第七話:宇宙猫と尋問①



「それで?」


「「「はい(にゃあ)」」」




「アンタたち何なの?」




 蓬莱院リオが偉そうに足を組み、そして見下ろす。

 ファミレスの床の上で正座をする弌華と紫苑、そして弌華の頭の上でふにゃりとしているエイブラハム。


 彼らはリオの鋭い眼で見下ろされながら詰問を受けていた。


「はぁはぁ、凄い生リオ様だぁ。それにこの上から見下ろされる冷たい視線……こんなご褒美が貰えるなんて。ボクは、ボクはもう……っ!」


「いや、理不尽だよね。助け出したのに、そのまま祝紹介しようぜってことでファミレスにまで連れて来たのにこの仕打ち。……まあ、確かにテンション上がり過ぎてロクに説明もしなかったけど。それはそれとして自転車の漕ぎ過ぎて、もはや破裂寸前の俺の太腿……太腿が正座で……っ! くっ、こんなののどこがご褒美だ。こんな超絶美少女に見下ろされながら痛みに耐える状況なんて……なんて……あれ、案外――」


『要求。我はお腹が空いた。ふぁみれすに来たのだからステーキを所望する』


 リオの耳には「にゃあー」としか聞こえない声で呟くエイブラハム。



「説明」


「「「は、はい!(にゃー!)」」」



 それぞれ勝手にやっているに二人と一匹の姿に、リオは言葉を荒げるわけでもなくテーブルを叩くなどの苛立ちを表現する行為も行わず、ただ静かな怒りを込めて端的に言った。

 そのただなる迫力に弌華と紫苑、そしてエイブラハムは居ずまいを正して説明した。


「とはいえ、説明なんてすることは……なあ?」


「そ、そうだな」


「ただ単に誘拐の現場を見てしまったので……助けに?」


 実際に見ていた、というか何なら乗り込んだまでしたのはエイブラハムなのだが、まあそこのところは良いだろうと弌華は答えた。


「助けにって……そう言えば貴方たち二人とも美術展覧会の方で――」


「ああ、それそれ。俺たちも今日来ていて」


「確か、私の絵を見ていた二人だったわね。そっちの子は服装が目立つから覚えているわ」


「ふ、服装……目立つ……リオ様に褒められたぁ」


「いや、褒められたのか? まあ、それはおいておくとして。つまりはそういうことです。蓬莱院さんも確か美術展覧会の方には居ましたよね?」


「えっ、そうだったの?」


「なんかチラッと似たような人を……」


「……そうよ」


「えっ、じゃあなんでギャラリートークには――」


「別に? なんか気分じゃなくなっただけよ」


 ツンとそっぽを向くリオの様子に、弌華は何となく深くは聞かない方が良さそうだなと思い、紫苑はなんか陶酔した。


「それでまあ、帰ろうとしたときにはあの様よ。……あっ、というかそう言えば気になっていたんだけどその子って」


「ん? ああ、エイブラハムのことか?」


「エイブラハム……中々に味のある名前ね」


 リオが弌華の頭の上でのんびりしているエイブラハムを指さして尋ねた。

 まあ、この様子を見れば凡その見当はつくだろう。


「普段はエーヴィって呼んでるんだけど。こいつはまあ、見ての通りに俺のペットでね」


「へえ、なんか私と一緒に車に入り込んでたわよ?」


「あー、うん。だから追いかけることが出来たんだ。エイブラハムの首輪には迷子にならないように追跡が出来るようになっていて――」


「ふへへ……えっ、そうだったっけ?」


「お前はもう少し頭の機能を回復させろ」


 野良猫であると思われるとマズいので、飼い猫であることを示すために蒼い首輪がエイブラハムの首には巻かれている。


 まあ、何の変哲もない革製の首輪なのだが弌華は聞かれるかもしれないと思い、適当に誘拐犯の車を終えた理由をでっちあげた。

 我ながら機転が回ったなと自画自賛していたが、生リオの存在にデレデレしていた紫苑は頭が上手く働いていないのか、寝耳に水だと驚きの声を上げた。


 とりあえず、弌華は適当に隣の紫苑の頭を黙っていろという意味を込めて小突くことにした。


「へぇー、そんなのがあるんだ。ということはエイブラハムは私の命の恩人ってことね? ありがとう、エイブラハム」


『要求。がーりっくすてーき』


 「にゃあ」と答えたエイブラハムに、言葉が伝わったのかと少しだけ相好を崩したリオ。

 実際のところ、全くかみ合ってはなかったのだがそんなことは露知らず、エイブラハムの頭を撫でながらリオは言葉を続けた。



「それから二人にも」


「「え?」」


「なんか勝手にテンション上げて聞いてなかったら言えなかったけど……助けて貰ったわけだし、その……ありがとう、というかなんというか。蓬莱院家の者として……そう言うのちゃんと言えないのは……なんだ、うん」



「「…………」」



「な、なによ。急に黙り込んで」


「「デレだ!!」」


「…………はあ?」


 ちょっと頬を紅くしてそっぽを向きつつもお礼を言う。

 それは正しく古式ゆかしきデレモード。


 冷然と美しく足を組んで見下ろすツンモードからの一連の流れ、それはもはや無形文化財として国が保存するべきのツンデレという概念を形にしたものだった。


 少なくとも弌華はそう信じている。

 そして、この芸術に出会えたことに神に感謝した。


(「おっさん」、アンタのお陰だ。アンタの後押しがあったからこそ美術展覧会に行ってみようかなんて気分になって……その結果がこれだ!)


『記録。なるほど、これがツンデレという概念。とても興味深い……生で観察できるとは』



「な、何がデレよ! デレてないわよ! ただお礼を……っ!」



「ツンから来て、デレに流れて、そしてツンで締める。流石だ、基本をおさえている」


「流石ってなに!?」


「ふへへ、リオしゃまのツンとデレの波状攻撃……ボクの頭が沸騰しちゃう」


「だからデレてないってば?!」


「落ち着け、ツンデレのプロ」


『判明。なるほど、これがプロ……』


「そんなプロなんて居るかぁ!? ……ったく」


 アホなことで何やらワイワイと盛り上がる二人と「にゃあにゃあ」言っている猫の姿に、リオは何というか気が抜けてしまった。


(なんか、どっと疲れたわね……)


 思い返せばリオは彼らの手によって逃げ出したばかりで、そのまま休む間もなくこのファミレスに来たのだ。

 数十分の間だったとはいえ、極度の緊張を強いられていた時間は自分でも思っていた以上の負担だったらしい。


(助けて……くれたのよね)


 リオとしても色々と聞きたいことが無いわけではない。

 とはいえ、どこか毒気が抜けてしまったのもあり彼女は床から立ち上がって、リオが座っている向き合い型の四人掛けテーブルに座るように促した。



「まぁ、いいわ。とにかく何か食べましょう。少しお腹が減ったわ。貴方たちも一緒に……ね?」




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