第46話
凛と少女の勝負が始まる。
「へぇ」
始まって早々に、少女が感心したような声を上げた。それから少し嬉しそうに、そして楽しそうに笑う。
「いいね。あなた、強いんだね」
凛は冷や汗をかきながらそれに答える。
「そっちこそ、強すぎない?」
ナイトの駒を持ち、少女はさらに笑う。
「私はゲームが好き。でも、格下を相手にするのはつまらないの。私の周りは弱い人たちばかりだから、最近は全然面白くなくって」
駒を置く。
「戦うなら、自分と同じくらいかそれ以上の相手との方が楽しいでしょ?」
「私はあなたほど強くないけど」
「いいの。私は楽しいんだから。あなたみたいにそこそこ強い人、久しぶりだし」
会話をしながらも、ゲームは進む。そして進むたびに、凛の顔はどんどん険しくなっていく。だが、今までの3人に比べたら頑張って持ち堪えているようだ。少女は楽しそうだった。
「…」
凛が黙り始めた。真剣な顔をしている。そのままゲームは順調に進むかに思えたが、凛の手が止まる。
「…少し、考えてもいいかしら?」
「うん、いいよ。じっくり考えて」
少女がすぐに次の手を差すのに対し、凛は少しずつ考える時間が長くなっていく。
「はぁー、もう無理ね」
しばらく頭を抱えていた凛が言う。盤上にある凛のキングの駒は、もうどこへも動かせなくなっていた。
「前の3人なんかより、全っ然強かった。ありがとう、久しぶりに楽しい勝負ができたよ」
「それは光栄ね。でも結局は負けちゃった訳だし、そんな褒め言葉に意味は無いけど」
くすくす少女が笑う。
「そうふてくされないで、ね?」
少女は凛から視線を逸らし、伊月を呼んだ。
「次が最後の人だよね。早く来て」
「あぁ、うん」
凛とすれ違った時に、
「勝ってね」
と言われた。
「約束はできないけどな」
思わずそう言ったらど突かれた。
「そこは分かった、でいいのよ」
「はーい」
凛との勝負で、少女はかなりご機嫌だった。
「あなたは何にする?」
「トランプのスピードで」
「いいよ、トランプならこっちの机ね」
1つ隣の机に移動し、座る。
「ルールはどうする?」
「本来は2人でやるなら、ハート・ダイヤとスペード・クローバーに分けるんだろうけど、めんどくさいから新品のトランプ2セットでやらない?」
「いいね。私もさっさと始めたいし。ジョーカーは?」
「無しでやろう」
「オッケー」
スッと、どこからか包装されたままのトランプを2つ、出してきた。1つを伊月の方へ投げてくる。
「じゃあそれぞれにシャッフルして、その後、交換して更にシャッフルしようか」
「あぁ」
手際よくシャッフルし、交換して更にシャッフルする。
「どう?もう始めていいかな?」
「いいよ。あ、待って。このゴミ捨てたいんだけど」
包装のビニールを指差す。
「あぁ、足元にゴミ箱あるから、そこに捨てていいよ」
「分かった」
シャッフルしたトランプを握りしめたままゴミを捨てる。
「今度こそいいかな?」
「うん、始めよう」
まず4枚を場に出し、台札を出す時に2人で声を合わせる。
「「スピード」」
そこからはもう反射神経のスピード勝負。相手が相手なので、少しのミスも許されない。
「…もう出せない?」
「出せない」
割とすぐに、2人して台札に続けて出すことができなくなる。やっぱ、そう上手くはいかないもんだな。
「「スピード」」
再び始まるが、さっきよりは少し落ち着いてきた。始まる前は心臓バクバクだったけど、これなら大丈夫そうかな。ただ、トランプ丸々1セットなので量が多い。なので、通常の倍は時間がかかる。何度か2人して出せなくなったりもしたが、勝負はついた。
「…勝ち、でいいんだよな?」
残った手札をばさりと机に放り、少女が頷く。
「そうね」
少し驚いているようにも見える。
「何かびっくり。負けると思ってなかったから余計に」
次の瞬間には表情をガラリと変え、伊月を睨んできた。
「でもあなた、ズルしたよね?」
およそ自分よりも年下とは思えない威圧感。伊月はそれに、はいともいいえとも答えず肩をすくめる。
「ズルするのはルール違反か?」
少女はさらに顔を歪めた。
「ズルとかイカサマとか、大っ嫌いなの」
まぁそうだろうな。
「そりゃ、そんだけ強ければする必要もないしな」
「いい加減答えてくれないかな。ズルしたんでしょ?」
「まーな、ちょっと小細工を」
「なら、ゲームクリアは認められない」
さて、ここからが勝負だ。と言っても下準備は既にしてあるので、あとは言うこと言うだけではあるのだが。それにルールの中にイカサマ禁止と書かれていないことは確認済みだ。
「どうして?ルール違反をした訳じゃない。勝ちは勝ちだろ」
「でも合法でもない」
「合法さ」
伊月の自信に、少女は少したじろぐ。
「なぜ断言できるの?」
伊月は席を立つ。凛は伊月の求めるものを分かってたようで、スッと差し出してきた。
「ありがと」
「予想の斜め上をいく勝ち方ね」
凛が苦笑しながらそう言ってきた。
「だろ?」
伊月は少し得意げに笑う。
「ほら、これ」
「何?ルールの紙なんか持ってきて。イカサマOKとは書いてないわよ」
「それはどうかな。ちゃんと読んで」
少女は眉間にシワを寄せて隅から隅まで読んでいたが、首を振った。
「書いてないじゃない」
伊月を、その表情を見て、またルールの紙に視線を戻す。
「…ちょっと待って」
紙を照明に透かしている。そして裏返した。
「どう?」
「…」
悔しそうに顔をしかめている。
「いつ書いたのよ?」
「君が浩とゲームしてる間」
「はぁー…。そうなんだ。これはやられたね」
浩が近づいてきて伊月の背中を思いっきり叩く。
「やったな!伊月、お前すげぇよ!まさかルールを追加するとは思ってなかったぜ」
伊月はそれを聞いて、少し笑った。
「…痛いんですけど」
「それは悪かったけどよ、もっと喜べよ。というかお前、どんなイカサマしたんだ?」
「どんな、と言われても、単純なものだよ。カードを丸ごと入れ替えた」
「それだけで勝てんのか?」
「ジョーカーは抜いといて、あとはAからKまで順番になってたんだよ」
「なるほど。スピードなら勝てるな」
伊月は少女の方を見て、もう一度繰り返した。
「勝ちでいいよな?」
「まぁ、ルールはルールだしね。いいよ、しょうがないけど。あなたはゲームクリア。おめでとう、あなたは初のクリア者よ」
その言葉を聞いて、凛、海斗、佳奈も集まってきた。
「良かったじゃん!」
「おめでとう」
「さすがね」
それぞれに伊月を祝う。
「伊月?」
凛が呼ぶ。
「あー、うん、ありがとう」
残念ながら、素直に喜べることではなかった。伊月1人だけが勝った、クリアしたということは、つまりそういうことだ。
「ねぇ、そろそろ今からのこと話していい?」
「うん、お願い」
伊月1人だけが暗い顔をしていた。
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