御手紙

松本貴由

あなたへ



 言ってくれたら焼肉いっしょに行ったのに。



 あなたのことなんかなんも知らん。

 名前も顔も年齢も。

 学歴もどこに勤めてんのかも。

 家族構成も交友関係も。

 いつもどんな靴はいてんのかも知らん。

 電車止めた人ってことしか知らん。


 周りの迷惑考えろよってみんな言うんよ。

 なんなん、死んでからも責めんといてほしいよな。


 なにがあったんかわたしは知らんけど、

 つらかったんやろな。

 誰かに呼ばれたんやろ、あ、いかなきゃ、って。

 わたしはあなたのことなんも知らんから。

 人のせいにしとくね。

 あなたのこと否定したくないけど、死んだことを肯定するわけにいかんからさ。

 だめやもん、自分から死ぬなんて。

 いのちを大切に的な綺麗事やないで。理由ないもん。だめと決まっとるから、やったらだめなんよ。

 どんな理由があったって、人殺したらあかんやん。

 でもだからって、やってしまったもんは責めたってしかたないやんな。

 あなたは帰ってこん。



 なんがあったん。

 あかんかったか。

 しんどかったか。

 言ってくれたら焼肉行ったのに。



 あんたより辛い思いしてる人はたくさんいる、とか

 この程度のこと乗り越えるのがふつう、とか

 弱すぎる、甘えんな、とか

 他人がわざわざ言わんくてもええやんな。

 いっつもあなたがあなたに言ってることやから。

 言われんでもわかってるもんな。

 自分がしょうもないなんて自分が一番わかってるもんな。

 こんな自分、って。な。


 なんで助けを求めへんの?

 なんで休もうとせんの?

 なんで一人で抱え込むの?

 そんな、ほんまに責めんといてほしい。な。

 そんなんわかってたもんな。

 でもできんかったよな。どうすればいいんかわからんかったよな。逆にストレス溜まったりもしたよな。

 人のせいにできたら楽やけど、そうもいかんやんな。

 無理しないで、逃げてもいいよ、って簡単に言わんといてほしいよな。

 無理せな生きていかれへんやん。

 この世に生きてるだけで詰みゲーやもん。

 ようがんばったよ。



 言ってくれたら焼肉行ったのに。

 あなたのことをなんも知らんわたしだから、あなたの話をきけたかもしれんのに。

 あなたのそばにおらんかったから。

 あなたのことをなんも知らんから、そばにいられんかった。

 あなたのことを知ってるだれかは、あなたのそばにおらんかった?

 わからんよな、そんなん。ひとのことなんか。

 自分のことで必死やもん。わたしも。

 いつも俯いてスマホ見て、同じ電車乗って同じ時間に仕事行って、疲れてさ、自分のことで精一杯やもん。

 その時わたしはあなたとすれ違っとったかもしれへん。

 顔を上げてみたらあなたと出会っとったかもしれへん。

 その時気づかんだけで、気づいたときにはもう届かんようになってる。

 あほやなあ。わたし。この世に生きてるみんなあほ。

 あほやのに、ようやるわ。みんな。



 焼肉やなくても、スタバでもいいよ。

 高かったらコンビニの100円コーヒーでもいいよ。

 ドーナツつけてさ。

 一息つこ。

 わたしもお金ないけど。

 なんも解決せんけど。

 なんか食べたくらいで、困ってることも悩んでることも、なんも解決せんけど。

 息抜きできたらよかったんやけどな。

 息抜く自分を許してあげられたらな。



 春先にさ、桜。みた?ソメイヨシノ。

 堂々たる咲き振る舞いやんな、で、はらはら舞う儚さ演出。

 あれ、国花のプライドやわ。わかってやってる、ぜったい。

 いっぱい人来てさ。お花見っていうたら桜やん。

 めっちゃきれいやんな。

 きれいなんよ。

 いきなりなんかって、息抜きの話。

 とっくに桜は葉っぱが茂ってますけど。

 わたしの地元さ、田舎やから、田んぼがあるんよ。

 今日お散歩したらさ、一面ピンクやってん。

 れんげ畑。

 あいつら雑草なんよ。やでもうちょっとしたら容赦なく刈られるんよ。田植えの邪魔やから。

 でも毎年毎年性懲りもなく咲くんよ。毎年毎年刈られてんのにさ。

 わんぱくすぎんか?あほすぎるやんな。

 でもきれいやったよ。

 わざわざ雑草見に来る人なんかおらんけど。

 知らんやろ?あんな、元気だけが取り柄ですみたいなまっすぐなピンク色。

 顔上げてみたら、そこに咲いてたかもしれんな。

 あほみたいなピンク。

 焼肉やなくても、元気出たかもしれんな。

 そんなんでええんよ。

 なんでもええんよ。

 ちょこっとでも元気でれば。

 なんでもええから、なんかあったらな。



 もう会えんね。

 わたしはあなたのことなんも知らんからべつに寂しくない。

 けど、あなたがいなくなったのは悲しいよ。

 あなたのことなんも知らん人から電車止めたふざけんなって責められて、あなたが悪者になんのが悲しいよ。

 でももう、次は焼肉行こなって言えんから。

 あなたとはもう会えんから。

 しゃあない。


 あなたが今どこにおるんか知らん。

 わたしが同じとこ行くんかも知らん。

 あなたのことなんも知らんから、すぐにあなたを忘れていくけど。

 今日もまたあなたを轢いた電車に乗っていくけど。

 たまに顔を上げるようにするわ。

 れんげ畑はなくなっとるかもしれんけど、代わりに苗が植わっとるかもしれん。

 焼肉はいけんかもしれんけど、缶コーヒーは買えるかもしれん。


 あなたのかわりやない。

 わたしのため。

 わたしが生きてくため。

 わたしがわたしを許すため。

 死なへんよ。












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