第54話

伊月は部屋を4つ戻った。

「どこ、いくの…?」

「ほら、部屋でしか使えない権利ってやつもらったじゃん。俺はまだ使ってないけど」

凛が頷く。

「そこだよ」

通路を曲がり、部屋へ入った。

「よっ」

部屋の中には、狐面の男がいた。来ることが分かっていたのだろうか。

「権利、使うんでしょ?何にする?」

「繋がる電話」

「だってさ」

すぐにフードの男が1台のスマホを持ってきた。

「これはちゃんと繋がる」

「ありがとう」

凛をそっと床に下ろし、壁に寄りかかるようにして座らせる。

「番号は?」

凛に言われた通りに押していく。プルルルル、と音が聞こえた。凛にスマホを渡し、伊月が隣の部屋へ移動しようとした時、狐面の男に

「3分たったら戻っておいで」

と言われた。なぜかは分からなかったが、伊月は頷いた。


凛は、伊月からスマホを受け取ったが、腕に力が入らないのでスピーカーにする。

『もしもし…?』

恐る恐る、という風に聞こえてきた声に、泣きそうになる。

「おかあさん」

電話の向こうで、息を飲む音が聞こえてきた。

『…凛…?』

「うん。そうだよ」

多分、そう長くは話せない。

「あのね、おかあさん。わたし、がんばったんだ。たすけてくれたひともいるの」

『待って、どういうこと?凛はどこにいるの?』

「わからない」

凛は、はぁと息を吐いた。それから数分、凛は家族と話をした。お母さんと、お父さんと、妹の声を聞けた。伝えておきたいことは伝えられた。まだまだ話し足りないけど、体にその余裕がない。

「ごめんね、おかあさん。もう、じかんがない…」

母は、戸惑っていた。当然だろう。でも、説明しても理解してもらえるとも思えない。そのまま、電話を切った。

「良かったの?」

「うん」

ふぅ、と凛はまた息を吐いた。


隣の部屋には、フードの男がいた。

「クリアおめでとう」

「ありがとう」

伊月はポケットから砂時計を取り出す。ひっくり返して、砂が落ちていくのを眺めた。

「どうだった?」

「どうって何が」

「楽しかったか?」

楽しくないと言えば嘘になる。けど楽しかった、とは言えなかった。

「あんたは、どうしてここにいるの?」

「唐突だな」

「教えてよ」

伊月はフードの男の方へと目を向けた。

「3つ目の部屋で毒ガス食らって、目がほとんど見えなくなったから、かな?」

「生き残ったってこと?」

「そ。ゲームで負けて、毒ガスで死ぬはずだったのにな」

そういうこともあるんだ。

「砂、落ちきってるぞ」

「あ、本当だ」

砂時計をまたポケットに入れて部屋を出る。

「じゃあな」

「うん」

ほんの少し言葉を交わし、伊月はまた凛のところへ戻った。どうやら、電話はもう終わったらしい。

「話せた?」

「うん。ありがとね」

スマホを受け取って、狐面の男に返した。

「伊月様、クリア後についての説明をさせていただきたいのですが」

「あぁ、別にいいけど」

「ここで、ではなく、バトルロワイヤルを行った場所で、です」

「分かった」

再び凛を抱え、戻った。

「それで?」

「クリアした後には、元の世界へ戻ることができます」

元の世界って、普通の生活のことか?

「どうやって外に?」

「そのことに関しましては、何の問題もございませんのでお気になさらず」

突然、ぐらりと視界が歪んだ。

「…?」

どんどん体から力が抜けていく。ギリギリで凛を床に横たえ、伊月も座り込んだ。

「…な、に…?」

意識を保つのでやっとだった。

「目覚めた時にはもう、元の世界に戻っていますよ。では伊月様、おやすみなさい」

体を支えられず、どさりと床に倒れ込む。霞んでいく意識の中、凛の声が聞こえた。

「さよなら、いつき」

さよならって何だよ、と言う前に、伊月の意識は途切れた。


「凛様、起きていらっしゃいますか?」

「うん」

「やはりそうですか。痛みで麻痺したからか、薬の効きも悪かったようですね」

「そうみたい。いたみも、だんだんわからなくなってきてるよ」

今、この部屋には睡眠ガスが充満していた。だから伊月は眠りについたのだ。のっぺらぼうの男は、凛の隣にしゃがみ込み、用意していた救急箱を開けた。

「いまさら、てあてするの?」

「えぇ。本当に今さらなのに、何をやっているのでしょうね、私は」

神崎凛は、もう助からない。出血量が多すぎた。刺された時点ですぐに止血していなければまず間に合わないというのに。

「凛様にも、生きていてほしいのでしょうかね」

凛がふふ、と笑う。

「おかしなひと」

「そうですねぇ」

穏やかに笑う。凛という少女は、普通の人間だ。それなのに、不思議な存在感があった。無視できない不思議な。他人にあまり興味のない伊月ですら惹きつけるほどの。

「怖くないのですか?」

「んー、すこしまえまではそれもあったんだけど、いまはもう、なんともおもわないかな」

穏やかに笑っている。

「そうですか。…おやすみなさい、凛様」

「ん、おやすみ」

凛が目を閉じた。

「お疲れ様でした」


〈今回のゲームクリア者 2人〉

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