ゲームクリア後
第55話
ピ、ピ、と、規則正しい機械音が聞こえてくる。
「…」
伊月はゆっくりと目を開けた。目に飛び込んできたのは、真っ白な天井。自分の腕には、点滴が繋がっていた。機械が、伊月の規則正しい心電図を描いている。ガラ、とドアの開く音がして誰かが入ってきた。
「あら?起きたのね。ちょっと待ってて、先生を呼んでくるから」
先生?誰のことだろう。程なくして2人、入ってくる。
「おはよう。気分はどうですか?」
にこやかに問いかけてきた。人当たりの良さそうな笑顔。医者、かな。
「…」
何も答えない伊月を見て、頷いた。
「大丈夫そうではありますね」
どこがだろう。全身が痛いのに。左足に包帯が巻かれている。
「ここがどこかは分かりますか?」
「…病院…?」
「はい、そうです。安心してくださいね。もう大丈夫ですよ」
「あ、はい…」
ドアがノックされる。医者は1度部屋の外へ出ていった。
「包帯変えますね」
看護師が服をまくってきた。腕にも包帯が巻かれているらしい。部屋の外から、話し声が聞こえてくる。
「彼はまだ目を覚ましたばかりです」
「しかし、彼以外には話を聞ける人がいないんですよ」
「負担が大きすぎます」
「5分だけでもいいんです」
こんな感じの会話の内容だ。ぼんやりそれを聞いていると、ドアが開いた。医者と、スーツを着た2人の男が入ってくる。ベッドの横まで来て、
「初めまして」
と言ってきた。
「初めまして」
「俺たちは刑事だ。少し話を聞きたいのだが、いいかな?」
伊月は頷いた。
「じゃあまず、名前は?」
「…高村伊月、です」
自分の名前のはずなのに、思い出すのに少し時間がかかった。名前を聞いた後、刑事の1人が病室を出ていった。どこかに電話しているようだ。
「伊月くん、か。話を聞く前に、君が発見された時のことを話そうか」
刑事によると、伊月は3日前に道路のすぐそばで発見されたそうだ。それから、近くにあったこの病院に運ばれた。簡単にいうとこんな感じ。
「これが、その時君が持っていた物だ。返しておこう」
手渡されたのは1台のスマホと砂時計。
「…?」
こんな物、持っていたっけ?見覚えがないが、とりあえず受け取った。
「発見された時に、自然につくようなものではない傷があったことで、事件性があると俺たちは考えている」
医者によると、肋骨にヒビが入っていて、左足には刺し傷、体のあちこちに焦げたような跡、腕に銃による傷、小指の爪も剥がされているらしい。が、どれも身に覚えがない。というかずいぶんとボロボロだ。
「発見される前、どこにいたか分かるか?」
伊月は首を振った。
「何をしていたのかは?」
それにも首を振る。
「じゃあ、何か思い出せることは?」
「…」
伊月は考え込んだ。本当に覚えていないのだ。家族と話をして、普通に学校にも行っていた。なのに目を覚ましたら病院にいる。わけが分からない。
「…あ」
「どうした?」
「何か、殴られた、ような…?」
頭に強い衝撃を受けたのが最後の記憶だった。
「他には?」
「それだけ、です」
「そうか」
刑事が、医者にどういうことだ、という風な視線を向ける。
「目を覚ましたばかりということもあり、混乱しているのでしょう。事件当時の記憶をなくしているようです」
そうなのか?
「とりあえず、今日はここまでにしよう」
刑事は病室を出ていった。医者にこれからしばらくはさっきの内容をしつこく聞かれるだろうと言われて、伊月は少しげんなりした。
「今日はゆっくり休んでください。とにかく命に別状はなかったので良かったです」
そう言って医者も病室を出ていった。
それから数日経ったが医者が言った通り、刑事は同じ内容を毎日聞きにきた。だが、何も思い出せないので同じことをひたすら答える。ある日、刑事が言ってきた。
「君が発見された時、もう1人、少女も発見されていたんだ。名前は神崎凛。この名前に聞き覚えは?」
神崎凛、という名に、ピクリと体が反応した。伊月自身は聞いたことのない名前だったのに、なぜか初めて聞く気がしなかった。
「…?」
誰だろう。一緒に発見された?
「昨日やっと名前が分かって。だが、残念ながら、亡くなった状態での発見だったそうだ。死因は出血多量による失血死」
出血、失血死。そんなことを伊月に言っていいのだろうか。いやそれよりも。血?ドクドクと心臓が急に大きな音を立て始めた。は、と自分の手を見る。
「うわっ!」
両手が、真っ赤に染まっていた。
「どうした?」
刑事が慌てたように聞いてくる。
「あ、れ?」
その瞬間には、自分の手を染める真っ赤な血は消え失せていた。一瞬、頭の中で何かがチラついたのだが、それが何なのかは分からない。少女は亡くなっていると聞いて、なぜだか無性に悲しくなった。
「いえ、何でもないです」
覚えてないのに、すごく悲しい。勝手に涙が出てきそうになる。凛って、誰なんだっけ?分かんないや。
「聞いたこと、ないです」
「そうか」
伊月は、窓から外を眺めた。普通に綺麗だなと思う。伊月の知ってる、何も変わらない少し見飽きてきたいつも通りの風景だった。
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