第43話

男は席を立ち、リモコンを操作する。

「脱出成功おめでとう、5人の成功者。次の部屋へ行くのはちょっと待ってて」

5人目も、知らない人だった。結奈は…結奈も、失敗したようだ。これから、脱出できなかった人たちはどうなるのか。伊月は、すっと目を細める。男はマイクのようなものに向かって言った。

『これにて、脱出ゲームを終了します。脱出できず、部屋に残った皆さんにはペナルティがあります』

モニターを見ると、各部屋に残った人たちがそろって全員、カメラを見上げていた。

「ねぇ、そこの5人目の人」

凛が声をかけていた。

「あ、はい」

ショートカットで、目鼻のくっきりした美人、だと思う。声は凛よりも少し低めだ。

「こっちに来たら?そんなところに1人で突っ立ってるよりも」

「あぁ、そうね」

その人は割と背が高かった。浩と同じくらいはある。浩もそんなに低いわけではないのだが。

「自己紹介、しましょうか?」

「じゃあお願いします」

「私は秋庭佳奈あきばかなと言います。短い間かもしれないけど、よろしくね」

伊月たちもそれぞれ自分の名前を言う。

「佳奈は、何の部屋を選んだの?」

「正直者の部屋よ。たくさんのヒントがあってどれも嘘は書かれてなかったんだけど、それ読んでると、かなりこんがらがってくるのよね」

なるほど、正直って、たくさんあるヒントの中から必要なものだけを選ぶ感じか。

「それより、ペナルティって何かしら?」

「確かにさっき言ってたよね」

伊月には何となく想像がついたので、頷くこともせずに黙っていた。

『ペナルティの内容は、毒ガスでーす!』

「毒ガス…?」

凛が、理解できない、といった風に男の方を見た。

「ちょっと待って。毒ガスって、部屋にいる人たちは殺されるってこと?」

「そういうこと。楽で良くない?血とか出ないから換気すればいいだけだし」

「いやそもそも、もう終了なのか?部屋から脱出できればいいだけで、時間制限もないんじゃなかったのか?」

凛も佳奈も、海斗も顔がひきつっている。

「待て待て待て、てことは今のこの状況から察するに、部屋から脱出できるのはもともと1人だけだった…?」

浩がそう言う。

「でも、ルールには書かれてなかったじゃない」

「いーや、ちゃんと書いてたよ。ねぇ、伊月?」

男が伊月の方を見る。それにつられて、のっぺらぼうの奴を除いた4人全員が伊月の方を見た。

「うん。書いてあった」

「最初から知ってたのね」

伊月は頷く。

「部屋に入る前に見たルールの紙ってさ、裏もあったんだ。そこにちゃんと書かれてた」

脱出できなかった場合のことは書かれてなかったのだが、予想はついた。毒ガスであることまでは分からなかったけど。

「そ。ルールの紙はちゃんと見ようねってこと」

「そんなの…」

「ずるいって?でも紙には書いてあったわけだし、ルール違反じゃないよ?」

凛が黙った。モニターには、毒ガスと聞いて慌てふためく人たちの姿が映る。嘘つきの部屋の2人は、なぜか静かに座って人生ゲームかな?それを続けていた。

『死ぬかどうかギリギリの量だから、もしかしたら生き残るかもね?それじゃあ、スタート』

男が何かのボタンを押した。ビー、とものすごい音量で警報音が鳴る。モニターに映し出される映像から目を逸らす凛。顔を真っ青にして体が震え始める佳奈。部屋の主である男を許せない、という風に拳を握りしめて睨むようにモニターを眺める海斗。部屋に残ってしまった人たちを、憐れむような目で見つめる浩。そして伊月は、その全てを冷めた目で見ていた。

「こんな、こんなの…」

凛が呟く。

「何も殺さなくたっていいのに」

「そーいうわけにもいかないんだよ。負けは負け。ここでの負けは死を意味する。もう分かってるはずでしょ?」

「…えぇ、そうね」

凛の顔が、悔しそうに歪んだ。正論だから。反論できないから。だから余計に悔しいのだろう。それからしばらく、のっぺらぼうの奴が紅茶をすする音と、けたたましい警報音だけが響き続けた。

「もういいかな」

男はそう言って、もう1度ボタンを押した。途端に、辺りに静寂が戻る。モニターに映る人影は、もう誰も動かない。

「はい、お待たせ。それじゃあ、次の部屋へ行こうか。ドアはあっち」

男が指差して、歩き出した。ただの壁だった所にはドアが現れている。

「行ってらっしゃいませ。次の部屋で最後になりますので、ぜひ生き残ってくださいね」

のっぺらぼうの奴がティーカップを片手に手を振っている。次で最後。生き残ることができれば、生きて帰れる。まず絶対にないだろうけど、この5人で、とか?

「はは…」

そこまで考えて思わず笑ってしまった。そんなことあり得ない。こんなゲームさせてくる奴らだぞ?そして1番最後の部屋だ。だとするならば、間違いなく今までよりも生き残るのは難しいだろう。ただ、次の部屋の主はビビりでしかもゲームに勝たなくてもいいらしい。よく分かんないけど、とりあえず行ってみるしかないもんな。

「あ」

「ん?伊月、どうかした?」

「いやちょっと思い出して…」

そうだった。欲しいものあるんだったっけ。どうしよう。今から戻る?いやいや、とりあえずダメ元で言ってみるか。

「はい、このドアから向こうが次の部屋だから。それじゃあ、頑張ってね」

凛がドアを開けて入っていった。佳奈も海斗も浩もそれに続く。伊月は一旦立ち止まった。

「行かないの?」

「行くんだけど、ちょっと欲しいものがあって」

男がじとーっと伊月の方を見る。

「何もやらないからな」

「武器が欲しいとかそういうわけじゃないから。ないならないで別に構わないし」

「そうなの?」

「うん」

「で、何が欲しいの?」

「えっと…」

伊月のほしいものをなぜか男はその時持っていて、貸してくれた。

「貸すだけだからな!返せよな!」

「え、うん。善処はするけど、何、そんなにお気に入りなの?」

「そういうわけではない。でも返せよ」

「分かった…けど、クリアしたら俺、あんたがどこにいるかなんて分からなくなるんだから自分で取りに来てよ」

そう言うと、男は目を見開いてそして笑った。

「分かったよ。そうする」

「じゃあ」

「おう、じゃーな」

ドアを抜けて、伊月は次の部屋へと進んだ。

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