているというわけだ。



 まさに計画通り。



「誰かさんが無駄遣いしてなければもっと余裕はあったんだけどなー?」


「うぐぅ……!」


「というか、なんでギリギリなんだよ……。一日一時間は使えるはずだろ!? 紫苑、お前……っ」


「だ、だだだだってリオ様に会えるかもと思ったら予行演習は必要だろ!?」


「そのせいで大事なリオ様を助けるための手段がギリギリになっているんですけど!?」


「ご、ごめんなさーい!!」



 計画通り……に進んではいるもののあまり余裕があるわけでもなかった。

 紫苑が思ってた以上に魔法を使っていたためにわりと時間的にもカツカツで弌華も焦っていた。


「それで? 車内の様子はどうだ?」


『報告。多少、犯人たちは苛立ってる様子はあるものの許容範囲内と思われる。蓬莱院リオも最初こそ動揺していた様子だが、今は落ち着き冷静に状況を伺っている様子だ』


「さ、流石リオ様……っ! 誘拐されているというのに……クール!」


「ええい、後ろで騒ぐな! とりあえず、予定の地点まで誘導してからが勝負、か」


「――やれるの? 危ないと思うんだけど」


「まあ、普通に相手は犯罪者だからな。それを相手にするならどうしたって危険な橋は渡らないといけないだろ、助けなくちゃならないわけだし」


「そっ、骨は拾ってあげるから。その命をリオ様に捧げよー」


「抜かせ」


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