第八話:宇宙猫と侵略者①


 夏休みに入って一週間ほどの時間が経った。

 外は雲すらない快晴の空が広がり、夏真っ盛りという様相。


 だからこそ、如月弌華はクーラーの効いた室内に籠ってゲームをするという選択を選ぶ。

 夏の暑い日にクーラーをガンガン使ってスナック菓子とジュースを片手にゲームに楽しむ、それこそが正しい高校生の過ごし方なのだと信じている。



 故にこうして積んでいたギャルゲー攻略をダラダラと勤しんでいるのだ。

 それは夏休みに入ってからの日常ではあったのだが、最近とある変化が表れていた。



「ん、ポテチ」


「ははー! コンソメです、リオ様!」


「ん、コーラ」


「ははー! ストローもどうぞ!」


 後ろで聞こえて来るのは二人の少女の声だ。

 振り向けばラフな格好をしたリオがソファの一つを陣取ってタブレット型の情報端末を片手に何かを呼んでいた。

 先ほど、紫苑相手に「これはどう? 似合う?」などと問いかけていた辺り、恐らくはファッション系のものであるのは間違いない。


 因みに紫苑の反応は想像通りのモノだった。

 骨の髄までリオの厄介ファンをしている紫苑にとって彼女のお傍に居て話しかけられるということ自体が至福なのだろう。

 完全にパシリに近い扱いで、さっきから菓子やらジュースを催促される度に嬉しそうに用意していた。


「……なんで居るの?」


「あら、居ちゃ悪いかしら?」


「そうだぞ、ごるぁあああ! リオ様がどこに居ようとリオ様の勝手だろーが! この野郎ー!!」


「いや、ここ俺の家! 家主は俺! 何か当たり前に来て流れで受け入れてるけど、別に紫苑に対しても何時でも来ていいとかは――」


「言ったじゃん」


「……まあ、それに関しては言ったけども」


「言ったのね」


 何となく意味深な視線を向けてくるリオの視線から逃れるように一度咳をすると、弌華は再び口を開いた。


「それはともかくとして、だ。……まじでなんで蓬莱院さんが来ているの?」


「あら、ダメかしら」


「さっきと同じで答えになってない……。いや、正直目の保養になるしいい匂いもするので別にいいんですけどね」


「ふーん、気持ち悪いわね」


「あっ、ストレートな罵倒は辞めてください。お願いします」


 美しい異性の少女であるリオの口撃は容易に思春期男子である弌華の心を傷つけた。

 その様子に笑いながら追従する紫苑。


「全くですね、弌華のやつは変態です。リオ様の香り堪能しようなどと……すうっ」


「有栖川さんと同じくらいね」



「「なんですとぉ?!」」



 当たり前のように一括りにされ、抗議の声を上げるもののリオの一睨みだけで黙らされる。

 これが生まれついた家柄の差なのだろうか、お嬢様って強い。


「まっ、それはともかくて。ここに居るのは避難先のようなものよ。あれ以来、外を出る時は面倒が多くてね。お付きの人も倍以上に増やされるわ、現在位置を常に定期的に発信するアプリを義務付けにされるわで……もう沢山! 外に出てるはずなのに息が詰まるっての!」


「そりゃあ、まあ……仕方ないのでは?」


『同意。我もそう思う。結局のところ、我らは犯人を捕まえてはいない。そうである以上、次の犯行を警戒するのは当然』


 エイブラハムの言う通り、リオの誘拐犯については依然として正体が不明だ。

 彼女と車内に居たエイブラハムからの話によれば、あくまでも彼らは実行犯で依頼者は別ということになる。

 仮に四人組の犯人たちを捕まえることが出来ても、それで解決するのかは微妙な所だ。


『検索。少し気になって調べたものの、蓬莱院グループというのはかなりの巨大な複合企業だ。少なくとも国内において絶大と言っていいほどの権勢を持ち、この「学園特区「月之宮」」にも強い影響を持っているほど。そして、そのグループの総裁である蓬莱院道景の一人娘が――蓬莱院リオ』


「こういうのもあれですけど。狙われそうですよね、色んなところから」


「まっ、でしょうね。怨恨に営利目的、それとも……って感じで正直思い当たる節があり過ぎてわからないくらいわね」


 蓬莱院グループはここ二十年ほで一気に急成長した企業であり、その急成長の影には当然多くの競争に負けた企業の倒産、あるいは吸収などの過程もあり、恨みに思っている相手には事欠かないという話だ。


「それでまあ、ウチの方が色々と心配症になって今の有様よ。まあ、事件の当時も本来なら私を守るためにお付きとして付いてきたはずの警護班が無能を晒したってのもあるんだろうけどね」


「えっ、居たのかそんなの」


「居たわよ、本来は。まあ、正直ぞろぞろついて来られるのも嫌だから数は絞って貰ってたんだけどね。あの時だって美術館内と外で数人いたはずなんだけど……」


「だけど?」


「まあ、急に予定を変更した私が悪いんだけどさ」


 少しだけ気まずそうに顔を逸らしたリオ。

 その様子に弌華は当時のことを思い出した。


 確か、急にギャラリートークに出演するのをやめたのがそもそもの始まりだった。

 何故そんなことをしたのかと聞こうとすると機嫌が悪くなるので聞きはしないが、自分の行動でその警護班に迷惑をかけた自覚はあるらしい。


 なにせ弌華と紫苑がいたから何とか救出できて逃れることが出来たとはいえ、警護対象をまんまと誘拐されているのだ、ただ怒られるだけは済まないだろう。

 その程度は予想はつく。


「まあ、ともかく。そういうことで正直外を出歩く気分じゃないのよね。ぞろぞろ付いてくるし」


「それはまあ、仕方ないんじゃ」


「かといってウチにずっと居るのも息苦しいし」


「うん、だからなんで俺の家に……」


「最初は有栖川さんの家にお邪魔したんだけど……ほら、アレじゃない?」


「入ったんだ」


「まあ、キモかったわ」


「リオ様ー!?」


「いや、勝手に手縫いでデフォルメ人形を作ってるのはヤバいだろ。むしろ、その後も普通に相手して貰えているだけ感謝しろよ」


「記憶から消去したからね。で、選択肢的にここしか残らなかったってこと。私こと、この蓬莱院リオが傍で過ごしてあげるって言ってるんだから感謝するべきよね?」


「凄い自信だ。自らにここまで自信満々に慣れるなんてこれが真の上流階級……! とはいえ、やっぱり連日来るのはちょっと……せめて日を置いてくるとか」


「なによ、私と一緒の空間に居られるという幸運にどんな問題があるというの?」


「そうだ、そうだー!」


(いや、だってエロゲーが出来ないし……)


 とは流石に口に出来ない弌華であった。

 これが紫苑だけなら別に構わずやるのだが、女性であるリオが居る空間でやるほど図太くはなれない。


 紫苑はノーカンだから別にいいが、などとバレたらぶん殴られるであろうことを考えつつ、弌華は話をそらすためにギャルゲーをやめて別のハードを取り出すことにした。




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