第8話 激突する二人

 困ったので、なりふり構わず力任せに思い切り引っ張ると、ずぽっと手は抜けてくれたのだが、手を引っこ抜いた勢いに対して踏ん張りがきかずあしこちゃんごとこちらへと飛んできた。

 ごぎ、と頭骨同士がぶつかり合う鈍い音がした。

 こういう場合は大抵片方が痛くないかわりにもう片方がのた打ち回るほどの痛みを覚えるものだが、果たしてのた打ち回る側になったのはあしこちゃんであった。

 一目ぼれした相手が苦痛にうめく姿に興奮するほど性的にねじ曲がっていなかった僕は、素早く駆け寄り、

「大丈夫ですか?」

などと優しげに声をかけたものの、あしこちゃんは土下座の体勢で歯を食いしばって痛みに耐えている最中のため返事ができない様子であった。

 どうしたものかとおろおろし、119番しようと思い至ったところで、ようやく前頭部を両手で押さえながらふらふらと立ち上がってきた。

 涙がこぼれたあとが両ほおに痛々しく広がっている。

 きっかけはさておいて結果的に女性を泣かせてしまったのだから、

「すみませんでした」

と素直に頭を下げる。

 しかし、それでも彼女は何も言わない。

 これは相当怒らせてしまったに違いないと僕は考えて、もう一度さらに深く頭を下げる。

 そして、下方よりちらりと彼女の顔を盗み見ると、ほおを膨らませてこちらをにらんでいるのが見えた。

 ふくれ面である。

 わかりやすさに安心したが、どうしたものかと思案していると、

「……こっちこそごめんなさい」

とあしこちゃんがにらんだままではあったものの謝罪の言葉を口にされた。

 ほっとして顔を上げると、目の前にびしりとあしこちゃんの右手人差し指が突きつけられた。

 そして、あしこちゃんは額にたんこぶを作り、まつ毛を涙でぬらしながら、

「おぼえてらっしゃい!!」

と言い残してつかつかと早足で去っていった。

 それはもう忘れようとも忘れられますまい、と僕は言いたかったが、言う相手はすでにそこにはいなかった。

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