第53話
部屋を出た伊月は、ふわぁ、と大きなあくびをした。部屋を進んで、女が主であった部屋へ戻ってきた。女が倒れていたところは相変わらず血溜まりが出来ていて、だけど少しずつ乾いてきていた。フードの男からもらった紙を取り出す。女の部屋へ入るには、スイッチ?か何かを押す必要があるようだ。
「あー、これかな?」
階段下の壁に、触ってみないと分からないくらいのボタンがあった。カチリ、と音がして壁が開く。目の前に人が1人やっと通れるくらいの通路が現れた。伊月はその通路を進む。本当は別にする必要のないことだ。部屋の主の生活していた部屋を見るなんて。だけど、知りたいと思ってしまった。大嫌いな女の生活を?っていうと何か気持ち悪いストーカーみたいに聞こえてくるな。伊月が知りたいのは、女がどんな風に世界を見ていたのかだった。伊月とは違う風に世界を見ているであろう部屋の主たちの中で1番理解できない。
「うわぁ」
部屋に入った瞬間、伊月は思わずそう呟いた。部屋は実に質素で、机が1つ、ベッドが1つ。それから割と大きめのタンス。あとは大きな本棚が壁一面に広がっていた。隙間なく本が並んでいる。女は読書家だったのだろうか?本の題名を見るが、ミステリーからノンフィクションから、ファンタジー、ライトノベルと多岐に渡っているようだった。
「すっごいな」
読んでる時間ないけど。部屋を調べようと見回すが、調べられるほど物もない。とりあえず、タンスは開けないでおこうかな…。いやいや、どうせ持ち主ももう死んでるしいいか…?伊月は少しの間葛藤し、それからタンスは最後にしようと決めた。まず机にある引き出しを開けてみる。3つある引き出しを、上から順に開けていく。栞や日記、文房具が入っている。日記をペラペラと軽く読んでみると、伊月が参加しているゲームよりも前のもののことが書かれていた。内容的には伊月がさせられたものと違いはないが、罵詈雑言が書き殴られていた。ものっすごくつまらなかったらしい。真っ向から女の考えを否定されまくったようだ。
「…」
理解しろという方が無茶があるんだろうけどな。一通り日記を読んだ後、1番下の引き出しを開けた。
「おっと」
これは。予想していなかったものが入っていた。銃。実弾銃。弾は入っていない。キョロキョロと周りを見ると、机の下に箱が置いてあった。開けると、たくさんの弾が入っている。
「…ラッキー、かな?」
もらっておこう。伊月は弾を込めて立ち上がった。女の部屋を出て3つ目の部屋に戻り、お茶を飲み干して凛の隣で丸くなった。ちなみにタンスには女が着ていた白いドレスが5着ほどかけられているだけだった。
「凛」
銃から視線を逸らし、凛の名前を呼んだ。間に合っただろうか?呼吸が苦しい。全身が痛い。浩との戦いが終わった瞬間から、体がものすごく重く感じ始めた。
「ゲームクリア、おめでとうございます。伊月様」
凛の前に立ってのっぺらぼうの奴が言った。
「今それどころじゃない」
「凛様はもう手遅れです」
「それでも応急処置でいいから、手当てしてよ」
のっぺらぼうの奴は首を振る。
「伊月様」
「…うるさい」
分かっている。もう分かっていた。あの出血量で助かるはずもないと。それでも凛に生きていてほしいんだ。
「いつき」
凛がかすれた声で伊月を呼ぶ。伊月は走った。
「凛!」
「いいよ。もう、いい、よ」
「何が?全然良くないから。もうしゃべらなくていいから」
凛を抱き起こして、伊月は首を振った。
「もう、わかってる。じぶんのことは、じぶんがいちばん、よくわかるよ。もう、まにあわない」
「そんなこと言わないで」
凛が微笑んでいる。どうして?どうして笑えるんだ?
「ねぇ、いつき。おねがいが、あるんだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないから」
「きいて」
「でも…!」
「いっしょうの、おねがい」
その言葉に、伊月は思わず黙った。
「それは、ずるいよ…」
凛は、ふふ、と笑った。
「こんなげーむで、もうひとがしなないようにして。もうだれも、きずつかないようにしてほしい」
伊月は目を見開き、黙り込んだ。
「……ごめん…」
凛はまた笑う。
「むりいってるのはわかってる。ぜったい、なんていわないわ」
違う。伊月は、できないことを謝ったわけではなかった。でも、何も言えない。
「あぁでも、さいごにかぞくとはなしたかったな…」
その言葉に、伊月は凛を抱き抱えて歩き出した。
「いつき…?」
「それは叶えてあげられるかもしれない」
「え?」
「伊月様」
「もうクリアしてるんだ。何したっていいだろ」
こんなクリア者絶対居ないな、とは思いつつもそのまま部屋を戻っていく。のっぺらぼうの奴は、黙ってついてきた。
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