第51話
3つ目の部屋で、凛も含めた全員が眠り始めた時、伊月はまだ起きていた。
「…どうしよっかな」
伊月も普通に眠いので、そのまま寝てしまおうかを本気で悩む。けど、たった1人で行動できることなんて、この先あるかどうかも分からない。そのまま眠りたいのをぐっとこらえ、立ち上がった。その瞬間、眩しいくらいだった部屋の明かりが突然暗くなる。辺りが薄暗くなったことに驚くが、みんな寝ているからか、と1人納得する。眠った人たちが起きることはないのだろうが、伊月は静かに歩き出す。そして、前の部屋へと続く通路を進んだ。真っ暗な通路を抜けて1つ前の部屋に戻った伊月は、自分の目を疑った。
「あら、伊月」
女がひらひらと手を振っていた。伊月は目を細め、冷ややかな視線を向ける。
「死んだんじゃなかったの?」
「うふふ、死んだわよ?ちゃーんとね」
意味が分からない。死んだのなら、目の前にいるこの女は一体誰なんだ?
「ねぇ、どうして死んだはずの私が生きてるのか、気になるんでしょ?」
にこにこと笑いながら女が言う。
「でもやっぱり伊月はおかしいのね。自分が人を殺したわけではないと安堵するよりも先になぜ生きてるのかが気になるなんて」
伊月が一歩踏み出す。女は一歩下がった。
「かなり高いヒールの靴なのに、全く音が鳴らないんだな」
「ねぇ、人を殺したという実感はある?」
さらに一歩。
「ずいぶんと白い肌だな。明かりで透けそうなほどに」
「私が怖くないの?死んだ人間が生き返ったのよ?」
伊月は質問に答えない。光線銃を構えた。女は全く焦らない。
「また殺すの?」
「違う」
「何が違う?」
「お前は生き返ってなんかいない。俺がこの手で、間違いなく撃ち殺した。だからこれは確認だ。まずあり得ないことだけど、もし本当に生き返っていたとしても…そうだな、また殺すことになる。それだけだ」
伊月は自分の心が冷え切っているのを感じていた。目の前に自分が殺した人間がいる。また、殺すことになるかもしれない。それでも、やっぱり何も感じなかった。
「それがあなたの本性。やっぱり、あなたは私たちと同じなんだわ。いいえ、私たち以上かも。ねぇ、もう本当はとっくに気付いていたんでしょう?ねぇ、いつまで普通のフリをするつもり?ねぇ、早く受け入れて…。」
バシュ、と音がして、女がかき消えた。
「ほら、生き返ってなんかいない。お前は俺が…殺したんだ」
伊月の口が弧を描く。本当は、ずっと気がついていた。部屋の主を追い詰めるたびに、伊月は笑っていた。そう。女の言う通り、気がつかないフリをしていた。
「あはは。うん。気付いてたよ。それでも、普通でいたかったんだ」
今、自分の意思で女を撃った。笑った。もう気付かないフリはしていられない。受け入れよう。これも、本当の俺だ。伊月自身は、自分が狂っているとは思っていなかった。ただ、本来なら気付くはずのなかった自分を知っただけだ。けど、と伊月は思う。周りからすれば俺は人殺しで、殺したのに笑っている。狂っている、と感じるのだろう。
「…どうでもいいな」
周りがどう思おうと、伊月には関係なかった。どうせ、最大でも5人しか生き残れないんだから。次のゲームかその次のゲームで、他の人たちだって誰かを殺すことになる。自分が生き残るために。
「どうでもいい」
人を殺した実感はあるか、と女に聞かれたが、思い出して伊月は思わず笑っていた。ある訳ないだろ。人を殺した。それだけだ。そこに、何の感情を抱くこともない。
「やっと、受け入れましたね」
のっぺらぼうの奴がどこからともなく現れた。
「やっと?」
「えぇ。やっとです」
「…そうかもな。でも生き残れたら、ここから出られたら、俺はまた普通のフリをするよ」
のっぺらぼうの奴が首を傾げた。
「どうしてですか?もう、普通には戻れないでしょうに」
「それでも普通でいたいんだ。まだ、普通のフリができるから」
「そうですか。ここから出たそのあと、伊月様がどう過ごそうが構いませんよ」
「もういいか?」
「はい」
伊月は、にこりと笑った。まるで普通の人のように。
「じゃあ」
のっぺらぼうの奴は何も言わず、すっと頭を下げた。そうして伊月はまた、さらに前の部屋へと続く通路を進む。1人残ったのっぺらぼうの奴はまたしても呟いた。
「人の死にも、人を殺すことにも何の感情も示さない。自分が異常であることを理解しているのに、そのくせまだ普通でいたいと望んでいる少年。彼は部屋の主にはなれないでしょうね」
お面の下で、のっぺらぼうの男は笑う。
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