第4の部屋

第44話

コツコツと、部屋の主である男の後ろから足音が聞こえた。

「皆様、行ってしまわれたようですね」

「あぁ」

それから、のっぺらぼうの男は黙った。その沈黙に耐えられず、男は言う。

「…あの、怒ってます?」

ちょっと怖かったので思わず敬語になる。怒っているか、と聞いたのはもちろん、伊月と凛に次の部屋の主の情報をあげたことだ。

「いえ、怒ってはいませんよ?まぁ、あなたがしたことはまず間違いなく許されることではありませんが、面白いものが見れましたからね。今回だけは見逃してあげます」

男はほっと胸を撫で下ろした。

「次はありませんからね」

「分かってますよ」

そもそも、伊月以外にあんな取り引きを持ちかけようとも思わない。あんな面白い奴は、そうそういない。男は確信していた。そして、ふと気になったことを聞いてみた。

「あの、面白いものって?」

「ほら、爪を剥がされた後に涙を流しながらももう1度って言ってたじゃないですか。その時のことですよ」

あぁ、と男は頷く。確かに、あれには少し驚かされた。大抵の人間は割と痛みに弱いはずなのだが、あの時の伊月の目からは、恐怖どころか、およそ感情というものが一切読み取れなかった。

「まぁとりあえず、お咎めなしみたいなんで、部屋の片付けでもしますかね」

「お咎め、欲しかったですか?」

「いやいや、いらないです。ホントに」

「冗談ですよ」

のっぺらぼうの奴は笑っているが、冗談とは思えない圧を感じた。

「あいつ、クリアした後って言ってたよな…」

ふと伊月の言葉を思い出して、呟いた。

「そうですね。伊月様らしいです」

「自信があるんですかね?」

「さぁ、どうでしょう?ですが、伊月様ならクリアしてしまいそうです」

確かに。

「まぁ後は、なるようになるか」

そんなことを話しながら、男とのっぺらぼうの奴は、前の部屋へと戻っていった。


「あ、伊月」

「うん」

どうやら、5人そろわないとドアが開かない仕掛けらしく、伊月が部屋に入ると同時にカチリ、と音が聞こえた。

「それじゃあ、行こうか?」

海斗が言う。その言葉に頷いて、海斗についていく。5人全員が次の部屋に入った途端に、ドアはガチャン、と音を立てて閉まった。

「鍵かけられた?」

「みたいね」

そしてその部屋の中央にはうずくまってなぜか泣いている人がいる。相変わらず真っ白い服を着て、フードを深く被って。

「ひぃ…。もう来ちゃったの?もっとゆっくりでよかったのに…。…うぅ、やっぱり無理だよ、私にはできないよぉ…」

今までの部屋の主と違いすぎるからか、伊月は少し面食らった。

「え、えっとなんで泣いてんの…?」

恐る恐る聞いてみただけなのに、伊月が思っていた以上にビクッとされて、若干ショックを受ける。そんなに怖かったか?

「だ、だって…。あなたたちが来ちゃったら、私、あなたたちと殺し合わなきゃいけないんでしょ?やだよ、私死にたくないのに…」

「でも、もう来ちゃったんだからゲームするしかないじゃない?」

「それは、そうだけど…」

他の4人も、今までとのギャップがありすぎて混乱しているようだ。こんなに弱々しい部屋の主は初めてだし。

「…?」

だけど伊月は違和感を感じた。ビビリでゲームにめちゃくちゃ強い。それが事前に知った情報だ。見た所、確かにビビリだし間違ってはいないはずなのに。怯えていて、涙も流している。体も震えている。口元を隠して泣いている。けど、どこかおかしい。伊月は部屋の中を見回した。ルールの紙を探すために。すると、ルールの紙は泣いている部屋の主の横に、伏せて置いてあった。

「えーっと、近づいてもいい、かな?」

「え、あ…はい…」

あまり怯えさせないようにそろそろと近づく。紙の目の前まで来てしゃがみ込んだ時に、ちらりと部屋の主の方を盗み見た。どうやら今度の部屋の主は女、いや少女の方が正しいか。伊月よりも年下に見える。ペラ、と紙をひっくり返した。


1、この部屋ではゲームに負けても死ぬことはない。

2、ゲームに負けた場合のペナルティは部屋の主が決めることとする。

3、ゲームの内容は選択可能。

4、この部屋で勝てば、ゲームはクリアとなる。

5、ゲームは1度だけとする。

6、ゲームをする際、必ず何かを賭けることとする。


ペナルティを部屋の主が決める?まぁとりあえず勝てばいいのだろうが。もう1度、横にいる少女を盗み見た。

「……」

スッと立ち上がって凛の隣へ戻る。少女がビクッと反応するのが、視界の隅に映った。

「怯えてるけど?」

「うん、知ってる。でもなんか大丈夫そうだからさ」

「どういうこと?」

「確かに泣いてるけど、でも何か笑ってたんだよね」

凛の頭の上に、?マークが3つくらい浮かんだ気がする。そんな顔をしていた。

「えーと、泣いてはいるよ?泣いてはいるんだけど、口は笑ってたというか…説明難しい」

「えぇそうね、ちょっとよく分からないもの」

そう言いながら、凛がルールの紙を覗き込んできた。

「ゲームの内容が選択可能って?」

「何個かあって、そのうち1つを選ぶってことかな?」

「そ、そうです…。あの、ゲーム、あっちの部屋でします、ので移動を…」

相変わらずビクビクしている。

「そんなに怯えなくてもよくないか?」

海斗が言った。

「え、あ…そうなんですけど…。怖いので…」

「笑ってるのに?」

伊月のその発言に、浩が反応する。

「笑ってる?泣いてるのに?」

「うん。そうだろ?」

少女が黙る。

「何か言ってほしいわね」

少女はちらりとこちらを見た。それからうつむいて、考え込んでいるように見える。

「こ、わい、です。でも、ゲームは楽しいから、あの、自分でもよく分からなくて」

「そうなのね。じゃあ、ゲームしましょうか」

佳奈は、あまり怯えさせないように少し優しく言っている。

「あの、こっちです」

少女が指差した先に、ドアが現れる。立ち上がった少女を見て、思わず小さっ、と言いそうになった。150センチもないだろう。その割には歩くスピードは速く、まるで浮き足立っているようだった。後ろを追いかける形なので顔は見れないが、きっと満面の笑みを浮かべてる。伊月はなぜかそう思った。

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