第50話

まだ、殺されてない。結構ギリギリだけど。

「なぁ伊月、もうこれで最後だから聞きたいことあるんだけど」

「何」

「俺が普通のプレイヤーじゃないと、いつから気付いてたんだ?」

すぐに殺してこない。質問してきた。そのことに、伊月は思わず笑い出しそうになった。かなり頑張って笑うのを我慢し、努めて無表情で答える。

「1番最初にのっぺらぼうの奴が人を撃ち殺した時、あんたは眉ひとつ動かさずにそれを見ていた。そのことが少し気になった」

思い出す。たかだか数日前のことが1週間以上前のことのように感じる。

「それが疑いに変わったのは3つ目の部屋の鐘のことをあんたに聞いた時だ」

「どこかおかしかったか?」

「誰も鐘を鳴らしてないとあんたは言った。なのに、あの鐘を鳴らすとどうなるのか知っていた。そこで疑いになった」

「へぇ」

「確信に変わったのは、最後の部屋で部屋の主に勝った時だ。俺はルールを足した。でも浩、あんたは共通のルールを知らないはずなんだ。1度も見せてくれと言ってくることがなかったから」

「それは、他の奴に聞いたんだよ」

「他の奴に、ねぇ。命に関わるようなルールでもないのに、普通の人たちが覚えてると思うか?覚えていても精々、暴力は禁止ってことくらいだろ」

これは実際に確認した。ほとんどの人が暴力は禁止であること、ペナルティは死であることくらいしか覚えていなかった。ましてや、ルールの付け足しという正直どうでもいいようなルールなんて、記憶に残るはずもない。

「そんであんたに課されてるルールは、さしずめゲームクリア時には1人だけで、とかそんなとこだろ」


本当は、のっぺらぼうの奴に聞いていた。このゲームに参加するのが初めてじゃない奴はいるか、と。答えはYES。それが浩だった。


浩が笑う。冷たい、伊月の知らない笑み。ビク、と体が無意識に震えた。

「そうだよ、正解。やっぱすげぇや、伊月。でもどれだけすごくても殺されてちゃ意味ないけどな」

冷や汗をかく。ふー、と息を吐いた。そして笑ってみせる。右手を握ってみて、伊月は大きく呼吸した。浩は、伊月が笑ったのを見てさらに笑った。

「どーした?さすがの伊月も気が狂ったか?」

喉元に突きつけられている刀を右手で握りしめ、ぐい、と右肩の方に引っ張った。ピリ、と痛みが走ったが、指が使えなくなるわけでもない。浩は突然刀を引っ張られてバランスを崩したようだった。その瞬間に伊月はポケットから出した佳奈の短剣を浩の右足に深く突き刺した。さらにバランスを崩した浩が、ぐら、と大きく右に傾く。ダメ押しでドン、と強く押した。それから左足を引きずるようにして立ち上がろうとしたが、浩の方が早く起き上がり、襟首を掴まれて引きずり倒される。伊月が起き上がるのを防ぐように、浩はまた伊月をまたいだが、伊月はその時には銃をまっすぐ浩に向けていた。満面の笑みを向けて浩に言う。

「俺は至ってマトモだぜ?」

浩は驚いて少し固まった。それさえなければ、もしかしたら間に合わなかったかもしれない。けど浩は硬直した。伊月は躊躇うことなく引き金を引いた。光線銃よりも強い反動を感じながら、浩が倒れていくのを眺める。

「…俺の勝ち」

は、は、と何度も短く息を吸う。

「ふ、あはは」

とても楽しい。勝った。浩に勝てたことがうれしい。

「その銃、どこから…?」

撃たれた腹を押さえて、浩は聞いた。

「あれ、まだ生きてるんだ」

無我夢中だったから、自分がどこを狙ったのかもよく分からなかったが、頭ではなく腹だったようだ。左足を引きずりながら、伊月は立ち上がった。

「まぁちょっとね」

立場が逆転した。

「えー、いいじゃんよ、もうこれで最後なんだから」

「そうだな。じゃあ教えてやるよ」

「ホント?やったー」

浩は、元気そうに見えるが血を吐いたりしているので決して元気なわけではない。

「前の部屋に戻ったんだ。それでもらってきた?というか見つけたというか」

「そーなんだ。前の部屋って戻って良かったんだ。…あーあ、俺も戻ればよかったなー」

浩は伊月を見る。

「何で負けたのかな」

「自分で傷えぐりにいくなよ」

「分からないんだ。教えてよ」

「知ったって意味ないだろ」

「うん、ないんだけどさ」

こんな会話をしている場合じゃないのに、と伊月は思う。だけど、浩との会話は本当にこれで最後だろうから。

「俺が持ってる武器を光線銃2つだと思ったことかな」

それは伊月が少しずつ刷り込んだからだろう。武器は2つだけで、手放したらもう戦えないと。

「そっか。俺、結構強いと思ってたんだけどな」

「どんなに強い奴も、油断してる時は誰だって隙をつける。もう俺に勝ち目がないと浩は油断した。だから俺は勝てたんだ」

人間なんだから、誰だって油断はする。真正面から勝てないならその隙をつくしかないと思ったのだ。

「…ねぇ、トドメ刺さないの?」

「結果は変わらない」

「そっか」

少し悲しそうな顔を伊月に向けて、浩は最後に呟いた。

「あぁ、楽しかった…」

目を閉じて、動かなくなる。その表情は穏やかなもので、微笑んでいた。手首に手を当ててみる。脈はない。本当に終わったんだ。手に持っている拳銃を見る。これがあって良かった。伊月は、部屋を戻った時のことを思い返した。

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