第49話

人が死んだ。殺された。普通ならかなりの衝撃的なことなのに。

「…凛?」

実感が湧かなかった。目の前で凛が刺されて、泣いて、血を吐いて、倒れて。その時までは。浩がゆっくりと伊月の方を見る。伊月は目を見開いて、固まっていた。状況が理解できない。目の前で起こっていることを脳が処理してくれない。浩が歩いてくる。2人の血に塗れた刀を持って。真っ白な部屋に、赤い血はよく映える。よく見える。凛の体から流れ出す血が、床を赤く染め上げていく。伊月は走り出した。ただまっすぐ、凛の方へと。浩は少し驚いたように銃を構えていたが、伊月は目もくれなかった。そもそも浩のことなど見えていない。

「凛」

浩のすぐ横を走り抜けて、凛の側にかがみ込んだ。凛はまだ息がある。今ならまだ間に合うだろうか?

「い、つき…」

ヒューヒューと苦しそうに呼吸する音が聞こえる。

「死な、ないで…」

伊月は目を見開いた。何言ってんだ。自分が死にかけてるこんな時に。

「お願い…」

凛の目からは、まだ涙が流れ続けている。早くしなければ手遅れになる。凛の手当てをするには、このゲームを終わらせるしかない。凛の手を握った。

「待ってて」

それから手を離し、パン、と自分の顔を叩く。

「銃、借りる」

両手に光線銃を持ち、浩と向かい合った。

「もういいの?」

「よくない。早く手当てしなきゃならない」

実感が湧くの、遅すぎだろ。今さら覚悟が決まったって意味ないのに。ふー、と伊月は息を吐く。

「顔つきが変わったね。いい顔してる」

真正面からじゃ勝てない。ならどうすればいい?考えろ。絶対に必要な条件は伊月の腕でも間違いなく銃を命中させられる距離であることだ。それがどれくらいの距離なのかは分からないが。

「なぁ伊月、そんな怖い顔するなよ。笑って?」

「この状況で笑えるわけないだろ」

浩がパッと銃を向けてくる。伊月は銃口から逃げるように走り出した。バシュッと音が聞こえてくる。

「逃げてるだけじゃ勝てないぞ?」

だから今考えてんだよ。口には出さずそう思った。

「伊月は普通じゃないよな?」

「普通って何」

「普通は普通だよ。お前は俺に向かって撃てるだろってこと」

撃てるだろう。死にたくないし、死なせたくない。

「なぁ戦おうぜ。楽しもうよ、この状況を」

バシュ、バシュ、と何度も聞こえる。光線が伊月の足を腕を、顔を掠る。立ち止まったら撃たれる。伊月も銃を撃つが、走りながらなので狙いが定まらない。銃を2丁持ってるんだから弾数でいったら伊月の方が上のはずなのだが、浩の狙いはとにかく正確だった。

「あー、痛ってぇなぁ」

あっという間に、かすり傷だらけになる。これ以上続けてもジリ貧でこっちが先に倒れることになりそうだ。勝負を仕掛けるか、と悩んだところで、突然攻撃が止まった。

「何」

「もっと遊ぼうぜ。伊月、海斗の刀持てよ」

本当に意味が分からない。だいたい刀なんぞ持ったことはないし、扱えるはずもないのに。

「何で」

「いいから」

海斗が瞬殺だったとすると、伊月もそうなる気しかしなかった。

「持てないけど」

両手の光線銃を見せる。

「1個捨てればいいじゃん」

「やだよ」

浩は肩をすくめる。

「じゃあ言い方を変えようか。1個でいい。捨てろ」

そう言って銃を向けた。

「ズルいよ、それは」

伊月に、ではなく凛に。

「1個でいいんだぜ?これでもかなり妥協してるんだけど」

伊月は黙って銃を床に置く。

「それ、どっか遠くに蹴って」

思いっきり蹴ったやった。

「あーあー、そんな乱暴に。のっぺらぼうの人怒るぞー」

「何でだよ」

「武器とか調達してんのその人だから」

そういうことは早く言ってほしかった。やばい、思いっきり蹴っちゃった。

「まぁいいや。ほら、早く刀持って」

海斗は、すぐ側に倒れていた。当然だけどもう息はない。

「ごめん、借りる」

手を合わせることもできない。そんな余裕はない。浩と向かい合う。

「いくぞ」

浩がそう言って大きく息を吸った。ギリギリで刀をかわすが、続けざまに飛んできた蹴りは避けられずもろに食らう。ぐ、と息が詰まって、ゲホゲホと何度も咳き込む。待て待て待て。今ピシッとヒビ入ったような音したんだけど?というか息するだけで何か胸?肋骨?痛いんだけど?

「次いくぞ」

その声にヤバいと顔を上げた瞬間、刀が目の前に迫っていた。伊月の目に、スローモーションで映る。避けられない。頭では諦めていたのに、体は勝手に動いていた。ギン、と大きな音が鳴り響く。

「おっも…」

受け止めるだけで精一杯だった。その上、呼吸もしずらい。浩の体が動いた。また蹴りがくると直感で思い、刀を払うようにして後ろに飛びすさる。心臓がうるさい。息切れもひどい。こんなことなら体育の剣道、ちゃんとやっとくんだったな。後悔したって遅いけど。というかまず体力欲しい。浩は離れた分の距離を詰めてくることもせず、銃を構えてくる。頭が警鐘を鳴らしたが、光線の速さに勝てるはずもなく。

「痛ったい…」

痛みに、銃を落とす。見事なほどに正確すぎる狙い。浩が放った光線は伊月の手首を貫いていた。手首を撃たれたことで、伊月は浩が手加減していたことを思い知った。構えてから撃つまでが速すぎる。これで銃を拾おうとしゃがみ込んだら間違いなく死ぬな。そこまで考えて、伊月は弾かれたように真横へ飛び出す。続けざまに放たれる光線を避けるために。銃、凛から借りた意味なかったかもな。

「伊月、向かってこいよ。もう刀しかないだろ?」

「…」

伊月は走る方向を変える。浩の方へまっすぐに。

「おいおい、やけくそか?」

浩は撃ってくるのをやめた。やけくそ、というのは半分正解で半分間違いだ。やけくそで突っ込んで勝てたら苦労しないが、そんなはずがなく。全力で斬りかかるが軽々と受け流され、足を払われて倒れる。背中を打って、ゲホ、とまた咳き込んだ。は、と短く息を吸う。ドス、と音がした。左足に痛みが走る。見ると、刀が突き刺さっている。

「う…」

「んー、まぁ海斗よりは楽しかったかな」

浩は全く息切れすることもなく、倒れている伊月が下手に動けないようにまたぎ、刀を喉元に突きつけて事もなげに言った。

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