第47話

「あなたはクリアだから、向こうのドアから次の部屋へ行って。あとは進行者が説明してくれる。他の人たちは、これから私と賭けるものを決めて一生ゲームをしてもらう」

進行者というのは、のっぺらぼうの奴のことだろうか。

「賭けるものって?」

「それはもう色々だよ。あー、そうだな、例えば臓器とかかな?」

待て待て待て。さらっととんでもない言葉が聞こえてきた。

「ごめん。何を賭けるって?」

「あれ、聞こえなかった?臓器、だよ。肺とか胃とか肝臓とか。脳と心臓を取っちゃったらゲームできないからそれは最後になるけど」

凛、海斗、佳奈の顔が一気に青ざめる。

「…そんなものを賭けるの?」

佳奈が呟く。

「そうだよ?それくらいのスリルは欲しいじゃない?ただの勝負じゃ物足りないんだよね。あ、もちろんハンデはつけてあげるから安心して」

ハンデがついたところで、少女と五分の勝負ができる保証はない。

「実はさー、1回負けたことがあって、私、腎臓1つしかないんだよねー。人間ってすごいよ?2つある臓器が1つなくなっても生きていけるもんだから」

腰の辺りをぽんぽんと叩きながら、カラカラと笑いながら少女は言うが、笑い事ではない。

「すぐに終わっちゃうのはつまらないから、まずは爪1枚ずつかな。その後は指から順に骨を折っていくの」

楽しげに語る少女を見て、伊月は認識を改めた。やっぱそうなんだよな、部屋の主になっている時点で普通にゲームが強いだけの奴な訳がなかったんだよ。

「手が使えなくなっても全然問題ないよ。口で言ってもらえれば私が代わりに駒とか動かしてあげるから」

誰も何も言わなかった。言えることもない。

「で、あなたは早く次の部屋へ行きなよ。私は今すぐゲームがしたいの」

「なぁ、それって最終的にはやっぱり死んじゃう感じ?」

浩が突然、一切の緊張感もなく聞く。

「そうだよ。どちらかが死ぬまでやるの」

「んー、じゃあそれちょっとダメ」

少女の顔が引きつった。

「何、してるの?」

「俺、みんなとやりたいことがあるからさ、全員次の部屋へ通してくれないか?」

浩は、少女に銃を向けていた。にこやかに、けれど有無を言わせないような。

「それは無理だよ。だってルールは絶対だもん」

「じゃあ死んでくれる?」

「…それも嫌」

「えー、このままいくと堂々めぐりになるだろ?」

「…浩?」

凛が、やっとの思いで声を出した。

「あぁ、凛。気にしないで」

「いや、え…?」

目の前で起こっていることが理解できてないようだった。他の2人と同様に。

「通してあげてください」

神出鬼没なのっぺらぼうの奴が、また突然どこからか現れて少女に言った。

「ちょっと待ってよ。話が違うわ。ゲームが終わったら好きなだけ遊んでいいって言ったじゃない!」

「えぇ、言いました。ですがそれでも、です」

「それは命令?」

「はい」

少女が考え込む。伊月も考えていた。浩の脅しは、この少女にしたからこそ意味を成したのだろう。前の部屋の奴らは、まぁ1つ前のはちょっと違うのかもしれないけど自分の生死に関してさほど興味が無さそうだったしな。楽しめればそれでいい、みたいな。

「…分かったよ。納得はしてないけど死ぬの嫌だし」

「ありがとうございます。ゲームのお相手なら、私が後でして差し上げますから」

「やだ。だって、あなたとは散々ゲームしたし、お互いの戦術とか全部知ってるから引き分けにしかならないもん」

この少女と引き分け?のっぺらぼうの奴ってめちゃくちゃ頭良いのか。

「それは良かった。俺も、無益な殺生はしたくないから」

それから浩は、なぜか伊月たちの方へと銃を向けた。

「それじゃあ、次の部屋へ行こうか」

銃を向けられた途端に、緊張が走る。

「ほら、早く早く」

次の部屋に入る時に、少女とのっぺらぼうが何か話しているのが見えた。けど、内容は聞こえなかったし、これから始まることには関係ないのだろう。浩は一体何者なのか。なぜのっぺらぼうの奴は、浩のしていることを容認したのか。大体の予想はついている。問題は次の部屋で何をさせられるかだ。伊月は1人、歩きながら考え込んだ。


伊月たちが移動し始めるのを見ていると、部屋の主である少女が話しかけてきた。

「ねぇ、もしかして銃を向けてきたあいつが?」

「はい、そうです。思ったより面白いことになりました。こういうのもアリですね。次からも取り入れてみようかと考えていますよ」

そう答えると、少女は首を振った。

「絶対やめた方がいい。あんな感じで面白くなったのはあの人がいたからだよ。断言できる」

「伊月様のことですか?」

「伊月っていうんだ、あの人。堂々とズルして、しかもちゃんとルールまで変えてくる人なんて初めてだったよ」

「そうですねぇ、あの様子だと、やはり最初のアドバイスは要らなかったかもしれませんね」

少女が突然黙る。

「どうしました?」

「あの伊月って人、普通に勝負してきてもいい勝負になった気がするんだ。最初に見た時からそう感じてた。だから普通の勝負、したかったなと思って」

「あなたは特にそうでしょうね。天才少女と呼ばれ、人々に持ち上げられもてはやされ、強すぎるがゆえに自らの満足できる勝負を求めていたあなたは」

全戦全勝。圧倒的な強さによる無敗を誇った最年少王者。チェスでも将棋でもオセロでも。人々は少女のことを天才と呼び、もてはやし、そして利用しようとした。だか全てを見抜き、人の人生をまるでゲームと同じように徹底的に潰してしまえるこの少女はやはり、間違いなく天才なのだろう。そして狂人だ。ゲームの全てにおいて最強であり、満足することがなかった故に、彼女の心を満たすのは段々スリルへと変わっていった。勝つのは当たり前。その過程のスリルを求め始めたのだ。そんな少女に勝てたのは唯一ゲームマスターのみ。だから少女は、部屋の主となることを了承した。ゲームマスターの、いつか同じ強さを持った人が現れるという言葉を信じて。それに対して伊月は、真逆の存在だった。自らの力を自覚せず、ゲームを楽しいと思ったこともないだろう。スリルなんかいらないと思っていただろう。しかしこのゲームを終えた後、自分の中にあるモノに気付くはずだ。そして受け入れるだろう。

「…何だか楽しそうだね」

「えぇ、そうですね。久しぶりに面白そうな方に出会えたからでしょうか」

そしてのっぺらぼうの男は、どうなるか予測できない勝負の行方を見届けに、部屋の映像を見れるモニタールームへと向かった。

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