第52話
伊月は、少年が閉じ込められているはずの前の部屋へ戻った。
「やっぱいないか」
檻のドアは開け放たれていて、檻の中に少年の姿はなかった。まぁどうせ、合鍵が2つ以上あっただけだろうけど。空の檻を横目に通り過ぎ、伊月はさらに前の部屋へと戻った。通路を抜けて、あの武器とかがたくさん置かれている部屋に入ると、フードの男がいた。
「伊月、何でここにいるんだ?」
振り返りもせずに言う。
「ちょっと物をもらいに」
「ここに来て結構経つけど、戻ってくる奴なんかお前が初めてだよ」
「へぇー」
やっぱり、これまでに何度もゲームは行われていたのか。
「どうして起きているんだ?」
「お茶飲んでないから」
フードの男は、そこでやっと伊月の方を見る。
「あぁ、なるほど。睡眠薬入ってるのバレたか」
「うん」
みんな眠り込んでいたけど、全員が全員、そんなに神経が図太いとは思えないし。
「で?欲しいものは?」
「あ、その前にちょっと聞きたいことあるんだけど」
「何」
「あんたたちとか、部屋の主とかって、各部屋に住んでたりするのか?」
怪訝そうな顔をしてフードの男が聞き返してくる。
「何で?」
「答えによって欲しいものが変わるから、かな?」
「ふーん?まぁ別に答えて困ることないからいいけどよ」
「じゃあ教えて」
「俺らはここには住んでねーよ。部屋の主の奴らは住んでるけど」
「なるほど」
「欲しいものは変わったか?」
「うん」
本当は何か書けるものもらおうと思っていたのだが、部屋の主は各自の部屋に住んでいるんなら。
「改めて聞くけど、欲しいものは?」
「情報」
フードの男はさほど驚かずに聞いてきた。
「何の?」
「ここの、2つ次の部屋の」
「分かった」
「えっ、くれるの?」
「当たり前だろ」
「前に来た時は砂時計持ってるからダメだって言われたんですけど」
カウンターにいた女の人はもういなくなっていた。部屋の中にいるのはフードの男と伊月だけ。
「あー、あいつな。頭硬いんだよ、そこは許してやってくれ。それに、お前が持ってる砂時計は特別だから」
「どこが?普通に百均とかで買えそうな市販品じゃん」
「そこらの百均では買えないよ。理由は言えないけど」
「そーですか」
それからフードの男はカウンターの奥にあるドアへと消える。数分後、分厚いファイルを持って伊月のもとへ戻ってきた。
「部屋の何の情報が欲しい?」
「女が住んでたところ」
「女については?」
「いらない」
フードの男が苦笑した。
「そうか」
フードの男は冷たいんだな、とは言わなかった。伊月は冷たいわけではないのだろうから。そして何より、自分が普通ではないことも自覚しているから。
「これ、あの部屋の地図。女が住んでたのはここだ」
ファイルを開き、フードの男はすっと指をさした。
「あの部屋にドアとかなかったけど、どうやって入るんだ?」
「あー、それなぁ。俺もよく分かんねぇんだよ。パーソナルスペースだってこともあるし、詳しくは教えられてない」
「入れなくはないんだよな?」
「多分な。紙に書いてないことは分かんないけど、部屋の入り方はあると思うぜ」
「あんたは読んでないの?」
フードの男が笑う。
「読めないんだよ。だからこれの管理を任されてんだ」
読まない、ではなく読めない。
「ねぇ、何で部屋に入ってきたのが俺だと分かったの?」
フードの男は即答した。
「匂い。あと雰囲気と足音。そんで振り返ってからお前の服装見て確信した。そういやお前、雰囲気変わったよな」
「え、犬…?」
「んなわけあるか」
「鼻、いいんだ」
「耳もいいぞ」
そこら辺はどうでもいいのだけど。目が見えないわけではない?なら字が読めないのか?まぁ、どっちでもいいか。俺がこれからすることには何の影響もないんだし。それよりも、雰囲気が変わったと言われて少し驚いていた。
「雰囲気が変わったって、どう変わったと思う?」
フードの男は少し黙った。
「何て言ったらいいのか分からないけど、冷たくなった…って感じたのかな?」
ファイルから紙を取り出しながら、フードの男は言う。
「いや、冷たいのとは違うか。よく分かんないけど、なんか変わったように感じたんだよ」
確かに伊月自身、少し変わったように思っている。受け入れたから、だろうか。よく分からないのは、伊月も同じだった。ただ少なくとも、確かに雰囲気が変わってはいて、でもそれは伊月自身が変化したわけではないということだけは分かる。
「ほら。これに全部書いてあるから。この紙に書かれてなければそれは分からないことなんで諦めてくれ」
「りょーかい。ありがと」
紙を受け取って、振り返ることなくそのまま部屋を出ようとすると、呼び止められた。
「なぁ、伊月。聞きそびれてたんだけど」
「何?」
「どうしてここまで戻ってこようと思ったんだ?」
「ルールには部屋を戻ってはいけないなんて書かれてなかったし、部屋に入るごとに物を1つ選ぶってあったから、もらえるのかなーって」
フードの男は感心したように頷いた。
「そうか。お前の予想通りだったな」
「そうなるね。欲を言えばもう1つ欲しいなー、なんて…」
「それなら部屋から出てもっかい入ってくるんだな」
伊月は苦笑しながらフードの男に言った。
「だよね。まぁ別に絶対欲しいって訳でもないし、めんどくさいし眠いからいいや。どうしても必要になったらまた来るよ」
「おう。じゃあな」
伊月は頷いて部屋を出た。
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